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源氏物語:零  作者: Salt
第一章
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和歌

 冬でも青い五葉(ごよう)の松は永遠の愛を思わせて、かつては私の気に入りだった。

 今、さっさと雪に埋もれてしまえと毒づいている。


 ひそひそと語り合う女房たちの声が耳に入った。


「……帰りはさすがにわからないので、見当をつけて見張らせておいたら帰らないのよ」

「どういうことなの?」

「信じられる?まさかの居続け」

「前代未聞ですわ」

「これだから素性の良くない女は」

「ご政務は?」

「当然おさぼりになられました」

「まあ」


 こほん、と一つ咳をすると室内が静まり返った。

 寄ってくる乳母子(めのとご)にあごで示すと、心得て彼女たちを(ひさし)に移す。

 広い母屋に二人きりになった。


「だいたいの事情は分かりました」


 知ったことを再び話されるのも無駄なのでけん制する。


「公務を理解できぬあの更衣(こうい)が主上を困らせているようですね」

「はい。その通りですわ」

「なんとかお(いさ)めせねばならぬ」


 悲壮な決意を口にすると、彼女はわが意を得たりとうなずいた。


「つきましては女御(にょうご)さまにも努力していただきます」

「はて、何をすればよいのでしょう」

「和歌を作っていただきます」


 思わず唇をかんだ。


「古来、言の葉は力を持っております。鬼神さえ操るその力で、間違った向きに進んだ主上を正道に戻すのです」


 わずかに視線を泳がせる。


「私は和歌は下手ではありません」

「はい」

「しかし……もっと得意なものがいくらもあります。楽器全般とか書とか……おお、漢詩とか。そちらの方でお諫めする方がよいのではないでしょうか」


「女御さま」


 乳母子が声に力を込めた。


「幼き日から仕える私によく漢詩にまつわる話を語ってくださいましたね」

「従者の啓蒙(けいもう)は主人の務めです」

「その話によると唐国で詩を作って帝をお諫めする方はたいてい左遷、ひどいものは死、他にもすぐれた詩を作りながら貧乏で一生苦労したり、お酒の呑み過ぎで亡くなったりでどうも縁起が悪うございます」

「…………」

「やはりここは我が国の神の寿(ことほ)ぐ三十一文字で挑むべきです」


 強引に押し切られた。


 教養と長所に満ち溢れるこの私にとって和歌などたやすいことだ。たわいがなさ過ぎてつまらないので、今まで詠むべきものは全て女房たちに代作させている。

 もちろん教えを受けなかったわけではない。ちゃんと学んで身につけている。が、なぜかわが歌に触れたものは判で押したように「万葉の世を思わせる雄々しいお歌でございますな」と誉めあげる。


「まず女御さまのお歌の特徴として、たとえるものが雄大でありすぎます」

「そうでしょうか」

「ふつう、乙女心は富士の山や荒ぶる滝や天竺まで続く海にたとえたりは致しません。まして『るしゃな大仏われに従え』などと恐れ多い言葉は使いません」


 過去作をあげて否定される。よい出来だと思ったのだが。


「次に、お心を直接詠みあげすぎです。女心は滲ませてこそ映えるもの。

『わが心をとくと受け取れ!』などとお詠みになるのはいかがなものかと思います」

「情熱的ですばらしいではありませんか」

「受け取るものが女御さまと同じ感性をお持ちの時はよろしいかと思いますが、たいていの者はその高みに上ることができません」


 なるほどそうもあろうか。


「そして今どきの大和歌は思いをそのまま詠むよりも、読み手を意識してその心にシンクロする方が評価の高いものを作ることができます」

「作為的なのですね」

「主観はどうあってもありますので、意識的に客観性を取り入れるということです」

「はあ」

「そしてさりげなく。いいですか、帝の心をおもんぱかり、自然で何気ない感じで一首詠んでみてください」

「わかりました」


 答えたものの難しくて唸っていると「本歌取りで構いません」と言われた。

 それならば簡単だ。さらさらと詠みあげた。



「戦争はイヤだねと君が言ったから 八月十五日は終戦記念日」

「いつの時代の帝ですかあああああっ!!」


 乳母子の叫びが殿中に響いた。

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