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冒険とかしてみる。  作者: 日向猫
一章 たのしい狼一家
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第6話 泥まみれの戦い




よくある転生ものやトリップ物で、

主人公が魔物や盗賊相手にバッタバッタと無双して俺強ぇぇぇ!て

やるのに憧れを抱いていた訳だが。


実際にそんな場面に直面して、いきなり命のやり取りとか無理です。

あんなのは創作の中だけで、実際にいたら異常者だよ。

いきなり命を奪って、俺強ぇぇとか言ってたら、現実見てない馬鹿か、

まともな価値観のない異常者である。


俺自身は、至って平凡な価値観しかない一般人だ。

誰かを傷つけたり、傷つけられたりそんな事はした事がない。

そりゃ、ガキのときは喧嘩だってしたが、命の取り合いとかはした事がない。


なにが言いたいかだって?


うん、正直びびってる。

逃げ出したい、兄弟たちに縋り付きたい。

でも無理、今回ばかりは無理なのだ。

母からの厳命である。


『此度の狩りにおいて、助力する事を禁ずる。

一切を自力にて行うべし』と。


手にした剣が、何時にもましてひどく重く感じた。



平凡な価値観の一般人などとのたまったが、それは元の世界での事。

それもごく一部の文化圏での話しだ。


この剣と魔法の世界において、最も一般的な価値観は弱肉強食。

もっともこの世界の文化圏、国や町ではまた違うのかも知れないが、

それでも弱肉強食こそ、世の真理であろう。


こと深緑の森において、それは絶対の掟と言えた。






運よく俺は、この森において絶対の強者の庇護を受けてきた。

母と兄弟たちに守られて、ぬくぬくと暮らしてきた訳だ。

そしてとうとう、碌な覚悟も出来ぬまま、絶対の掟が俺に牙をむいた。




ぐたぐたやっててもゴブリンは逃げてくれぬ。

泣く泣く、重い足を引きずってコブリン退治にむかったのである。










10年間も森で暮らしていると、この森の事は大抵把握できるようになる。

母や兄弟たちは、更に詳しく知る事が出来るそうだが、そう足りえない自身では

目で見て、耳で聞き、肌で感じる必要があった。


今日の森はおかしい。

母や兄弟たちでなくとも、解ることはあるのだ。

いつもより薄暗く感じる。

別に曇っている訳ではない。

数日間に降り注いだ雨のおかげで、空には雨雲ひとつ無いのだから。

ぬかるんだ地面を進む。


森の雰囲気が暗いのだ。

異物に対して、警戒しているようだ。

そうか、これが違和感か。

この違和感の根源に向かえば、恐らくゴブリンにたどり着くだろう。


ドクドクと心臓が早鐘を打つ。

ぴたりと足が止まってしまった。

カタカタ音がして、ふと見ると手が震えていた。


「はは、情けな」


正直すぎる自分の身体に呆れてしまった。

意を決して、森を進む。

泥にまみれた足が、ひどく重かった。












違和感の根源、森の異物ゴブリンは、思いのほか早く見つける事が出来た。

子供の様な背丈と、長い耳と御伽噺の魔女の様な長い鼻、肌は灰色で目つきは鋭い。

口から除く歯は、ギザギザでノコギリの刃のようだ。

粗末な皮の衣服を纏い、手には血によって錆びたのか、赤黒い錆びの浮いた包丁のような

刃物を持っていた。


ゴブリンの足元には、奴の餌食となった小動物が何匹が転がっている。

よっぽど腹を減らしていたのか、もはや原型も留めぬほどに食い散らされていた。


俺が姿を現すと、ギラギラした飢えた獣の様な目を向けてきた。

ビクリと背が震える。


剣を構えるも、カタカタ震えるのが隠せない。

そんな俺の様子に、大した相手じゃないと感じたのか、ニヤリと嫌らしい笑みを奴は浮かべた。


くそ、馬鹿にして。

戦意がムクリと湧いてくるも、目の前の血生臭い光景をみるとシオシオと窄んでしまう。


「はぁ、はぁ」


碌に動いてないのに息が乱れる。

心臓が早鐘を打ち、頭が真っ白になる。


ぎゃぎゃっ!


先制を取ったのはゴブリンだった。

手にした刃物を振り上げて、俺目掛けて駆けて来る。


「うわっ!」


ガキンっ!と金属同士がぶつかって音を鳴らす。


カンっ!カンっ!カンっ!キィン!

と矢継ぎ早に繰り出されるゴブリンの攻撃を、焦りながら何とか捌く。


「このっ!」


お返しとばかりに剣を繰り出すが、腰の引けた振りに力はなく、あっさり避けられよろけてしまう。


あ、死んだ。

真っ直ぐに突き出される刃を視界に納め、慌てて身を引こうとする。


ギィィィン

「わっ!」


身体に刺さるかと思われた刃は、身体に届く事無く見えない壁に阻まれた。


ばしゃりと、ぬかるんだ地面に転がり、全身泥まみれになりながら、はたと刺された場所を確認する。

血が出るどころか、服すら切られること無く無傷だった。

ああ、そうかそうだった、害のある攻撃は弾かれるんだ。


そうだ、能力。

こんな時のための能力だろ。


だがガチガチに緊張し、碌に声も出ず、息が荒れる現状、

時間停止のために息を止める事もままならない。

重力操作のキーワードすら唱えられない。



情けない、格好悪いと、熱くなる目頭を押さえ全身泥塗れになりながら、我武者羅に剣を振るった。




ゴブリンは、刃の刺さらない俺に困惑していたようだが、繰り返し何度も何度も刃を突き出して来た。

その都度見えない壁に弾かれるも、俺は避ける事すら出来ずに無様に転がる羽目になった。





結局、そんなやり取りは、何度も同じ事を繰り返す事で疲労困憊になったゴブリンに

刃を叩き込む事で終了となった。


ゼーゼーと肩で息をして死んだコブリンを見る。

全身泥塗れになりながらも、傷を負うことも無く勝利した。


だが命を奪った罪悪感と、肉を絶つ嫌な感触が手に残っている。

知らず俺は泣いていた。


無様をさらして、泥まみれになりながら勝利したものの、せっかく貰った能力も満足に使えず、

チートが無ければ死んでいただろうこの結果に、情けないやら悔しいやらで

頭の中がぐちゃぐちゃだった。


そんな訳で、俺の初の実戦は踏んだり蹴ったりで終わりを告げた。


その後、こっそり観戦していた兄弟たちに銜えられ川に放り込まれて泥を落とし、

母に抱かれて家族寄り添って眠りについた。





それはこの後も、決して忘れることの無い初めての戦いであり。

この世界で自らの手で、初めて奪った命の記憶だった。






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