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冒険とかしてみる。  作者: 日向猫
二章 冒険者、はじめました
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第16話 数値の縛り




 それは唐突に、まるで霧の中を抜けるような。

今までぼやけていた視界が、突然開けるように訪れた。








武具店に防具の直しを頼んだ翌日。

俺はおっさんに連れられて、再び冒険者ギルドにやって来た。

防具の直しには一週間ほどかかるという。

その間、ごろごろしていられる訳もなく、街中で出来る簡単な仕事を

探しに来たのだ。


戦闘の可能性がなく、安全に出来る仕事。

ランクFの仕事は、総じてそんなものだった。

簡単な戦闘を含む依頼は、ランクEから。

昇級試験にて、戦闘テストに受かって初めて受領できる。

それまでは雑用依頼が中心だ。

一般的に冒険者といってもピンキリで、バリバリの戦闘系から

雑用を中心にこなすものまで幅広い。

戦闘に自信のないものでも、手伝いや配達などはできるのだから

十分稼ぐ事は出来るのだ。

冒険者ギルド、とは言いながらその実態は仕事斡旋所に近いようだった。


おっさんの方針で、まずFクラスからEクラスへの昇格を目指す。

金銭面を握られている上、借金まであるので逆らえない。

とりあえず昇級試験に挑むため、まずは貢献点稼ぎを始めることになった。

装備がないため街の外に出られないので、街中の配達が雑用、手伝い系の

依頼を中心に受けていく。


そんな感じで一週間を過ごした。

そしてそれは、精肉店での依頼バイト中に起こった。



突如視界が開ける感覚。

一瞬の眩暈と、微かな違和感。

ぱちぱちと瞬きして、なんだ今のはと疑問を持った。


肉を捌くための包丁を片手に、考え込む訳にも行かず、

疑問はとりあえず後回しにし、仕事を片付ける事にした。


宿に戻ってから、あれが一体なんだったのかと振り返る。

するとどうだ、それに釣られるように、次々と頭を過ぎる疑問の数々。

なぜ今まで考えなかったのか、そう思わずには居られない疑問もよぎる。


なにより一番の疑問、何故あれほど動物を仕留められなかったのか?

普通に考えれば、これほど長く出来ないなんて事はないはずだ。

チャンスは一度や二度ではなかった。

だがその度に失敗してきた。


これはおかしい。

しかも、その事に今まで疑問すら抱かなかった。

殺しを経験した後なら、多少の拒否感はあっても出来たはずだ。

へたれとか、そう言う次元の話ではない。


普通に当然の事と、受け止めていたのだ。

おかしいとか、このままじゃ駄目だなんて欠片も思ってなかった自分が変だった。

しかも今更こんな事を考えている意味はなんだ?

なにが変化した?


自分自身に感じる不信感。

一体何が起こったか解らぬ不気味さ。

もやもやが胸に渦巻く何とも言えない感情。


ふと、思いつきステータスを開いてみる。


器用度 10

敏捷度 14

知 力 6

筋 力 16

生命力 13

精神力 6


知力と精神力が上がってる?

…。

……。

………。


あっ!

そうか!

そういう事か!

何で今まで気付かなかった。

初めてステータスを開いたときに、疑問に思ってもいい筈だ。

だが俺は疑問も抱かず、12年もの間無為に過ごした事になる。


せめて初めに気付くべきだった。

なぜ基本ステが、全て1だったのかを。

普通ならありえない。

せめて知力と精神は2以上あるべきなのに。

その意味に気付かなかった。


レベル制か。

自分で言い出した事なのに、神の悪意を感じてならない。

あの時、俺はとんでもない地雷を踏んでいたのかも知れない。

そして神は、それを知りながら忠告すらしなかった可能性がある。


つまり俺は、ステータスという数値に縛られている可能性がある。

考えても見ろ、知識が知力を意味するなら、少なくとも初期値は1以上あるはずだ。


精神力が、意志の力を意味するなら初期値は1以上あるはずだ。


だが、全ての初期値は1だった。

これが故意だったのかは、この際置いておこう。

問題は、数値に縛られるという意味だ。


知力が知識ではなく、物事の考える力だとするなら、今までの馬鹿さ加減は納得できる。

普通にしていたつもりで、判断力、思考力がガキ並みだった訳だ。


ならば精神力は決断力、か?

人間には感情がある。

忌避感、拒絶感。

物事を避けたがる感情、嫌がる感情。

それが決断に抵抗を及ぼすなら。

精神力の低いうちは、その抵抗に負けるのではないだろうか?

子供が感情で拒絶するように、大人は理性で押さえ込むように。

所謂、判定負けというやつだ。


どこのダイスゲームだ。

正直頭を抱えたくなった。

検証が必要だ。

だが真理を突いている気がする。

大体にして、今まで能力に関して何の検証もしていない時点で可笑しいのだから。

まるで悪い夢のようだった。








翌日。

再び精肉店を訪れた俺は、店主に許可を貰い生きた鳥を捌かせてもらった。

結果は言わずとも解るだろう。

問題なく、鳥を屠り、捌ききる。

たしかに一度や二度、躊躇いはしたが、その後意を決して屠る事が出来た。

つまり、精神判定に勝ったのだ。

ほっと一息ついた。

これまで出来なかったは、精神力が低かったからと言うことになる。


すると此処で、さらなるに問題が出てくる。

精神抵抗の強弱は何処で決まる?


恐らく、それがモラルだ。

見えない隠しステータスになっているのだろうか?

此処に来て現代人として、ごく一般的なモラルが俺を縛っていた。

向うの世界に存在しない魔物相手なら、抵抗はあっても殺す事が出来たのが良い証拠だ。


魔物とは殺すため存在である。

そんな考えが、頭のどこかにあったのだろう。

だからこそ、精神判定の抵抗力も低かったと考えられる。

逆に小動物相手だと、精神判定の抵抗力が跳ね上がる。

物を壊してはいけない、誰かを傷つけてはいけない。

そんな刷り込みに似た考えが、俺を強く縛っていたようだ。

どうもペット的な小動物を傷つける事には、強い拒否感が働く。


以前筋力が上がって、身体に大きく影響が出る事は確認済みである。

それが知力や精神力だと、行動や思考に大きく影響を及ぼすらしい。

なんて事だ。

数値に影響されるというのが、こうも恐ろしいものだったなんて。


今、こうして思考できるようになったという事は、基本ステを上げれば

ある程度この縛りを脱する事が出来るという事だ。


今のこの思考も、かつての自分から見るとどうなのだろうか?

数値の比較が出来ないと言うことが、これほど腹立たしい事だとは思わなかった。


どれほど上げればいい?

どう上げる?


ぐるぐる渦巻く思考の渦に飲まれそうだ。


とりあえず今は、基本ステを上げよう。

動物相手にあれだけ抵抗感があるなら、それがもし人間相手相手になったらどうなる?

それが盗賊だとしたら?

あまり良い未来は想像できなかった。


こうなってくると、盾や理云々の話も妖しくなってくる。

これまでの能力使用は問題ない、魔物相手も守られていた。

しかし、これからはどうだ?

本当に信じて大丈夫なのだろうか?

全てが数値化されているとしたら、運はどうなっている?

運なんて、どうやって上げればいい?

運の上げ方なんて知らねぇよ、俺。


数値の縛り。


それが恐ろしくて仕方なかった。


強くなるしかない。


身体が震える。


強くなることでしか、この恐怖に打ち勝てない。


震えが、ガチガチ歯を鳴らす。


ガチガチ、ガチガチと何時までも震えていた。


眠りに落ちるまで、震えていた。



見え隠れする神の悪意。

にこやかに、俺を送り出した神の姿が脳裏に蘇った。

今考えれば、随分都合のいい話だった。

神は何を考えていた?

俺が気に入ったと言いながら、この仕打ちはなんだ?


俺のこの考えは、ただの八つ当たりなのだろうか?




空に浮かぶ三日月が、神の嘲笑う顔に見えた。














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