閑話5 冒険者、準備する
ロムと共に森を発ってから、二日の行程は思いのほか早く進んだ。
ロムは初めての旅だ。
もっと時間が掛かるかと踏んでいたが、良い意味で予想を裏切られた事になる。
道中魔物の襲撃を受けた。
直立した犬のような魔物、コボルトと呼ばれる魔物だ。
奴らは器用に道具を使う頭と、獣としての本能を合わせ持つ厄介な相手だ。
こちらには超人的な身体能力を持つとは言え、素人の子供を伴っているのだ。
あまり無理は出来なかった。
コボルトの数は6。
前衛4、後衛2の編成。
後衛が飛び道具で此方の動きを牽制し、前衛が近づいて切る、セオリーに則った動きだ。
動きに迷いなく、素早い動作で近づいてくる。
慣れているな。
そう感じる動きだった。
俺はロムに離れるよう指示を出し、弓を警戒しつつ、前衛コボルトと切り結ぶ。
しかし予想外に、ロムはそんな俺を援護するかのように後衛コボルトの牽制に動く。
獣の様に前屈みの姿勢で疾走し、拾った石を投げつけてコボルトの意識を逸らす。
投げつけられた石は、一体どれ程の力が込められているのか、コボルトの手にした弓を
あっさり砕いて見せた。
ロムは走り回り、コボルトの意識を引っ掻き回す。
そうして出来た大きな隙を、俺が見逃すはずもなかった。
6匹のコボルトは、俺にあっさり討ち取られた。
その後、俺は走り回っていたロムと合流する。
ロムはしきりに、俺の動きに感心しているようだったが、俺から言わせれば
お前の方こそ感心に値する。
深狼と狩りに勤しんでいたのだろうか?
コボルトの知能は、まあり高いとは言えないものの普通の獣より賢い。
そんなコボルト相手に、彼は相手の意識を引っ掻き回し、警戒網を崩して見せた。
投げつけられた石は、その威力に相まってコボルトの警戒心を掻き立てたようだ。
だからこそ、予想以上に早く片付ける事が出来た。
いつ飛来するか解らぬ脅威に、警戒心が散漫になるコボルトを
討ち取ることなど造作もなかった。
気を取り直し道を進む。
道中、これから向かう街の事を話たりしながら歩みを進めた。
時折、思い出したかのように、来た道を振り返るロムの姿が印象に残っていた。
そんな風に進み、魔物も一度の襲撃だけで、後は至って平穏な道中だった。
遠くに街の影が見えると、ロムの落ち着きがなくなって来た。
やはり、こう言う所は子供だな。
そんな風に思いながら、あれが目的地だと指差し、道を急ぐ。
無言で急かすロムに曳かれるように。
フリアスに至り、肩の荷が下りた気分だった。
道中の安全は守られた。
碌に装備のないロムを連れた旅は、なかなかに神経をすり減らした。
曲がり間違ってロムに死なれでもすれば、俺は夢を失うばかりか、
聖獣によって命も奪われかねない。
そんなもの、どっちも御免である。
一刻も早く、装備を整えるべきか、そう思案しながら大通りを進む。
ロムに離れないよう言い聞かせ、それとなく様子を確認する。
大きな街、それどころか人の住む場所に来たのが初めてであろうロムは、
街中や道行く人々を興味深そうに見つめながら、俺の後を着いてきた。
先にギルドに登録しようと、冒険者ギルドを目指す。
ギルドカードは身分証の変わりになる。
定住先を持たぬ冒険者にとって、無くてはならぬ物だ。
自身を証立てる物を持たぬロムに、今一番必要なものだった。
ギルドに赴きベキーと挨拶を交わす。
なにやら不満そうな顔をされたが、なにか気に障る事をしただろうか?
ベキーとは古い付き合いだ。
俺が駆け出しの頃からの知り合いである。
当時は彼女も、まだ新米の職員だった。
かつて美しかった娘も、今や見る影もない。
もっとも、今はもうそういう対象で見ていないので関係ないが。
今では友人のような関係で落ち着いている。
その後登録料を支払い、ギルドに登録させる。
本来なら、もう少し審査に時間が掛かるのだが、
俺の紹介と言うことで一部免除される。
そこそこギルドに信頼されている証だろう、有り難い事だ。
しばらくして、ベキーに連れられてロムが戻ってきた。
酷く疲れた顔をしている。
俺はそんな彼の様子に苦笑して、今日は休もうと提案する。
買い物は明日でいいだろう。
ロムを引きつれ宿に向かう。
宿の名は渡り鳥の宿り木亭、俺が長年拠点としている宿である。
宿に着き、宿の店主ホルスと挨拶を交わす。
鍵を受け取りながら、ホルスはロムに視線を送る。
挨拶をさせ、共に暮らす旨を伝えた。
頷くホルスは、ロムを風呂に入れる事を提案する。
この男、先代店主の父親と同じく、大の風呂好きで、
よく客に風呂を勧めては、同好の士を増やしている。
ロムもまた、彼のターゲットに選ばれたようだ。
しかし、いきなり熱い湯に入れて大丈夫なものか?
思案しながらロムを見れば、随分と興味津々の顔で見上げてきた。
まあ、ものは試しかと連れてゆくことにした。
風呂の入り方をレクチャーし、ロムと共に風呂に浸かる。
熱い湯など初めてだろうに、ロムは怯える事無く風呂に浸かっていた。
その姿が、妙に様になっていたのが不思議ではあった。
風呂を出て食堂に向かう。
食事を待つ間、ロムはまるで尻尾を振る犬の様に見えた。
食事を食べる姿は、まるで獣のようだったがそれもおいおい直していこう。
そんな風に考えながら食事を終えた。
食後、部屋に引っ込みロムに通貨の話をする。
うんうんと頷く姿に、本当に理解しているのか不安になるものの。
彼が決して愚かでは無いと思った俺は、まあ大丈夫だろうと思うことにした。
その日はそれで、眠りについた。
翌日。
起きて、隣のベットを確認したらロムの姿がない。
慌てて飛び起きて、周囲を確認する。
彼の荷物は健在、ただ部屋を出ただけのようだ。
ほっと胸を撫で下ろしながら、背筋に冷たいものが走る。
ロムの気配をまるで感じなかった、その事に1人の冒険者として恐怖した。
冒険者という職業がら、気配には敏感でなければならない。
街中と言う気の緩みがあるものの、眠っていても気配には敏感な方だ。
その俺が、ロムの動く気配をまるで感じなかったのだ。
「末恐ろしいとはこの事か」
ぽつりと言葉が漏れた。
部屋をで、階段を下りるとロムが何処からか戻ってくる所だった。
「ずいぶんと早いのだな」
ロムの顔を見ながら聞くと、「習慣」とだけ返された。
森での日々は、さぞ健康的だったのだろう。
そんなロムと朝食を済ませ、さっそく街に繰り出すことした。
始めは理髪店だ。
今のロムの髪型も悪くないのだが、伸ばしたい放題で些かみっともない。
軽く整えるように店主に頼んだ。
品の良い初老の店主は、随分と張り切って整えてくれた。
髪を切ったロムは、正に獅子のような男に見えた。
鏡越しに笑むロムを見て、背中にゾクリと走るものがあった。
店主もまた同様らしく、支払いを済ませた後、深々と頭を下げて見送られた。
次いでやって来たのは雑貨屋だ。
ロムは森からずっと裸足のままで、流石に痛々しい。
予備の靴があれば履かせたが、生憎と所持していなかった。
服も一着だけで、獣の毛皮で作られたような服を着ていただけだった。
外套の予備は持っていったので、道中はなんとかなったが、
街中でこの格好は不味かろうと、新たな服と靴を買い与える事にした。
だが俺に最近の流行など解る筈もない。
ロムもまた同様だろう。
着れればいいかと思ったが、雑貨屋の店主がロムを見るなり目を輝かせ
アレコレと進めてきた。
丁度いいと、店主に希望を伝え、適当な物を選んでもらった。
少々時間が掛かったが、まあこんな物だろう。
げんなりしたロムと、艶やかに笑う店主が印象的だった。
ロムの着替えを済ませ、次にやって来たのは武具店だ。
行き着けの店ではないが、より良いものを求めるなら、其れなりの店がいい。
そこそこ有名な店を選んで入ってみた。
ざっと見た限り良質な商品が多い。
噂どおり、いい店のようだ。
いくつか防具を見計らっていると、ロムと店主らしき人物の会話が聞こえた。
なにやら、ロムが剣に対して興味を示したらしい。
ロムが興味を示したのは、巨大な大剣だった。
目算でだいたい170cmはあろうか?
赤い幅広の剣身の巨大な剣、はっきり言って大き過ぎやしないか?
と思わないでもない。
しかし、そんな大剣を受け取ったロムは、難なくそれを持ち上げて見せた。
「ほう」
店主が感心するかのように息を吐く。
なるほど、大した筋力だ。
超人的とは思ったが、まさか此処までとは思わなかった。
ロムが持っていた黒い剣は、些か重いとはいえ片手用だ。
あんな鉄塊をなんなく持ち上げるロムにとって、
あの黒い剣は軽すぎる獲物だったのかもしれない。
投げつける訳ではないし、軽すぎるのは宜しくあるまい。
あの巨大な大剣を、軽々と扱うロム。
使えるならば、あの大剣を買ってもいいか。
「折角だ、試してみるか坊主?」
あの大剣が振るわれる様を、店主も見たいのだろう。
店の奥へ、ロムを誘って見せる。
確かに、あの鉄塊が振り回される図というものは見物であろう。
鍛冶職人だろうこの店の店主にとって、せっかく鍛えたものが扱われずに、
店先で埃を被っているのは気分が悪かろう。
あのサイズでは、持てる者も多くあるまい。
その巨大な剣を、苦もなく持ち上げたロム。
振るう様を見たいと思うのは、実に自然な流れだった。
ロムが頷くのを確認した店主は、「ついて来い」といって店の奥に向かう。
店子に店番を頼むのを横目に見ながら、ぼうっと大剣を見つめるロムを引っ張って奥に向かう。
大きな武具店には、大体試用場と言う物がある。
買う前に試し、返品率を減らす為だ。
折角買ったはいいが、使えなかったでは洒落にならない。
高い買い物の時は特に。
試用部屋に入ると、店主と共に隅による。
「ほれ坊主、存分に振るえ」
うきうきした様な店主の様子に、俺はつい苦笑してしまった。
部屋の入り口で立ち止まったままだったロムは、少し顔を顰めたまま
部屋の中央に移動する。
見世物のような現状が、気に食わなかったのだろうか?
気を取り直したのか、真剣な表情をすると、ブォォン!という轟音を上げて剣が振られる。
剣の重さに、身体が流れていかない。
振りは強く、重心は確りしている。
使いこなしてやがる。
普通なら、あんな巨大な物を振れば、重量に耐えかねて重心が崩れる。
だがロムにそんな様子もなく、二度、三度と剣を振るう。
剣が巻き起こす風を感じながら、ちらりと隣を伺うと
きらきらと、瞳を輝かせた店主が視界に入った。
ああ、そうだろうな嬉しかろう。
あんな鉄塊を振り回せる奴が居て、しかも使いこなしているのだから。
ロムは剣を大きく振り上げ、地面に叩きつける様に振り下ろす。
空気の震える音と共に、ピタリと石畳手前で寸止めするロム。
だが続くように爆炎が剣から放たれて、石畳を黒く染め上げた。
熱風による余熱を感じながら、あれは魔法剣なのかと驚愕した。
あんな鉄の塊に、わざわざ魔法まで籠めていたとは。
どれほど手が掛かっていたのか。
豪快に笑う店主の気持ちも解らなくなかった。
物欲しげに此方を見るロムの視線に気付きながら、俺は店主に聞く。
「いいのか?魔法の品だろうに」
「かまわん、元々材料は持ち込みだった。それに武器は使われてなんぼだろう。
店先に転がしておくより、使える奴に使われる方が武器も喜ぶ。」
そう言いながら、店主と店に向かって歩き出す。
「しかし、魔法を籠めた武器だ、安く売るとは言っても限度があろう」
貯えはある。
だが元々買う気のなかった商品だ。
手持ちが些か心もとない。
「いくらある?」
「金貨10枚と少し、と言ったところか」
「なら金貨10枚でいい」
「防具もほしいのだが」
「はっ、しっかりしてるな!いいぞ防具込みで売ってやる!」
機嫌良さげに笑う店主。
「ずいぶんと太っ腹じゃないか」
つい、いらない突っ込みをしてしまった。
「なに、先行投資さ。あの坊主はいずれ大物になる、俺はそう踏んでる」
なるほど、そういう事か。
俺も店主も、坊主に魅せられた1人という事か。
「わかった、今後も贔屓にさせて貰おう」
「おうっ!そうしてくれ!」
がはははと、豪快に笑う店主と共に店先に戻ったのだ。
店主は言葉に偽りなく、破格といっていい値段で武器と防具を譲ってくれた。
途中ロムの持つ、深狼の毛で作られたと思われる服に気がついた店主が、
それを譲って欲しいと言い出す場面もあったが。
防具と合わせて加工する事を条件に、ロムから譲り受けた際の店主の満面の笑みが笑いを誘った。
上機嫌になった店主は、更に幾つかおまけしてくれた。
俺はついでとばかりに、ロムに投げナイフを数本買い与えた。
むろん、道中の魔物相手の石投げを見たためだ。
殺傷力の低い石であれならば、投げナイフならどうなるか。
意地の悪そうな笑みを、浮かべているだろう自分を意識しつつ。
無言でナイフを受け取るロムを見ていた。
ちなみにナイフ用の皮のホルダーもおまけして貰ったのは言うまでもない。
少々高い買い物であったが、結果的には悪くないものであった。
サイズの調節などを頼むと、ロムと共に帰路に着く。
身の丈ほどもある大剣を背負うロム。
道行く人々が、度々振り向く光景に、思わず笑いを抑える事が出来なかった。
不思議そうに俺を見るロムと共に、宿へと歩みを進めた。
後日。
直しを頼んだ防具を受け取ると、いよいよ本格的に活動を始める事となる。
ロムの冒険者としての第一歩が、今踏み出されようとしていた。




