第13話 宿屋にて
冒険者ギルドを後にして、俺はおっさんに連れられて宿に入った。
渡り鳥の宿り木亭と言う名の宿だ。
この宿は、おっさんが長年利用している宿で顔が利くらしい。
「ホルス、今帰った」
宿に入って直ぐ、食堂も兼ねているのかテーブルや、カウンター席がある。
そのカウンター内で、テーブルを拭いていた男におっさんは声をかけた。
「カリュートか、早かったな」
ホルスと呼ばれた厳つい顔の男は、おっさんを見ると目元を綻ばせた。
「ああ、思いのほか、早く片付いた」
おっさんはそう言って手を上げる。
ホルスは、カウター内を探り鍵出して投げて寄越した。
ぱしりと鍵を受け取るおっさんを横目に、ホルスは俺を見る。
「その坊主も泊まるか?」
「ああ、しばらく世話になるから挨拶しとけ」
俺にそう投げかけ、背中を叩く。
「ロム・ルフ、世話になる」
「そうか、俺はホルスだ。ホルスと呼んでくれ」
しかし、先に風呂に入れてやったらどうだと、ホルスは俺を見ながら言った。
失礼な、そこまで汚くない。
綺麗好きな元日本人をなめるなよ。
だが聞き捨てならない言葉を聞いたぞ。
風呂?
え、風呂あるの、ここ?
入りてぇ!
入りたいです!旦那っ!!
俺の熱い視線に気付いたのか、おっさんも「そうだな」と返し、俺を連れて宿の奥。
風呂場へと案内してくれた。
湯張りの風呂だった。
元々、この街には公衆浴場があるらしい。
この宿の先代店主は、大の風呂好きだったらしい。
好きが高じて、自らの宿に風呂を設けたのだとか。
客にも好評で、度々利用する者も増えたのだ言う。
そんな伝統を持つ風呂で、俺は汗を流した。
至福である。
やはり、元日本人たるもの、熱い湯の風呂に入らねば落ち着かない。
コレまでは、川で身を洗うことしか出来ず、日々の不満は溜まっていた。
ファンタジー世界だからと、我慢してきたが、風呂があるなら話は別だ。
この宿に、末永く世話になろうと心に決めた。
おっさんの風呂の使い方講座を聞き流しながら、久しぶりに命の洗濯をした。
芯まで暖まると、風呂を出て、食堂で食事をする。
久々の調理された食事に舌鼓を打ちながら、涙を流さんばかりに喰らいついた。
旅の間は、基本的に保存食が中心で、スープはあったが味気なかった。
12年ぶりの、調味料の利いた、本当にまともな食事だったのだ。
そんな俺の姿に呆れてでもいるのか、苦笑を浮かべたおっさんと食事を済ませた。
食事が終わり、部屋へと引っ込むと、直ぐに眠るのかと思ったがそうでもなかった。
おっさんの部屋は、もともと2人用なのかベットが二つあった。
私物と思わしき物が、部屋の隅に置いてある。
この部屋はおっさん専用らしい。
もの珍しそうに部屋を見渡す俺に、おっさんは説明してくれた。
「この部屋は長期契約で借りている、しばらくお前もここで生活してもらうからな」
朝晩の飯は好きに食え、金はたんまり渡しているから遠慮するなとおっさんは言う。
前金払いで済ませているのな、どんだけ稼いでるんだろう冒険者。
部屋の隅に荷物を置き、装備を外してラフな格好になるおっさん。
俺もそれに習い、武器をベットに立て掛けた。
おっさんは、部屋の隅に置いてあったテーブルを部屋の中央、ベットとベットの間に置いた。
俺に腰掛けるように促すと、ベットに腰掛、テーブルを挟んで向かい合う。
「さて、明日は装備品と、お前の身嗜み、日用品なんかを買いに行く訳だが」
そうなの?
でも俺、金ないしな。
持ち物に売れそうなものだってまだない。
なにか作るか?と思案した。
そんな俺に、「安心しろ、金は俺が立て替えてやる」とおっさんは言う。
だが、そんなの悪い、ただでさえ生活の面倒を見てもらってるのに。
そんな俺の不満に気付いたのか、はっと鼻で笑うおっさん。
「勘違いするなよ坊主、これは先行投資だ。いずれ返して貰う」
「わかった」
そんな風に気を使われたら、否とは言えぬ。
そう思い素直に頷いた。
俺の返事に気を良くしたのか、おっさんはニヤリと笑い。
「それでいい、餓鬼は素直が一番だ」
ははっと笑いながら言った。
「さて、お前は肝心な通貨の概念をしらんだろうから説明しておこう」
テーブルに硬貨を取り出しながら、おっさんは言う。
何枚か取り出して、一枚一枚並べていく。
「いいか、これが通貨だ。店で買い物するのに必要なものだ」
まるで、無知な子供に話す様に語るおっさん。
て、そうか。
俺は森育ちの野生児扱いだった。
素直に頷きを返しつつ、おっさんの指先を見る。
「普通、紙幣や通貨は国や自治体が発行している、ここまではいいな?」
「ああ」
「だがその場合、国や場所によって金の価値が変動する、状況によっては最悪使えない事もある」
それは確かにぞっとしないな、冒険者にとっては死活問題にならないか?
「そこで生まれたのが、この冒険者硬貨だ」
そう言って、おっさんはテーブルの上を叩く。
「冒険者硬貨?」
「そうだ、お前も持っているギルドカードと同じ素材で作られている」
あの不思議アイテムと?
テーブルの上に置かれた硬貨、しかしどう見てもあのプレートとは同じに見えない。
「ははっ、見た目じゃわからんさ」
俺の反応を面白かったのか、笑いながらおっさんは言う。
「原理はしらんがね、なにかしらの魔法効果で複製や偽装を防ぐのが目的らしい、この見た目もな」
意味があるのだろうか?
「人間ってのはこずるい生き物だ、楽して稼ごうとか、上手く利用しようとする者も出てくる」
特に、商人や盗賊なんかが筆頭だなと、おっさんは言う。
「見た目は普通の硬貨と変わらんが、ギルドカードと組み合わせると」
言って、ギルドカードを硬貨の上に翳すおっさん。
すると、ギルドカードの表面が透明になり、硬貨を移す。
「燃えてる?」
ギルドカードに透けて見える硬貨が、その内側に炎の様な光を発していた。
「これが複製防止の魔法効果だ、もしそっくりそのまま複製するなら結構な額が掛かるだろうな。
そこまでして複製する物好きが居ればだが」
他のにも偽装防止に表面に細かな魔法文字が彫りこまれているらしい。
手間隙かかってんなぁ。
「冒険者硬貨は、冒険者にしか使えない、使用の際はギルドカードの提示が求められる。
そして、この冒険者硬貨はどんな国や場所でも価値が変わらない。
もし必要なら各ギルドで換金可能だ」
「だがその場合、ギルドカード持ってたなら誰でも使えないか?」
俺の時の様に、簡単に登録できるなら、それを利用しようとする者も居るはずだ。
「そうだ、だから冒険者にはランクが存在する」
「ランク?」
聞いてないんですけど?
そう言えばそんな表示があったっけ?
「冒険者は数々の便宜が図られる職だ、それを利用しようとする者も居る」
まあ、当然だな。
人が楽しているのを見れば、自分もと思うのが人情だ。
「冒険者がその恩恵を受けるために、試験と幾つかの規則に縛られるんだ」
「どういう事だ?」
「冒険者硬貨を使用するには、冒険者ランクがEランク以上必要となる。
つまり厳密には、お前はまだ冒険者とは言えないし、冒険者通貨も使えないという事だ」
「それって登録した意味あるのか?」
「むろんだ、登録しなければ昇級試験は受けられないからな」
いわゆるFランクは、真に冒険者となる為の篩いの期間と言う事か。
おっさんが言うには、Fランクの仕事は雑用中心らしい。
報酬も冒険者硬貨ではなく、その国や自治体の通貨で支払われる。
そうした雑用依頼の間に、人物調査がなされ、試験によって篩いにかけられる事になる。
「硬貨目的の商人なんかは、その辺で落ちるな」
何かを思いだしたのか、くくくと可笑しそうに笑うおっさん。
ま、俺が思い悩まなくても、考える人は他にいると言う事だ。
なんか馬鹿らしくなってきた。
「規則ってえのは利用規約みたいなもんだ、もちろん破れば罰がある」
その辺ひっくるめて考えると、真面目に稼いだほうが良い訳だ。
わざわざ試験やら規約やらに縛られるより、自由に稼げるのだから。
「ま、一冒険者が組織の1から10を知る必要はないって事だ」
もっともだ。
利用する上で、知ってればいいことと、知らなくても問題ない事等山ほどあろう。
「一応覚えておけ、ギルドには強制命令権というものがある」
「?どういうもの?」
「その名の通り、ギルドは所属する冒険者に対して強制的に依頼を受けさせる権利がある」
ギルドという組織に所属する以上、組織への貢献は必要になる。
あまり貢献のない者や、緊急時に対応力のあるものに対し、依頼を発行する事がある。
これを拒否する場合、理由如何によっては登録抹消の憂き目にあう。
ギルドカードは失効し、冒険者硬貨は意味を失う。
まさに踏んだり蹴ったり。
「よっぽど怠けたりしなけりゃ大丈夫だ、幾つかの恩恵を得るための代償行為だとでも思っとけ」
そう言ってからからとおっさんは笑った。
なんか思ってたより面倒?冒険者ギルドって…。
ゲームなんかだとただ登録して依頼受けるだけの存在だったのにな。
組織なんてそんなものかと、思わなくもなかった。
「さて、話が逸れたが硬貨の説明に戻るぞ」
そういってテーブルをコンコンと叩くおっさん。
「冒険者硬貨の種類はそう多くない、この一番小さいのが小貨だ。一番価値がなくもっとも多い」
一円玉くらいの小さな黒く丸い硬貨を指差して、おっさんは言う。
「次にこれが赤貨だ、小貨10枚で赤貨一枚の価値がある」
次に、五円玉サイズの丸い赤色の硬貨を示す。
「で、これが銀貨。赤貨10枚で銀貨1枚の価値がある、
ちなみに銀貨と言っちゃあいるが本物の銀で出来てる訳じゃないからな」
丸い百円玉サイズの銀色硬貨手におっさんは言う。
不思議アイテムと同じ素材でしょ?
さっき聞いたよ。
うんうん頷きながら、おっさんの手元に視線を固定。
「銀貨10枚で小金貨1枚。ここまでくればもう解るな?」
銀貨をテーブルに置き、隣の白っぽい金色の小さな硬貨を示す。
「最後に小金貨10枚で金貨1枚の価値だ」
丸い金色の硬貨を示すおっさん。
「まあ、通貨に関してはこれだけ覚えとけば大体何とかなる」
いずれ計算も教えてやると、言うおっさん。
「ああ、そうそう。一応金貨の上に輝晶貨ってのがある、金貨100枚分の価値がある。
だがまあ俺達みたいな冒険者にゃ一生縁のない代物だが、
とりあえずそういう物があるってだけ覚えとけ」
さて明日も早いとっとと寝ちまえ。
そう言って明かりを消すと、おっさんは俺に背を向け横になる。
俺もそれに習って横になった。
虫の鳴く声が聞こえる。
やけに響く虫の鳴き声を聞きながら、今教えられた事を反芻する。
通貨のこと、組織のこと。
試験、利用規約。
強制命令権…。
そういえば、詳しい規則や罰則なんかは教えてもらってない。
まあいいや。
おいおい、教えてもらえるだろう。
うとうとし始めた意識の中で、ただ漠然と新しい日々の始まりを予感していた。