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冒険とかしてみる。  作者: 日向猫
一章 たのしい狼一家
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第11話 巣立ちのとき







その男が現れたのは、あれから一月後のことだった。

この世界で、最初に見た人間だった。

かつての世界と、殆ど差異のない人間の男だ。

ファンタジー世界だから、もっと奇抜な髪の色とか期待してたんだが。


その男の髪色は、白の混じり始めた赤髪だった。

がっしりとした体格で、全身を筋肉が覆っているのが装備の上からでも見て取れる。

年を感じさせる壮年の男は、それでも醸し出す独特の空気で、

侮りと言うものを感じさせなかった。


冒険者。

神曰く、剣と魔法の世界であるらしいこの世界において、死と隣り合わせの職業。

この森の狼や、魔物のような生物がいる世界において、それがいかに危険な商売か知れよう。


それでもなお、この男は冒険者という生業を長く続けてきたのだ。

この世界の冒険者は化け物か?


考えてもみてほしい。

この森の狼がいかに強大な存在か。

しかし、それは森という生態系での話しだ。

きっと外の世界には、より強大で凶悪な生き物が居ることだろう。

そんな中を、冒険者たちは生きているのだ。


外の世界に恐怖を抱き、顔が引きつるのが解る。

怖いです、正直旅立ちたくありません。


しかし、場は旅立ちムード。

空気の読める元日本人。

この空気を、場を白けさせたり等出来ませんでした。


「俺はカリュートだ、よろしくな坊主」


実に気さくそうに話かけられました。

なにか、獰猛な獣の様な笑みが怖いです。

その後、自己紹介と共に言葉は解るかと色々質問された。

こくこく頷くしかない俺。


よく考えたら、人と出会えば会話が発生するのは当たり前。

しかし、長年の引き篭もり生活で、碌に会話らしい会話などしていなかった。

母や兄弟たちは、思念で考えを読み、念話で済ませるので言葉を発した会話は必要ない。


それこそ言葉など、叫ぶ時とか咄嗟の時しか出していなかったのだ。

碌に会話できず、カリュートのおっさん、以下おっさんで統一との会話終了。


「静かな子だ」


とおっさんの感想だった。




おっさんが母となにやら会話している間に、俺は兄弟たちとの別れを惜しむ。

でかく太い首に抱きつき、最後のもふもふを味わう。

兄弟たちも、俺との別れを惜しむ様に舐めまわして来た。


また涙腺が緩みそうなのを我慢し、持ち物を確認。

といっても碌にないが。

黒い剣と、服。

母に貰った飾り紐。

兄弟たちが共同で作ったという腕輪がひとつ。

俺の持ち物はそれだけだ。


母との会話を終えたのか、おっさんが近づいてくる。


「じゃ、いくか」


そう言って俺を促した。

頷きを返して、荷物を持つ。

森の出口までは無言で歩んだ。





出口まで来て振り返ると、母や兄弟たちが見送りに出て来ていた。

小さく手を振り、一歩一歩と確かめるように森を出る。


遮るもののない、太陽の光が俺を照らす。

澄み渡る青空だった。

まるで、俺の旅立ちを祝福するかのようだ。


「行くぞ、坊主」


うながすおっさん、わかってらい。


『待て』


そこで母の静止が入った。

振り向くと、ゆっくりとした動作で母が近づいてくる。


『我とした事が、肝心のものを忘れていた』


気付けば、先に行ったおっさんが俺の一歩隣に戻っている。


『外界では名が必要となろう』


ああ、そうだった。

森では黒ですんだが、外でもそのままと言う訳にはいかないだろう。


『愛し子よ、なれに我が一族の名を与える』


深々と息を吐き、母は厳かに告げた。


『汝の名はロム・ルフ、我ら深狼に連なりし黒の王』


ロム深狼ルフそれが俺の名前。


『行け、我が子よ、息災であれ』


ばっと頭を下げて、上げ皆に届けと念話を飛ばす。


『行って来ます!』


踵を返して歩み出す。

駆け出し、先に行って待っていたおっさんと共に歩き出す。


その時、



ウゥゥゥゥオォォォォォォォォォンという鳴き声が聞こえた。


狼の遠吠えだ。

最後の別れの言葉。

旅立ちを祝した叫び。


溢れ出る涙を抑え、歩みを進める。

ぽんと、おっさんが俺の肩を叩く。



その日、俺は深緑の森を後にした。

狼の遠吠えは、俺の姿が見えなくなっても、長く長く続いた。










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