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冒険とかしてみる。  作者: 日向猫
一章 たのしい狼一家
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閑話3 ある冒険者の驚愕




俺の名はカリュート、しがない冒険者だ。

一応ランクはB。

周りからは熟練の冒険者と呼ばれている。


ま、ようは無謀な事をせず、せこせこ稼いで長生きした結果だ。

平均寿命の短い冒険者と言う職において、今年で46になる俺は十分長生きで、

熟達した冒険者と言えるのだろう。


しかし、周りからそう言われるたびに、胸中苦いものが走るのを止められなかった。

俺はただ臆病なだけだ。

慎重すぎるほど慎重で、用心深すぎるほど用心深い。

その結果、無謀な依頼は受けず、小さな仕事で糧を得る。

自分の力量以上の事はしない。

いつしか他の冒険者から、そう言われる様になった。


もっとも悪い意味ではない。

ギルドにとっては、達成可能な依頼しか受けない訳だから、信頼の出来る相手だ。

冒険者にとっても、新米相手の引率役を多くこなす事になった。

周りの評価は良い。

それでも、俺自身の今のありようには不満があった。


俺は英雄になりたかった。

昔、寝物語に語られた冒険譚のような。

歴史に名を残すような英雄に。


しかし、今は平和な時代。

大きな戦もなく、騎士や兵士になるのに意味はない。

ならばと目指した冒険者。


しかし、現実は無情に、俺には才能がないと叩きつけた。



結果、不満を募らせつつ、せこせこと稼ぐ日々が続いた。

そんな俺も、今年で46だ。

冒険者としては、とっくに引退していても不思議ではない歳だ。

そろそろ引退を考えている。


金はある。

使うのは装備や、道具を整える時くらいだ。

無謀な挑戦をしない俺は、それほど高価な装備は必要なかった。

結局使うのは収入にくらべて、微々たるものだった。


家を買おうかとも考えたが、何時果てるとも知れぬのにと考えて止めた。

結局使わない金は、どんどん貯まる一方だった。


引退ついでに、パーと散財するのもいいか。

そんな事を考えて、その日俺は依頼を受けた。


俺が受けた依頼は、深緑の森での薬草の採取。

達成報酬は金貨3枚、採取の依頼としては破格だ。

依頼の基準ランクはFなのに、この依頼を受けるにはB以上のランクが必要だった。


なぜか、それはかの森が、偉大なる守護聖獣の領域だからだ。

害意なき者の出入りは許可されている。

しかし、森を荒らせば報復は免れまい。

そんな訳で、駆け出しの新米には任せられず、信用の置けるベテランに回されるのだ。


装備を整え、早速出発する事にした。


俺が拠点としている商工都市フリアスは、王都と国境最大の城塞都市クルストとの

丁度中間に位置する。

此処から南に行けば、国境にそびえる城塞都市が見えるだろう。

北ならば王都が、東には東方国家への進路がある。

俺は西に進路をとり、深緑の森を目指す。




深緑の森は、フリアスから二日ほど行った所にある。

広大な森で、人の出入りが制限された国の管理する森だ。



「止まれっ!」


森に近づくと、騎乗した騎士に停止を命じられた。


「ここから先は守護聖地だ!許可無きものは通す事はできぬっ!」


聖獣の領域に、不用意に侵入せぬ為に、国が設けた聖獣騎士団。

その騎士に、聖獣騎士団の印章がある事を確認する。


俺は懐からギルドカードと、銀色の飾り紐を取り出した。


「俺は冒険者のカリュートと言う者だ、ギルドの依頼で来た。

 聖獣の許可も有る身だ」


冒険者のと言うところで、少し顔を顰めた騎士だが、許可があるという所で

驚愕の顔になる。


「確認する」


騎士は馬から下りると、差し出されたカードと、飾り紐を受け取った。


「こ、これは間違いなく聖獣さまのっ!」


飾り紐は聖獣の毛で作られた、言わば出入り許可証だ。


「どうだろう、妖しい所などないだろうか?」


「しっ失礼しました!ランクBの冒険者、それも聖獣さまの信を得るほどの方を!

 どうぞお通り下さい!」


そう言って道を明ける騎士。

俺はその脇を通りながら、「いえ、お役目ご苦労様です」と労いの言葉をかける。


騎士は、基本的に冒険者にいい感情を抱いていない。

所属が違うとか、身分が違うとかの前に、彼らの手柄となる機会を

冒険者が掻っ攫っていく事が多いことに起因する。

それに加え、金にがめつい者や、規則を平気で破るものが多いのが冒険者だ。

そういうものばかりではないものの、一般的に冒険者の印象などそんなものだろう。


騎士との軋轢を避けるため、労いの言葉をかけ、騎士の態度を

気にしていないと、態度で示す。

ほっとした様な若い騎士を尻目に、俺は森に入った。


騎士というものは大変だ。

上役や、貴族、果ては俺のような冒険者の顔色を伺わなければならない。

「聖獣の信を得る」

言葉にすれば簡単だが、実際簡単なものではなかった。

聖獣は人の心を見る。

ひとつでも嘘をつけば、瞬く間に消されるだろう。

かつて聖獣を前に、自らの心をさらけ出した時の事を考えてブルリと震えた。

あんな経験は一度でいい、心底そう思う。

そんな思いをして得る信を、あの騎士たちは欲している。

正気の沙汰ではない。

名誉などというものを重んじる、騎士と言う人種は理解できない。

まぁいいさ、俺には関係ない。

だがもしかつて、騎士を目指していたなら…。

俺もそんな誇りだ名誉だなどと言う人種になっていたのだろうか?

そんな他愛も無い事を考えていた。








森に入り、まず目指すべきは深緑の森の主、聖獣深狼ルフの元。


草を掻き分け、深狼ルフの住処を目指す。

ここ10数年来ていなかったが、恐らく住処の場所に変化はないだろう。

おぼろげな記憶を頼りに進む。


あった。

岩肌にぽっかり開いた口、深狼ルフの住処の入り口だ。

入り口前に来て、ゆっくり跪く。


「聖獣さま、カリュートでこざいます」


告げずとも聖獣には解っていよう。

聖獣は、森の全てを知覚している。

俺が森に入った時から、知っている事をわざわざ告げるのは礼儀の内だ。


『カリュートか、久しいな』


頭に響く独特な声、それと同時にそれは現れた。

のそりと巣穴から身を乗り出す巨大な狼。

この方こそが、この深緑の森の主、聖獣深狼ルフなのだ。

深々と頭を下げ、礼儀を示す。


「申し訳ありません、ここ数年は東方に出向いておりました」


『よいよい、壮健そうでなによりじゃ』


「本日は、森で薬草の採取の許可を頂きたく参上しました」


聖獣はかかっと笑うように口を開く。


『なれも律儀な男だ、その程度なら好きにすればいいものを』


「それでも、森の糧は聖獣さまの財、無断で拝借しては罰があたります」


俺は臆病な男だ。

免れえる災悪なら、免れるための方法をとって置くのは当然だった。

礼儀には礼儀。

これは聖獣とて変わらない。

礼儀を示した相手には、礼儀でもって返してくれる。

俺が信の証を得られたもの、もしかしたらこういう所があったからか。


『よい、許可しよう』


「ありがとうこざいます」


聖獣の許可が出た。

もう一度深々と頭を下げて、立ち上がり踵を返す。


『カリュート』


その背に、聖獣の声がかかる。


「は?」


珍しく呼び止められた。

なんだろうと振り向いて、さらに珍しいものを見た。

聖獣は酷く困惑?しているような、なんとも微妙な顔をしていた。


「あの?」


聖獣がこんな顔をする、そんな何かがあるのだろうかと不安になる。


『いや、すまぬ、なんでもない忘れてくれ』


そう言って、聖獣は巣穴に引っ込んでしまった。

しばし唖然としていた俺だが、気を取り直して薬草採取に向かった。









それに気付いたのは音だ。

薬草を採取し、さて帰るかと立ち上がった時、何処かで金属のぶつかる音がした。

なんだろう?

この森は安全だ。

魔物はおらず、動物も大人しく滅多に人には寄ってこない。

そんな森で金属のぶつかる音を聞いた。

むくりと好奇心が湧き上がる。


本来の俺なら、自身の安全を考慮して、不用意に近づかないのだが。

その時の俺は、聖獣の森は安全だという思いと、

なにかに引き寄せられるように、森の奥へと歩みを進めていた。





その光景を目にした時、俺の目は驚愕に見開かれていた。

聖獣と対峙するものがある。

激しいぶつかり合いは、まるで嵐のようだった。

木々は吹き飛び、大地はえぐれ、岩は砕けた。

聖獣の牙や爪を、それは巧みに動いてかわし、背に翼でも有るかのように

縦横無尽に飛び回る。

そこまでは目で追えた。

しかし、時折凄まじい速さで動くのか、消えたように動く時があった。

繰り出される剣戟は素人そのものだが、どれ程の力加えられているのか、

空気を引き裂く轟音が森に木霊した。

聖獣とぶつかり合いながら、もう一匹の獣のように動くその姿に…。

俺の目は釘付けになっていた。


それはまだ少年だった。

長く伸びた黒いぼさぼさの髪に、浅黒い肌、黒く強い意志を宿した瞳。

その姿はさながら獅子の様でもあった。

かつて南の国に赴いたさいに見た、獣の王者といわれる獅子。

黒い髪はさながら鬣のようで、顔に走る獣爪がなんとも言えぬ威圧感さえ発していた。


見つけた!

そう思った。


俺は冒険者として、大成できない。

もういい年だし、そんな度胸もない。

だが、才能のあるものを育て、世に名を轟かす事はできるのではないか?

そんな、夢のような事を考えてもいた。

だがそう都合よく、そんな才能に出会うことなどなかった。


しかし…。

見つけた、ここに、この場所で!

聖獣とまともに打ち合う膂力と頑強さ、激しい動きをものともしない体力と柔軟性。

そして醸し出す威圧感に似た空気、カリスマとでも呼べばいいのか。

とにかく逸材だ。

10年、いや100年に一人の逸材に違いない。


心臓の鼓動が、激しくなるのを抑えられなかった。

俺は今、夢に出会ったのだ。

老いとともに諦めて、どこかに消えてしまった夢に。

俺は再び出会ったのだ。


声をかけよう。

そうして立ち上がりかけ、頭にガツンと衝撃を受けて視界が暗転した。












気付いた時、周囲は薄暗くなっていた。

頭が痛い、一体どれ程気を失っていたのか?

立ち上がり周囲を見渡せば、足元に拳大の木の実が落ちていた。

ズキズキする頭を撫でながら、木の実を拾い上げる。

岩のように硬い木の実だった。

これが頭に当たったのかと息を付く。

そういえばあの少年は!?


少年と聖獣が居た、開けた場所に飛び出して周囲を見る。

しかし、あれほど激しくぶつかり合っていた痕跡がまるで無かった。

吹き飛んだ木も、えぐれた大地も、砕けた岩さえ。


俺は夢でも見ていたのか?

額に手を当てて思案する。

アレは、俺が思い描いた都合のいい夢だったのかと思う。


そんな訳が無い、しかし現にあれが夢だと証明するかのように、

現場は綺麗なものだった。

木々の折れた様子も無く、大地にえぐられた痕跡も無い、砕けたはずの岩とて

砕けた跡などなかった。


一体どういう事だこれは?

頭が痛い、クラクラする。

やっと見つけた、そう思ったのに、…夢だった?


「はは、は」


乾いた笑いがもれた。

引退を考えていた?

違うな、俺は未練たらたらじゃないか。

あんな夢を見るほどに、俺の未練は強いらしい。


「帰ろう」


随分と、時間が経ってしまった。

依頼の期間までには余裕があるとは言え、のんびりとはしてられない。

一度帰ろう、そしてまた来よう。


あれが夢とは思えなかった。

未練と言えば未練だろう。

今度来た時、聖獣に尋ねよう。

聖獣は森の全てを知覚する。

ならば、こと森の中において、聖獣に知らぬ事等あるまい。


だが今は依頼が優先だ。

急いで依頼を片付けよう。


そうして、再び舞い戻る!

必ず、必ず見つけ出すぞ、少年!




その日私は、失った夢をもう一度手に入れたのだ。










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