物語の向こうにいる家族 「時を継ぐ者たち」に寄せて
『時を継ぐ者たち』は、時間旅行と異世界を舞台にしたフィクションです。しかし、登場人物たちには、私の家族の面影が重なっています。出来事をそのまま記したものではありませんが、この物語には、私小説としての側面もあります。
空一郎に重ねたのは、私の父です。
父は子どもの頃、祖母の養子として当家に迎えられました。それまでの暮らしを離れ、新しい家族の一員となる。その変化を、幼い父がどのように受け止めていたのか、私はすべてを知っているわけではありません。
異世界へ飛ばされた空一郎を書くとき、私は、そんな父の知らない時間を想像していました。見知らぬ場所で人と出会い、仕事を覚え、やがて自分の家族を持つ。空一郎がこの世界に居場所を作っていく姿には、父への思いが込められています。
その空一郎と結ばれるアリステリアには、母を重ねました。
私がよく知っているのは、すでに父と母になっていた二人です。出会った頃、どのような言葉を交わし、何に惹かれ、共に生きようと思ったのか。二人の若い日の時間を、物語の中で、私なりに思い描いていました。
空一郎たち四兄妹には、私の子どもたちの姿があります。ただし、実際の姿に、親としての願望をずいぶん加えています。
それぞれ違う才能を持ち、違う道へ進んでも、誰かが遠くへ行けば探しに行く。簡単には諦めず、帰ってくる場所を守っている。そんなふうに支え合ってくれたら、という願いです。
一方、暁人、星司、灯花には、私自身と弟、妹の面影を重ねています。
同じ家に育っても、考え方も、家族への思いの表し方も違う。近いからこそ、言わなくてもわかると思ってしまうことがある。その親しさと難しさが、三人を描く手掛かりになりました。もちろん、物語の事件や復讐が、実際の家族の出来事に対応しているわけではありません。
葛城善一は、私の願いから生まれた人です。
私は祖父を知りません。もし自分に、話のできる爺さんがいたら。子どもの疑問を面白がり、失敗を叱ったあとで、「何がわかった」と尋ねてくれる人だったら。
孫たちが集まる善一の書斎は、私自身が訪ねてみたかった場所でもあります。あの会話を書きながら、私も子どもたちに交じり、部屋の隅に座っていたように思います。
ミーナとCHUYUには、妻の面影があります。
人の暮らしへ目を向けること。そばで話を聞き、ときには耳の痛いことも言うこと。姿も立場も異なる二人ですが、その言葉や振る舞いを考えるとき、私は妻を思い浮かべていました。大きな仕事や冒険の中にも、食事や休息、何でもない会話を支える人を置いておきたかったのです。
そして、この物語で私が最も好きで、最も意識して書いた人物が、澪です。
澪には、生涯独身を貫き、明治、大正、昭和を、医師として、また母として生き抜いた祖母の人生を重ねています。父を養子に迎え、私たちへつながる家族を作った人です。
祖母の人生は、幸せだったと思います。自分の仕事があり、育てた子がいて、その先には孫たちがいました。私が知らない寂しさを想像することで、その人生を不幸だったことにはしたくありません。
それでも、ときどき考えるのです。
医師として人を支え、母として家を守る祖母にも、誰かに支えてほしい夜があったのではないか。日々の出来事を話し、迷いを打ち明ける連れ合いがいないことを、心細く感じるときはなかったのか、と。
祖母が独身を貫いた理由を、私はすべて知っているわけではありません。若い頃に、大切に思った人はいなかったのか。時代や立場に隔てられ、胸にしまった恋があったのではないか。澪を書きながら、そんな想像をすることがありました。
それは、祖母から聞いた事実ではありません。澪とユリアンの恋も、祖母の秘めた過去を明かすものではありません。ただ、医師、母、祖母という呼び名の向こうにいた一人の女性に、私は会ってみたかったのです。
澪は、多くのものを得ながら、愛する人と同じ人生を歩むことができませんでした。その彼女が最後に肩書を離れ、ただの澪として会いに行く。長い年月を隔てた二人の思いが、ようやく相手へ届く。
二人に残された時間は短くても、会えないままには終わらせたくありませんでした。
祖母の人生に、私が結末を書き足すことはできません。それでも、祖母を思いながら生まれた澪には、最後に、会いたかった人のもとへ帰る時間を贈りたかった。物語の中でだけは、その願いを叶えたかったのです。
五世代の歴史を書きながら、私が繰り返し見つめていたのは、身近な人たちの、私には見えていなかった時間でした。
父になる前の父。
母になる前の母。
祖母と呼ばれる前の、一人の女性。
家族だから知っていると思っていた人にも、私の知らない人生がある。書き進めるほど、そのことが深く胸に残りました。
『時を継ぐ者たち』は、遠い世界で生きた人の人生を、家族が受け取り直す物語です。
私にとっては、家族の面影をたどりながら、もう尋ねることのできない問いを、そっと差し出す旅でもありました。
どんな人に、会いたかったのですか。
どんなことを、話したかったのですか。
返事を聞くことはできません。
それでも澪がユリアンに会えた場面を書き終えたとき、私は少しだけ、祖母に喜んでもらえたような気がしました。
しゅんたろう as Augai Molitz




