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言語化機

作者: まめぞう
掲載日:2026/03/08

ある会社が、言語化機を発明した。


人間の感覚を、正確な言葉に変える機械である。


景色を見て美しいと思ったとき。

音楽を聞いて胸がつまったとき。

恋をしたとき。

病気で、なんともいえず不安なとき。

それらを機械にかけると、あいまいさのない文章が出てくるのだった。


人々はよろこんだ。


これまで人間は、

「なんとなく」

「うまく言えないが」

「そんな感じだ」

などという、不便な言葉で暮らしてきた。


しかし、もうその必要はない。


たとえば若い男が娘に、

「きみといると安心する」

と言ったとする。


すると娘は言う。


「そんな大事なこと、自分の言葉で言わないで。機械にかけてちょうだい」


機械は、こう出力した。


《対象のそばにいるとき、緊張が低下し、将来に対する悲観が一時的に弱まる。そのため、継続的接触を強く希望している》


娘は感心した。


「そう。それが聞きたかったの」


詩人たちも、この機械を使った。


曖昧な詩は、時代おくれになった。

比喩も、暗示も、余韻も、不正確だからである。


ある詩人は言った。


「『春の海 ひねもすのたりのたりかな』では、まだあいまいだ」


言語化機は答えた。


《波の緩慢な運動の継続的知覚により、観察者には時間の伸長と心理的弛緩が生じた》


詩人は満足した。


「これでやっと、はっきりした」


なるほど、そのほうが明快であった。


医者たちも助かった。


患者が「なんだか変です」と言うかわりに、機械はちゃんと説明してくれる。


《軽度の痛覚刺激に、重大疾患への予期不安が加わり、苦痛が増幅されている》


実に便利だった。


学校でも、この機械が使われた。


絵を見た感想。

本を読んだ感想。

音楽を聞いた感想。

どれも立派な文章になった。


《色彩の対比が不安と開放感を同時に喚起した》

《結末の意外性により、読後の価値判断が揺さぶられた》


先生たちはよろこんだ。

「これで感想文の出来不出来が、はっきりわかる」


やがて人々は、自分の気持ちをまず機械に通すようになった。


そのほうが、正確だからである。


夫婦げんかも整然とした。


《先ほどの発言により、蓄積された不満記憶が刺激され、攻撃的応答が生じている》


《その指摘は妥当だが、現在、疲労により配慮能力が低下している》


昔のように、

「もう知らない」

「あなたっていつもそう」

などという、不明確な言葉は使われなくなった。


世の中は、たいへんわかりやすくなった。


そのかわり、芸術家たちは困った。


絵を見せると、

「説明文だけでいい」

と言われた。


音楽を聞かせると、

「感じるより、解説のほうが早い」

と言われた。


老作家が、取材でぼやいた。


「最近は、作品より説明が喜ばれる」


記者はうなずいた。


「みなさん、忙しいですから」


そんなある日、発明者が会見を開いた。


「重大な欠陥が見つかりました」


記者たちは身をのりだした。


「どんな欠陥です」


発明者は言った。


「この機械に感覚を言葉にさせると、人間は、その文章を自分の本当の気持ちだと思いこむのです」


「それは、そうでしょう」


「いいえ」


発明者は首を振った。


「感覚は、もっと雑で、もっと多くて、もっと矛盾しています。ところが文章になると、人は安心する。理解した気になる。そして、理解できなかった部分を捨ててしまうのです」


会場は静かになった。


「つまり、この機械は感覚を翻訳していたのではない。削っていたのです」


大騒ぎになった。


販売は停止された。

回収も始まった。

評論家たちは怒った。


「人間性の切り売りだ」

「感覚の貧困化だ」


人々は安心した。


これでまた、人間らしい生活が戻るはずだった。


ところが、そうでもなかった。


機械がなくなると、だれも自分の気持ちをうまく言えないのである。


「なんとなく」

「うまく言えないが」

「少し違う気もする」


そういう古い言い方が、妙に頼りなく感じられた。


ある若者が娘に言った。


「その……きみといると……」


娘はたずねた。


「機械は?」


「もう、ないんだ」


「じゃあ、それ、正確じゃないのね」


数年後、新しい職業が生まれた。


機械が書いた正確な文章を、人間らしくあいまいに書きなおす仕事である。


その商売は、大いに繁盛した。


人々は、そうして作られた不完全な言葉を読んで、満足そうに言った。


「やっぱり、ほんとうの気持ちは、こうでなくちゃ」

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