第5話
記憶にあるのは、手術が八時間かかったこと。
そして、手術が成功したこと。
それから——痛い。
とにかく痛かった。
痛み止めの薬を「飲みたい」なんていう気持ちじゃない。
ラムネみたいに、口に放り込んで食べたいくらい痛かった。
痛みの波が来るたびに、思考がほどける。何かを考えようとしても、考える前に痛みが勝つ。痛い、という言葉だけが残る。
覚えているのは、天井と、パソコンだ。
白い天井を見ていると、また痛くなる。
だから視線を逃がす。パソコンのほうに。
すると少しだけ楽になる気がして、また天井へ戻って、痛くなって、またパソコンへ。
その繰り返しをしていた気がする。
でも、そのパソコンは、モニターの背面しか見えていなかった。
画面が見えない。何が映っていたのかは分からない。
それなのに僕は、勝手に物語を作った。
——あれは他の病院のパソコンと繋がっていて、オンラインゲームの対戦をしている。
この病院を守るために防御陣を展開している。
ほかのプレイヤーと連携して、別の病院を攻め立てている。
今なら分かる。
せん妄の幻覚だったんだろう。ICUではそういうことが起きる、と後から聞いた。
でも、あのときの僕には、それが“現実”だった。
たぶん脳が、僕を守ろうとしてたんだと思う。
痛みと恐怖の中で、現実をそのまま受け止めたら壊れてしまうから、別の物語にすり替えて、僕を生かしておこうとした。そんなふうに見える。
今考えれば、あのモニターはきっとバイタルチェックだった。
僕や、他の患者さんの数字が並んでいたんだろう。心拍、血圧、酸素。生きているかどうかを示す数字。
今思い出そうとしても、夢だったのか現実だったのか分からない。境目が曖昧で、触ろうとすると霧みたいに逃げていく。
そこへ看護師さんが来て、まだ予断を許さない状況だと言われた。
脳の手術をすると水頭症の危険があるから、慎重に見ている——たぶんそんな話だったと思う。
正直、全部は頭に入ってこない。
言葉は耳に入るのに、意味が頭の中で形にならない。
でも、「まだ安心できない」だけは残った。
僕はただ、ひたすらICUにいた。
時間の感覚も、昼と夜も、はっきりしない。
頭の端っこに、家族の顔だけがずっといた。
それだけが、どこにも流されない“本当”だった。
目を閉じるたび、妻と娘の顔が浮かんで、消えなかった。




