第13話
病院に入院している頃は気が付かなかったけど、僕はどうやら“天気痛”持ちになったらしい。
雨が降る前は、頭の中でミミズが動いているみたいに痛い。
気持ち悪い痛さで、じわじわ広がって、逃げ場がない。
晴れた日は晴れた日で、今度はガンガンと叩かれているように痛い。
空が明るいほど、頭の中は暗くなる。
天気が良いから調子が良い、とは限らない。むしろ逆の日がある。
仕事がしんどい日は、正直、しんどい。
頭痛も来るし、足も棒みたいになる。
休憩を予定に入れても、楽になるわけじゃない。続けられるだけだ。
“回復した”って言葉には、こういう現実がくっついてくる。
それでも家に帰る。
帰って、リビングに行く。
そこで救われたのは、家族の会話だった。
特別なことを話すわけじゃない。
学校のこと、テレビのこと、今日の出来事、くだらない話。
きっと家族は聞き取りづらかったと思う。口がちゃんと動かない。表情だって乏しい。うまく笑えていない日もある。
それでも話す。話してくれる。
でも、その「くだらない」が、僕には宝物だった。
娘がダンスを習っていたから、ダンスを見るのも楽しかった。
病院の天井を見ていた頃は、こういう時間がどれだけ欲しかったか。
ただ同じ部屋にいて、同じ方向を見て、笑う。
それが“生きてる”ってことなんだと、あとになって分かる。
娘が笑う。
妻が笑う。
僕も笑う。
ちゃんと笑える日は、回復してる日だと思った。
会話って、体力がいる。
頭も使う。
言葉を探して、相手の反応を見て、返す。
でも同時に、心が戻ってくる。
「今日どうだった?」
その一言があるだけで、明日もやれる気がする。
僕はたぶん、家族に回復させてもらってる。そんな気がした。
僕はお客さんとガンガン話すタイプじゃない。
仲のいいお客さんはもちろんいるけど、静かに切りたい人もいると思って、積極的には話しかけない。そんなスタンスで仕事をしてきた。
でも退院してからは、お客さんの方から話してくれる。
「体調はどう?」
「知り合いがくも膜下出血になって無事に社会復帰したから、君も大丈夫だよ」
そんな言葉に、何度も救われた。
自分では平気な顔を作っているつもりでも、体は正直で、頭痛がきつい日はすぐに出る。足が重い日もある。
それでも「大丈夫」って言われると、体の芯が少しだけ温まる。
“頑張れ”じゃなくて、“大丈夫”と言ってくれる人がいる。
それが、僕には効いた。
頭痛がひどい時でも、頑張れた。




