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くも膜下出血で倒れた理容師が、復帰して小説を書き始めた話  作者: antomopapa


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第1話 



予約のすき間ができた。

店の中にはラジオの音だけが響いている。しゃべり声も、ドライヤーの風もない。いつもなら当たり前に混ざっている生活音が消えると、店は急に広く感じる。

髪の毛を掃いて、手を洗う。指先に残る細い毛の感触が消えるまで、いつもより丁寧に。

それから僕は、職場のPCを開いた。

画面が立ち上がって、眩しい投稿画面が出る。

白い余白があって、カーソルが点滅している。あの点滅は、急かしているようでもあり、待ってくれているようでもある。

これが、僕にはまだ少し恥ずかしい。

四十八歳で、仕事の合間に小説って。自分で言っても、どこか照れくさい。

でもそれ以上に、楽しい。基本ポジティブなのでw

「どうせなら面白がったほうが得」っていう性格は、たぶん昔から変わっていない。少なくとも、変わっていない部分がある。

小学生のころの僕は、国語が嫌いな普通の子どもだった。

教科書の物語を読むだけで、なぜか後頭部がガンガンしてくる。気のせいじゃなくて、本当に痛い。だから僕は、読むことを避けた。読みたくないわけじゃなく、読めば頭が痛くなるから。すると当然、物語の面白さも遠くなる。面白さを知る前に、苦手だという気持ちが先に育ってしまった。

大人になっても変わらなかった。

本なんて、まともに読んだことがない。活字に向き合う時間が、どうにも苦手だった。

漫画は好きだった。絵があると、世界がすっと入ってくる。

でも、活字だけになると読む気がなくなる。ページをめくる手が止まる。読むこと自体が「頑張る作業」みたいになって、自然に距離を取っていた。

それなのに今、僕は書いている。

四十八歳で。自分でも不思議だ。人生って、変な方向に曲がることがある。

たいした思想があるわけじゃない。

ただ、タダでできるのに、やらないのは損だって思った。スマホとPCがあって、文字が打てる。投稿だってできる。なら、試さない理由がない。——そんな理屈で、自分の背中を軽く押した。

……いや。本当は、それだけじゃない。

四年前に、僕は死にかけた。

救急車で運ばれて、入院して、手術をして、ICUに入った。生き延びた。けれど、体は前と同じではなくなった。

その経験をしてから、ずっと引っかかっていた。

生き延びたのに、やりたいことをやらないのは変じゃないか。

できるのに、やらない。やりたいのに、先延ばしにする。そういう癖を、いつまでも握りしめているのは、もったいないというより、どこか失礼な気がした。助かった側として。

こんな話、つまらないと思う。

大げさだって笑われるかもしれない。四十八歳の理容師が、仕事の合間に小説を書く。たぶん多くの人には、どうでもいい話だ。

それでも、もし。

これを見て、どこか一部分でも共感する人がいたら、うれしいです。読み始めた理由でも、書き始めた理由でも、「わかる」でも「自分も」でも、なんでもいい。誰かの中の何かが少し動いたら、それで十分だと思う。

だから僕は、一行目に指を置く。

その一行が、四年前のあの日に繋がっていることを、僕はまだ知らなかった。



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