No.4 失恋の痛み/至極当然な衣食住
「それで、此処のことは」
「私にやらせて」
「だったら、後はバンシーに全て任せよう。お前らも病み上がりに無理をさせるなよ」
「はーい!」
周りがあっという間に散っていく中で、「こっちよ」俺は手を引かれる。
とても柔らかで小さいのに、強く頼もしく。
「私たちの事は後でね。――最初の場所が、礼拝堂。さっき貴方が寝てたのが医務室よ」
意外に奥行きのある狭き廊下を進んでゆく。
「隣は二人一組の相部屋、寝室も此処ね。家事は交代制で、同室の人と協力してやるの」
「わかった」
あのシスター、
「貴方は完全に治るまで見学だけど――」
それにこの空間もどうして懐かしさを感じるんだ……。こんな場所、俺は一度だって、
「大体、こんな感じ」
夢の、読み過ぎか。
「ねぇ、聞いてる?」
考えに耽っていた上の空から帰ってくると、お互いの息遣いが当たるくらいに寄り添っていた。
バンシーは徐に絡めた指を胸元に手繰り寄せ、不思議そうに小首を傾げて額に掛かった前髪が靡く。
「ぇ、ぁぁ。ちゃんと、聞いてる」
「フッ」
純粋さに色が付いたような笑みを飛ばし、大分、端折られたものの全ての紹介を終えたバンシーは満足げに聞いてくる。
「どう? 気に入りそう」
「まるで元から居たみたいな気分だ」
「ほんと? 良かった」
俺は、妙な空気の香りを漂うその場から、無意識に手を離して一歩引いた。
「?」
そわそわした様子で折り畳んで重ねた掌を口先に当て、じっと上目遣いを向けてくる。
「私、同年代の子が全く居なくて、君みたいな人初めてなの。だから本当に嬉しくって」
「あぁ」
「君も同じ気持ち?」
「そりゃ《《家族》》は初めてだからな」
「……そぅ」
急に場の重苦しく空気が冷え切ったような。
「ま、あんたみたいなヒョロガリじゃ、私を守ってくれそうにないしね」
「なにか、気に障ることを言ったか?」
「もー、何もわかんないんだから。べー」
手を繋いでいた指を下瞼を当てがって、擬音と一緒に舌を覗かせてきた。
新手の挨拶か、此方も見よう見真似で応える。
「こう、か」
「っ、もう」
所詮は猿真似で俺の間違った返しで、バンシーにそっぽを向かれてしまった。
「ねぇ」
「なに」
くるりと一回転。
「これから、よろしくね」
――あの時と少しだけ違った笑みを浮かべていた。
「よろしく」
「さ、行こ」
「何処へ?」
「食堂よ、家族を迎えたお祝い。それと着替えもね」
。
直ぐ先、皆が集まり盛り上がる場を前に、俺は色々と新しくなって踏み出した。
「あっ、きたきた!」
「ウォリアのお古、ピッタリだったみたいね」
埃臭さが抜けて落ち着ける、上下一体型で地面から何色か取ったみたいな服だ。
「よく似合いますよ」
「ねーねーお服もいいけど、まだー?」
少女の催促は最もで、全員が食事の席に付き、俺の着席を待ち望んでいるようだった。
早歩きで真ん中の空いた椅子に腰を下ろすと、賑やかな空気は息を呑む沈黙に変貌を遂げる。
それは紛れもなく神への感謝の時間だ。
周りと同様を装ってやり過ごし、
「せっかく家族が増えたってのにいつもとおんなじ。ステアやオリビアの時は違ったのに!」
「突然のことだったからな……」
待ちに待った豪華な食事だ。
スープからは蜃気楼みたいな湯気が湧き立ち、具材は彩緑でどれも香ばしく畑の肉の豆だ。何よりパンがある。まともな飲み物も。
「ごった煮に硬くて黒いコレ、ってまた酒!?」
「我慢しなさい」
「もー井戸から水引いてよ、家畜飼ってよ、畑耕して竈門作ろうよ、ねぇウォリア!!」
「主役を見てからモノを言え」
「え?」
奥深い五つの味に舌鼓を打つ暇さえ無く、空っぽにならないよう絶えず口いっぱいに頬張っている安心感は渇きを満たしてくれる。
「器ごと食べちゃいそうな勢いね」
「美味い?」
「不味いんなら全部くれ」
腕で自分のを囲い、机に突っ伏すように次々に器から口に飯を詰め込んでいく。
「行儀が悪いな、次からステアにマナーを教えてもらえ」
「そうですね。お兄さん、これからお願いしますね。……ぁ、そう言えば、お名前は?」
「無い」
「では、シスターから貰わないと」
「?」
ステア? の言葉の節々に変な感覚に疑問が浮かびつつも、今は飢えを凌ぐ方が勝り、無理やりに流し込んでいく。
「それまでの間、なんて呼ぶー?」
「ヘルトでいいと思います」
「俺の名前だぞ! ま、ソードに変えてやってもいいけど」
「こら、食事中にそんな話しない」
側のヘルトやバンシー、ステアの微笑みに意識を向けていたら、腕の陣は離れていた。
そして至福なひと時は姿を変えて、ステアと同じ部屋で、
「あんまり良い部屋とは呼べませんが……」
贅沢な寝床に身を沈め、
「ぁ、おやすみなさい」
「おやすみ」気持ち良く、とろけていった。




