No.3 自由と命、家族との出逢い。
大きな弧を描いた静寂の帰路、荒廃した村を通り過ぎて直ぐ、それは唐突に姿を現した。
「ヒヒーン!」
あのノエルが嗎く。
「あれはなに」
「落ち着けっ、ただの!? 悪魔だ」
それだけに留まらず、竿立ちというのを大袈裟に披露されて尚、俺は揺るぎなく一直線に凝視する。
まるで誰かの悪夢から出てきたみたいに形が定まらず、とても生き物とは思えない奴を。
昆虫なのか、動物なのか、人間なのか。怒り狂っているのか、悲しみに嘆いているのか、それとも死を、恐れているのだろうか。
どれも当て嵌まっているようで、違うような気がする。
たった一つ言えることがあるとすれば、此奴と手を取り合いたいとはとても思えない。
「恐らく、群れから孤立した雄の個体だろう。時期に去る」
此方の思惑とは裏腹な感情を燻らせ、骨と皮ばかりの有り様を変えんとノエルを睨む。
だが、視線が上に行くにつれ、不思議と狂乱に走った本能は次第に冷静さを取り戻し、
「!」
――悪魔自らが退く。異常な訳の先に顔を覗くと血走る眼差しに光の帯びを波打たせていた。
昔、読んだ本にこんな綴りがあった。
時折、人間と悪魔を見紛うときがある。それは当然私の老いもあるのだろうが、一番はきっとどちらも変わらないからなんだろう。
俺にはまだその意味がわからない。だってウォリアの瞳が悲しそうに見えたから。
「あの、馬鹿野郎が……ッ」
どうしてか、異常な熱りで頬を引き攣り、声がひどく震えて涙ぐんでいた。
「ウォリア?」
そのまま、顔を隠すように天を仰ぐ。
ノエルや俺が幾度となく一瞥を繰り返しても、悪魔の存在が跡形も無く消え去るまで、一歩たりとも進まず、止まったままだった。
「行こう」
いきなり妙な遊戯を興じたかと思えば、心なしか足取りまで名残惜しそうに、再び本来の道へと歩み始めた。
自由が、羨ましかったんだろうか。
皆、歯が舌に触れるのを躊躇ってか、蹄の高鳴りに付いて回る風切り音に耳を傾けて、
……。
沈みゆく太陽を右手に、駆け抜けていく。
あれから一通りの空白に満足した頃、十字架の頭上に浮かぶ満月の下――教会を前に、
「着いたぞ」の何処か寝ぼけていた心の底に目覚ましが鳴らされた。
「此処?」
「あぁ。この世で最も安全な場所、聖域だ」
ふたりが厩舎に行く中、先に降りた俺は何かに絶えず襲われ、現実の未開の扉を開く。
瞬間、シスターと出会う。
ドクッ、そんな音が心臓から早鐘を打つように鳴り響き、小刻みに震わせる両の眼で、
「ハァァァ……」
輪郭から目の輝きの端々まで追っていた。
清廉潔白な修道服、そして十字架を飾る。
「おい!」
その背に隠れていた四本指のような子どもらの様々な感情に至る所を突き刺されていた。
無意識に後ずさり、
「俺たちの無事を祈ってくれていたか?」
遅れてきたウォリアに受け止められる。
「あっ、ウォリア!」
「お帰りなさーい」
「こら、二人とも」
「静かにしてください、今――」
雑音擬きとそそくさとご退場され、また、
「えぇ、ご無事で何よりです、ウォリア様。それで此度の旅路で成し遂げられましたか?」
「全て、終わらせてきたつもりだ」
置き去りの会話に割って入る余地はなく、俺も部外者の枠に入れられたままであった。
「コイツはその、土産だ」
「そうですか」
ようやっと顔を合わせると目を瞑るくらいの頭の片隅の靄が薄れるような満面の笑み。
「初めまして、私はこの教会のシスターを任されています。どうか仲良くさせてください」
だが、なんだ。この違和感は。
「あっ!」
記憶の糸をたぐろうと脳裏を駆け巡っていた俺は、少年の一声で自身の体が床に崩れ落ちていくのを知り、
「ぃ」
周りの近付いてくる慌ただしさで無様にも睡魔の虜にされてしまったのを感じ取った。
焦点が定まらないまま瞼が緩やかに下ろされていく。最後に捉えたのは微動だにせず、独りゆっくりと目を開くシスターの姿だった。
ただ、不思議と初めてではない気がしたんだ。
「――」
あの子守唄? じゃないな。これはそう、意識の芽吹きに合わせ、パッと目を開く。
「が、シスターのお役目でしょ。もう長女だからって、何でもかんでも任せるんだから」
見知らぬ天井と初耳でない女の子のお冠。
「ごめん」
「わっ、起きてた」
「いいや、今起きた」
「そぅ。さっきの聞い、てた?」
「なにも」
ほっと胸を撫で下ろす彼女を横目に独りで体を起こし、きちんと面と向かって告げる。
「ありがとう」
「……! あはは、やー照れるな」
最初は動揺で時が止まっていたようだけど、遅れてとても照れ臭そうに頬を赤らめ、素敵な笑顔を見せた。
「ははは」
不器用な返しを他所に扉の枠中いっぱいに派手に飛び出し、さっきのみんなが大集合。
「あーやっぱり、シスターに似てるー不思議ー」
「?」
「何言ってんだ、よく見ろ。アイツは灰色、髪の毛から見てバンシー寄りだろ。なぁ?」
「お姉ちゃんでしょ、もう」
今の何が良いのか満更でもなさそうな様子だ。
「君が、バンシー」
「うん、そうだよ」
「でも、シスターの髪の方が――」
「いつまで雑談に花を咲かす気だ、ガキども」
真打が間に入り、纏まりのない空気を様変わりさせると、今日一番の本題を切り出した。
「これからコイツはお前らの新しい長男だ。色々あるだろうが仲良くやっていくように」
なんとも呆気なく、これといった儀式もなく。
確かにそっちの三人は幼く、ずっと付き添ってくれていた彼女がやっと並ぶ程度、だけど。
「俺、一番最後だよ」
「それが此処のルール、なんだよ!」
「いいんですよ、お兄さん」
「うんうん、そうだよーお兄ちゃん」
「ぁ」
バンシーも晴れやかに、
「ぁぁ」
怒涛の流れに沿って、
「た、ただいま」
「「「「「お帰りなさい!!」」」」」
家族に迎えられた。




