あたしとの婚約どこ行った、裏切って王女を取ったあいつなんか
「あいつは聖女より王女を取ったの。俗物なのよ!」
安酒場で『剣聖』こと剣士ジョンを相手に不満をぶちまけていた。
『勇者』アーサーを含めたあたし達三人は、魔王を倒したムフリヴァ王国の大功労者で。
その大功労者が安酒場もないものだけれど、あたし達は平民だし。
こういうところの方が気兼ねなく飲めるの。
「ハハッ、自分で『聖女』って言っちゃうのな。気に入ったのかい?」
「まあ。ジョンだって『剣聖』って呼ばれるの、悪くないと思ってるんでしょ?」
「『聖女』と呼ばれるよりはな」
「あんた女じゃないじゃないの」
ジョンのジョークはどこかズレてて、いつも面白くないんだから。
魔王討伐に成功したあたし達はそれぞれに称号を賜った。
ヒーラーのあたしは『聖女』、剣士のジョンは『剣聖』、そしてあたし達を導いたリーダーのアーサーが『勇者』と。
そして『勇者』アーサーはヴィヴィアン王女の婚約者になった。
何で?
「アーサーとは結婚の約束をしてたのよ? 魔王を倒したら結婚しようねって」
「死亡フラグみたいだな」
「だからジョンのジョークは笑えないんだってば」
「大体その手の約束は叶わないもんだ」
「身をもって知ったけど」
でもアーサーは誠実だと思ってたんだもん。
約束破るなんて思わないもん。
「あたしアーサーのことを好きだったからさ」
「いいやつだもんな」
「いいやつがこんな仕打ちする?」
「いいやつだからこそさ」
「えっ、どういうこと?」
ジョンは何を知ってるの?
「やれやれ、『聖女』レイジア様は一途というか何というか。アーサーのことしか見えてねえなあ。そこがあんたの可愛いところだけどな」
「可愛いのはわかってるから話しなさいよ」
「ムフリヴァ王国は揺れてるってことさ。直系の王位継承権保持者がヴィヴィアン王女一人しかいないんだからよ」
「知ってる」
ヴィヴィアン王女はすっごい美人。
魔王を倒す旅でボロボロのあたしとは大違い。
アーサーがヴィヴィアン王女にクラッとしちゃうのもわかる。
「アーサーほど先を見通せる男が、あんな女に惚れるわけねえじゃねえか」
「えっ?」
メチャクチャ美人のヴィヴィアン王女をあんな女扱い?
ジョンったらどうしちゃったんだろう?
これはジョークじゃないよね?
「ヴィヴィアン王女って美人で性格もいいんでしょ?」
「温室育ちで大した能があるわけでもなく、望めば何でも手に入ると思ってる甘い女だぞ? 『聖女』を見慣れてるアーサーのお眼鏡に適うわけねえだろ」
「あれっ? それはあたしを持ち上げてくれてるの?」
「オレのジョークは笑えないらしいんだ」
「ジョークなのかよっ!」
もう、ジョンったら。
でもジョンの言うことも一理ある。
アーサーが自立した女性を好むことは事実だし。
「国全体で考えてみろよ。魔王がいる内は挙国一致体制が取れていた。しかし魔王が倒された今、『勇者』が接着剤にならねえとムフリヴァ王国は分解しちまうんだよ」
「……言われてみると……」
ジョンの言う通りだ。
あたし本当にアーサーのことしか見えてなかったな。
「オレ達は旅の途中で結構有力貴族と伝手ができたろう? オレ達の力を見せつける機会も多かった」
「一番活躍してたのあたしじゃない」
あたし達一行が名の知れた実力者であったのは事実だったから、結構いろんな依頼があったの。
古傷でぎこちなくしか身体を動かせない領主様を治したりとか。
ゴーストが大量発生してた墓地を浄化したりとか。
飼われていたけど逃げ出した魔物を結界で捕らえたりとか。
持ってるスキルから、あたしの働く機会が多かったわ。
ま、あたしの力も並ではないから。
「あわよくば王家に婿を送り込んで、って考えてた高位貴族は多かったはずだ」
「だからヴィヴィアン王女の婚約者の座を巡って、国が揉めちゃうってことね?」
「ほぼ必然だったと思うね。しかしアーサーが王女の婿ならどうだ? 『勇者』は知らない仲じゃない。話の通じる爽やかな男だから、どこぞのライバル貴族の令息が王女の婿になるよりよほどいいと、高位貴族どもは考える」
「だからアーサーは王国の接着剤になり得るってことか」
言われてみるとアーサーはヴィヴィアン王女の婿に最適だわ。
他にいないとまで思える。
……あたしとの婚約どこ行ったってのだけは解せないけど。
「『剣聖』様は随分考えられる人だったのね。ただの脳筋だと思ってたわ」
「脳筋ではハイブロウなジョークが出てこないんだぜ」
アハハ。
初めてジョンのジョークで笑った気がする。
「もう一つ。オレ達のためにアーサーが犠牲になったって側面があると思う」
「犠牲? あたし達のために?」
アーサーは次期王配でしょ?
犠牲という言葉と結びつかないんだけど。
「魔王を倒したオレ達は結構な超戦力なわけだ」
「そりゃそうよね」
「警戒されるってこともあってよ」
「あ……」
もしアーサーがヴィヴィアン王女との婚約を受けなかったらどうなってたろう?
ムフリヴァ王国に骨を埋める気がない。
反乱を扇動するんじゃないかとか外国と通じるんじゃないかとかの変な噂を流されて、居づらくなってた?
十分あり得ることかもしれない。
「暗殺者が送り込まれてきてたかもな」
「当然返り討ちにするでしょ?」
「王国民を殺すとは何事だって、晴れて反逆者のできあがり」
「……」
本当だ。
となるとアーサーがヴィヴィアン王女と婚約する以外、あたし達の平穏はなかったように思える。
「……魔王を倒したらのんびりしようねなんて言ってたけど、まるで夢物語だったんじゃない」
「そんなメルヘンなこと考えてたのは『聖女』様だけだけどな」
「どういうことよ? 『剣聖』様の見解を聞かせなさいよ。ジョーク抜きでね」
「オレの見解というか……」
ジョンがちょっと苦い顔になった。
「レイジアには言わなかったけどよ。アーサーのやつは、魔王を倒してもお前と一緒になれないんじゃないかって考えていたんだ。かなり可能性の高いこととしてよ」
「えっ?」
「まあやつは先が見えるからな。もっとも旅してる状況で王都についての情報なんて入らねえから、想像に想像を重ねていただけに過ぎなかった」
「どうしてあたしに言わなかったのよ!」
「決まってるじゃねえか。魔王を倒すことが先決だったからだよ。レイジアには言うなって口止めされてた」
あたしのテンションを下げるわけにいかなかったってこと?
理屈はわかるけど!
「国を平和にするまでが冒険って言うだろ?」
「聞いたことないわ」
「アーサーは確かにお前を愛していたよ。でもオレ達と国のために王女を選択したんだ。それがわからないお前に、『勇者』の妻は務まらねえよ」
かもしれない。
脱力したというかガッカリというか。
でもジョンの話を聞いて、アーサーはどこまでもアーサーなんだなあと思った。
どこまでも未来を見据えていて。
アーサーは何も言わなかったけど。
いや、王宮に招かれてからは、言う隙すらなかったわ。
すぐ褒美だ婚約だってお祭り騒ぎになってしまったから。
ヴィヴィアン王女との婚約の時も、今考えてみると躊躇が許されない状況だったんだね。
あたし達のことを考えてくれていたんだ。
そういうアーサー、好きだなあ。
一緒になれないことは残念ではある。
「だからオレにしとけよ、『聖女』様」
「相変わらず『剣聖』様のジョークは笑えないんだから」
ジョンの目が優しい。
苦楽をともにした仲で、今日もあたしの愚痴に付き合ってくれて。
ジョンもまたなかなかいい男であることはわかってる。
「……ジョークさえなかったらなあ」
「オレの最大の武器を否定するなよ!」
ふふっ、最大の武器って。
あたしも切り替えないといけないってことね。
「今日は飲むぞお!」
「おう、飲め飲め。浴びるほど飲め」
「そうする」
「多分オレの方が先に潰れるから、帰る時に酔い覚ましの魔法かけてくれよ」
「締まらないの」
きっと明日はいい日になる。
そんな気がする。
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