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終焉の詩唄い  作者: 匿名記号


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8/15

雪に沈んだ村

 風が鳴いていた。

 凍りつくような白の世界の中で、空も大地もひとつの鏡のように曖昧に溶け合っている。

 太陽は薄い雲の向こうで輪郭を失い、ただ乳白の光だけが降りそそいでいた。


 その中をひとりの少女が歩いていた。

 黒いローブの裾が雪をはね、細い靴跡が淡く刻まれていく。

 大きく長い金属の杖を手に持ち、小枝の杖を腰に据える彼女──双杖の魔女ニクス。

 吐いた息がすぐに白い霧となり、風に攫われて消えた。


「うーさむ……この辺、かな」


 彼女は立ち止まり足元に地図を広げる。

 羊皮紙は寒気に硬化し、端がぱきりと音を立てた。


「印の場所は……このあたり。うん、間違ってない。……でも、何も見当たらないな……」


 呼びかけるように小枝の杖を手に取る。

 けれど、その相棒からは返事がない。


「もー……使役ってなんでしたっけ? 全然、使役されてる感じしませんけど?」


 愚痴をこぼしながらもニクスは雪を掻き分けるように歩いていく。

 冷たい風が頬を切る。

 雪の粒が光をはね返し、どこまでも白く音を吸い込んでいく。


 ふと、彼女は足を止めた。


「……知ってる。ここ……昔、来たことある」


 雪に埋もれた景色の中で、わずかな記憶が蘇る。

 それは傭兵団にいた頃、魔族討伐任務の途中で立ち寄った小さな村。


 魔族や魔物が寄りつく危険地帯だったが、

 同時に冒険者や傭兵たちの腕試しの場でもあった。


──あの頃は、雪なんて一片も降らなかったのに。


「まさか……全滅……?」


 呟きは凍った風に吸い込まれていった。


 ニクスは雪を払いながら看板の形を確かめる。

 かすれた文字がようやく浮かび上がる。



──グレモア村

 谷の底、切り立った山脈の手前にある村

 地の底から魔素──マナが噴き出す危険な場所

 その封じと監視を目的に設けられた防衛村



 次の瞬間、風が止んだ。

 あたり一面が時を止めたように静まり返る。

 彼女はその沈黙の中に何かの“気配”を感じ取った。


 ゆっくりと歩を進め、村の入り口に差しかかる。

 そして足元の雪の中に妙な形の影を見つけた。


「……置物? こんな場所に?」


 しゃがみ込み雪を払う。

 現れたのは──氷に閉ざされた人間の姿だった。


「人……? これ、生きてる……? これは……呪いの氷像……!」


 肌に触れた冷気が魔力のざらつきを伴って伝わってくる。

 魔術ではない。もっと原始的で残酷な“呪術”だ。


「氷像の呪い……もう失われたはず……勇者さまが魔王領北の雪原で使い手の魔族を討ったって聞いたのに……」


 そのとき。

 背後から低い声がした。


「こんな場所に魔女とは、珍しいな」


 咄嗟に杖を構え振り向くと、吹雪の向こう、雪を踏みしめて立っていたのは一人の男。

 灰のマントを羽織り、煤けた剣を腰に下げている。

 髪は白く霜を帯び、頬のあたりに疲れた影が宿っていた。


「……あなたは?」

「俺はラムザ。この村が……こうなった元凶……かな」


 その声はどこか寂しげで、

 雪の音と混じりながらも、不思議と温かさを持っていた。


「元凶……もう少し詳しく…………、くしゅん!」

「もうすぐ日が落ちる。立ち話ではなんだ、うちに来るといい」

「は、鼻水が……ありがとうございます、そうします]



 案内された家は既に暖炉の火が灯っており、部屋は暖かった。

 男性が暖炉の前で震えるニクスに飲み物を差し出す。


「ああありがとうございます。うー寒かったぁ! あ、ごめんなさい、自己紹介してませんでした。

 私はニクス、"双杖の魔女"ニクスです。世界を見て回って、世界を変える見聞の旅をしてます」

「ニクス……聞いた事はないな……」

「旅を始めてまだ1ヶ月位なので……これからです! ……えっと、それで……元凶って……?

 え、まさか……村を凍らせたのがあなた、とか?」

「そうじゃない。俺が……あの魔族の女に惚れてしまったせいだ」

「へぇ、惚れた……? って、魔族にですか!?」

「そうだ」


 ラムザは小さく笑って目を伏せた。


「笑ってくれていい。俺も自分で馬鹿だと思ってる」


 ニクスは暖炉の火の前で、カップを手にしたまま身を乗り出す。


「その魔族って……まさかゲルダ?」

「ゲルダを知っているのか?」

「はい。二年前の大規模戦の時、私も傭兵団で参加してました」

「そうか……二年前……お前と同じように二振りの杖を持ち無鉄砲に突っ込んでいく女が居たな……まさか本人とはな。あの戦いのあと、俺は彼女を追う依頼を受けた。

 追いついたとき、彼女は瀕死だった。

 それを……俺は殺せなかった。助けてしまったんだ」

「……やさしいんですね」

「ただの愚か者さ、その後が大変だった。手負いのゲルダを連れての逃避行だ。ギルドの刺客とも何度かやりあった」


 彼は苦く笑った。

 薪がはぜ、赤い火花が舞い上がる。


「そして……彼女の傷が癒えたのを見計らい……告白して、振られた」

「ぶっ……ごほっ!!」


 ニクスは飲みかけの茶を盛大に吹き出した。


「ふ、振られた?! そんな命懸けのドラマのあとで?!」

「彼女は……既婚者だったんだ」

「ええぇぇ!? そ、それはもうどうにもならないやつですね……」

「そうだな。だが、奇妙なことに、俺が振られたその日から村は静かになった。

 魔物の襲撃も途絶えた」

「……それ、ゲルダがラムザさんの事を好きになっていた……?」

「それはどうだろうな。だが一年ほど前、また彼女は現れた。

 そのときは、様子が明らかにおかしかった」

「様子……?」

「泣いていた。村の冒険者たちも討伐のチャンスと我先に斬り掛かろうとした。

 だが……全員氷像にされ砕かれてしまった」

「氷像の呪い……」

「そうだ。代償として、氷にされた者の怨嗟が

 絶えず術者の耳に響くらしい。使えば使うほど、

 その声は増し、自らも氷に蝕まれていく……」


 ニクスは眉をひそめた。


「私は遠慮したい技ですね……これだから呪術は……」

「彼女はもう壊れているのかもしれないな」

「…………貴方だけ……、どうして氷像化しないのです?」

「彼女の真意は分からない、一年前からまともに意思の疎通が出来ていないのだ」


 ラムザは立ち上がり、窓の外を見つめた。

 雪が強くなり、風が唸る。


「来たな」

「嵐……?」

「いや、ゲルダだ。今夜もまた、村に来る」


 ラムザは剣を手に取る。


「君はここにいろ。俺が行く」

「こういう展開だと、だいたい帰ってこないんですよね。

 ……行きます。一緒に」


 ラムザは、わずかに笑った。


「ふっ、勝手にしろ」

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