嵐王使役
ホプル村を出て、昼の陽が傾きはじめた。
ニクスはひらけた草原の中央に立っていた。金の穂が風にゆれ、どこまでも続く地平の向こうには薄い雲の帯が浮かんでいる。
黒いローブの裾を軽く押さえながら、四方に紙を置いていく。紙の上には複雑な文様が描かれていた。
紙を置いた中央辺りまで来ると小枝の杖に話しかける。
「ふー……。このまま杖使えないと困るし……ちょっと聞きたい事もあります。
封印解除しますからね? 一旦、でいいので話だけは聞いて下さいね?」
笑みを浮かべて話しかける……が、杖はピクリとも動かない。
「さっきまで動いてたのになんで無反応なんですか?! うーーーん、解放しますからね!」
ため息をひとつ。
それから杖に口を寄せ、息を吹きかけた。
瞬間、風が止む。
昼空に影が差し、白い雲が一瞬で黒雲へと変わる。
草原を吹き抜ける突風。雷鳴が一閃。
杖の先から霧のような光が噴き上がり、その中に嵐が渦を巻く。
風が形を得、やがて翠色の瞳の精霊が姿を現した。
『──小娘!! 貴様ァ、精霊との盟約を違えるとは万死に値するぞ!』
「もー落ち着いて話したいのに! 先に違えたのはそっちですよ!! お互い様ですよね?! 戦闘不能になった方が言う事聞くって!」
『いきなり杖に封印しておって! あんなもの無効じゃ!
それも二度も!! 許せぬ!
その身ゆっくりと刻んで我を怒らせた事後悔させてくれる!』
「まぁ……そうなりますよね……」
杖の底をトンと突く。
瞬間、草原の四方に赤・青・緑・白の光の柱が立ち上がり、天へと伸びた。
『なっ?! ぐ……なんだこれは、体が……』
「──四王の陣……精霊さま相手に詠唱なんてしてられないですからね、実態化させました。
わ、た、し、は肉弾戦しますので、嵐王さまはどうぞ魔法で戦っても、この陣から逃げて貰っても、構いません」
『四王…………? 小娘のオリジナルか……? 聞いたこともない、我を実態化させるとは……。
だが小娘……なんとわかりやすい挑発を……つまり、武術で勝てると思ってるのだな?
その浅はかな考えが既に不敬!』
「なんだかんだ言ってちゃんと私の舞台に立ってくれるの、ほんと義理堅いですね!」
細身の魔法の刃が伸び、風を裂く音が草原に響いた。
嵐王シエラが身構えた頃には、すでにニクスの姿が目の前にあった。
『ぬっ!?』
剣閃。
シエラは爪を伸ばして正面から受け止めるが、衝撃は重く、地面の草が弾け飛ぶ。
「ふふーん。剣だけじゃないんですよ?」
杖の頭部が一瞬で槌に変化。
振り抜かれたそれが、シエラの横腹に直撃した。
ドッ──!ゴッ!!!
空気が爆ぜ、嵐の王は数十メートル先まで吹き飛ばされる。
鈍い音と共に大きく吹き飛ばされるシエラ。
『なぁぁあ?! ぐぁ! なんだその力は……!? ぐぅ……!』
立ち上がろうとしたシエラが手をかざす。しかし──
『なっ!? 魔法が発動せぬ……!?』
「ふっ……、ふふ……、今魔法撃とうとしましたね?
精霊さまが、魔法を使わない術師相手に、魔法を使おうと……?」
『むっ……小娘、この陣……』
「そうですそうです、四王ですから、
『精霊の実態化』
『魔法の発露制限』
『陣内精霊の筋力デバフ』
『陣内人間の筋力バフ』
この陣内に限り、私は四つ……思いつく限りの命令や制約、制限を設ける事が出来ます。
私自身にも影響がありますし……この陣もあまり長い時間展開出来ません。
丸一日分の魔力も使うので……使い勝手は良くないですけど、こういう時有効です」
『ま、待て、いくらなんでも反則だろう……!?』
「おっと、そろそろ時間切れますね。それではそろそろ決着をつけましょうか」
ニクスは深く息を吸い、杖を構える。
四方の光柱が強く輝き、風が渦を巻く。
「蒼穹を犯す空の覇者──風纏う暴君シエラよ。
我、"双杖の魔女"ニクスの名において命ず。
その驕る翼をたたみ、軍門に! 下れ!」
大気が裂けた。
巨大な槌が閃光のように振り下ろされ、轟音が草原を揺るがす。
四方の光柱が弾け、四方に敷かれた紙がひらひらとニクスの手元へも舞い戻る。
──静寂。
ただ風だけが草を撫でていた。
「ふぅ……五分ももたない……か……やっぱり燃費悪いなー」
溜息をつきながら何やら思案しているニクスのその足元で、小さな声がした。
『にゅ~こんなの無効試合じゃ~!』
見下ろすと、手のひらに乗るほどのミニサイズのシエラが、頬を膨らませていた。
「あははは! ずいぶん可愛くなりましたねぇ」
『にゅ~! 認めん! ワレは負けを認めておらんからな!』
「はいはい、でも今こうして喋ってるの、私の魔力で実体化してるんですよ? つまり、もう使役状態です」
『ぐぬぬぬぬっ……理屈は分かるが納得はいかぬ!』
ペチーン!
『にゅわ!? にゃぜ……今杖でワレを引っ叩いたのじゃ?!』
「叩ける時点で、使役完了ってことです。……おっと、忘れるところでした」
ニクスは膝を折り、小さな嵐王を見つめる。
「あなたに聞きたいことがあったんです。
──私と一緒にいた男の人、どこに吹き飛ばしたか知りませんか? あと私の荷物も!」
『おとこ……? あぁ、あの時の。風に乗って遠くまで飛ばされたのは覚えておるが、どこへ行ったかまでは……』
「まぁ、ですよねぇ。荷物も行方不明っと……」
ニクスは肩を落とし、それから地図を取り出した。
「これが今の手掛かりです。どのあたりに飛ばされたと思います?」
『随分と古い地図じゃな……?うーむ……ここと……ここと……ここじゃな』
「そうなんです?お師匠さまの地図だからなぁ……あの人大体1000年生きてるみたいなので……」
『ワレとほぼ同い年なのだが……? 何者じゃそいつ』
「お師匠さまは竜種です。今も同種の手がかり探すーって言って私とは別行動してます」
『……なるほどのう。小娘がその若さで魔導に長けておる理由が分かった。神代の遺産の弟子であったか』
と、その時。
「よし、それじゃ──行きましょうか!」
どしゃあ!!
杖を突いて飛ぼうとしたニクスが盛大にズッコケた。
「あた、たた。あれ? あ……四王の陣で魔力尽きたんだった……」
『なんでワレはアレに負けたのだ……』




