嵐の理由
背中に鋭い痛みが走った。
意識の外から、しかも後ろからの一撃。
だが──致命傷ではない。
腰のポーチから止血剤を取り出し、手早く処置をする。
回復薬は……テントか──
「っ……く。エミ……今のは……あなたが?」
振り向いた先で、小さな手が震えていた。
ナイフを握る指先が白く、今にも落ちそうだった。
「わ、わたしの村……襲われたの……。
次はお前の家族だって言われた……。
言うこと聞けば、家族は助けてやるって……でも……りーちゃんが……目の前で……!」
嗚咽混じりの声。涙は止まらず、震えた刃先が小刻みに揺れる。
ニクスは、息を整えながらその手にそっと触れた。
「エミ……つらかったね。気づいてあげられなくて、ごめんね」
ナイフを包み込むようにして、そっと抱きしめた。
「もう大丈夫。あなたの村も、エリィも、みんな……私が守るから」
「ほおぉ──でかい口叩くじゃねぇか、手負いの魔女さまよ」
嘲る声が響いた。
見れば、男が三人。
そのうち一人は派手な革鎧をまとった男──リーダー格。
そして鎖で繋がれた、巨大な影。灰色の肌、黄色い眼──トロルだ。
「なるほど。魔女ひとり怖くて、封魔の陣を使って村ごと封じる臆病野盗……あなたがリーダーさんかな? 私を怒らせた事、後悔させてあげる!」
「調子に乗るな。仲間を殺された借り、きっちり返してもらうぜ」
「……エミ。この村を襲ってるの、全部でどのくらい?」
「ま、まだ……頭領も他にいるし、トロルも……もっといる……。」
「……っ?! そう……ありがと」
エミをエリィのいる部屋に逃がす。
ニクスの顔が曇るのをリーダー格の男は見逃さず、薄笑いを浮かべた。
「今さら詫びたって許さねぇぞ?」
「謝る相手……どこにいるんですかねぇ?」
「この小娘がッ!」
ひとりの野盗が剣を抜き、突進してくる。
だが、踏み込んだ足が何かに絡まった。
「なっ!? 糸……?!」
「魔法が使えないなら、使えないなりにやれることはあります」
ニクスは静かに立ち、倒れた男の背中に杖を押し当てた。
「ねぇ、エリィのお父さん、どうしてあんなに焦げてたんですか?」
「し、知らねぇ! 俺は関係ねぇ! 男は殺して女は攫う、それが決まりで……へへっ、母親は最後まで抵抗してたからよ…………!」
「……そう。あなたも、関わってたのね」
ニクスの瞳が冷たく光る。
小さく息を吸い、詠唱が紡がれた。
『燃えろ、我が手の誓火!集い、紅蓮の理を成し──焔葬しろ!』
赤く大きな火柱が手に灯る。
それを男の背に放ると、すぐに爆ぜ燃える。
火が全身に立ち昇り、悲鳴が上がる。
「あああああッ!? 助け──!」
「そんな剣じゃその糸……切れませんよ。どうぞ、ゆっくり苦しんでください」
ニクスの声は静かで、どこか遠かった。
「さて……残りは二人と一匹」
余裕の表情を浮かべるニクス。だが、内心は違った。
微弱ながら封魔の陣が生きている……短縮詠唱では魔法は放てない。だが、長時間の詠唱を許すような相手でもない。
逃げるなら今しかない──けれど、エリィたちを置いては行けない。
思考を巡らせ……出した結果は
「ふぅ……仕方ない……か。封魔陣を使ったのはそっちが先。責任、取ってもらいます」
「何を──」
「少し前に、季節外れの大嵐があったでしょ。あれ、私です」
「はぁ? 魔女ひとりで嵐なんざ起こせるかよ!」
ニクスは小さく笑い、杖をクルクルと回した。
金属の先端が地を叩く。
カーン──
と澄んだ音が響いた瞬間、彼女は小枝の杖を天へ放り投げた。
「詠唱はやらせねぇ! トロル、行けぇっ!」
鎖が解かれ、トロルが咆哮する。
地響きとともに突進してきた──その瞬間。
風が唸り、空が裂けた。
轟音。大気そのものが震える。
トロルの巨体が宙に浮き、裂かれ、霧のように散った。
「なっ……!」
男たちの視界を、蒼い閃光が駆け抜ける。
ニクスの周辺の嵐が形を取り、声が降りてくる。
『控えよ──我こそは蒼穹を裂き犯し、雷霆を従える者。
天と地の理を破りし嵐王シエラなり』
「精霊……だと!?」
『小さき魔女の最後の命に従い、汚らわしい賊どもを滅す』
「くそっ! 自爆覚悟かよ、あの女!」
風が唸る。
嵐の刃が走り、男たちは声を上げる暇もなく、風に飲まれていく。
やがて静寂。風だけが残った。
『ふはははは! これで終いか。さて、この村は犯してはならぬと聞き及んでおるが……あの娘に封ぜられた鬱憤、この辺りで晴らさせてもらうぞ!』
嵐王が両手を掲げる。
渦巻く風が形を持ち、雷光が走る。
振り下ろそうとしたその瞬間──
空から小枝の杖が落ちてきて
ペチーン!!!
と嵐王の頭に当たった。
『なっ!? この小娘……こんな策を……!? あーれぇぇえええ!!』
風が収束し、光が杖に吸い込まれていく。
空が晴れ、静寂が戻った。
「…………っは! はぁ、はぁ……。あ、あっぶなかったぁ……。
自分の体を媒介にして喚ぶもんじゃないね……」
肩で息を吐きながら、ニクスは膝をついた。
頭の上の杖を見上げ、苦笑する。
「シエラ、思ったより義理堅かったな……。
でも、辺り丸ごと吹き飛ばす気だったでしょ……だめだよ?」
そう呟いた直後──
「ニクスお姉ちゃん!」
エミの声がした。
顔を出した彼女の目に、倒れ込むニクスの姿が映る。
「あはは……契約なしの強制召喚なんて、無茶しすぎたな……。魔力、もう……すっから、かん……」
そう言って、ニクスは意識を手放した。
直後、遠くから声が聞こえた。
「村が燃えてる!?」「消火を急げ!」「こっちは人が──!」「う……なんだこの血溜まり……」
ホプル村とクラフ村の間の川の調査に出ていた若者たちが、煙を見て駆けつけていた。
炎と血の匂いの中、朝日に照らされた彼らの目に映ったのは──
魔力切れでぶっ倒れた魔女と、泣きじゃくる二人の少女だった。




