甘い判断
数日、ホプル村に滞在した。
理由は──気まぐれだった。
探し人はいる。けれど、あの人が野垂れ死ぬような人じゃないことくらい、わかっていた。
だから、少しくらい寄り道してもいい。きっと無事。
◆
エリィとエミに少しだけ魔法を教えた。
エリィは、いつか魔女になって杖で空を飛びたいと笑っていた。
だから風の初歩、つむじ風の魔法を教えた。杖で飛ぶには、風を掴む感覚が必要だから。少しずつ覚えればいいと伝えると、彼女は本当に嬉しそうに頷いた。
エミは、暗闇が怖いと小声で言った。
そこで、両手で包めるほどの石をいくつか拾ってきてもらい、光石の作り方を教えた。
「ゆっくり魔力を注ぐの。あたたかくて、やさしい光を思い浮かべてね」
そう教えるとエミの目が真剣になった。
少しでも力を入れすぎれば、石は眩しい閃光を放ち、崩れ落ちる。
二人が驚いて目を丸くした顔──忘れられない。
光の強さや色が石ごとに違うことも教えた。少し難しい魔法だけれど、二人とも夢中で聞いてくれた。
◆
「もう行っちゃうの? もっといてもいいのに……」
「うーん、そうしたい気持ちもあるんだけどね。
これは“世直し見聞の旅”だから。ずっと平和な村にいると、目的を忘れちゃいそうでさ」
「ニクスお姉ちゃん……」
「エミも、村が無事だといいね。昨日、男の人たちが偵察に出たんでしょ? きっと大丈夫だよ。
さて──そろそろ行くね。エリィのご両親にもよろしく」
別れ際の笑顔を残して、私は空へと浮かんだ。
行き先は決まってない。
村の人たちは食料をたくさん持たせてくれた。干し肉、チーズ、パン。温かい人たち。
本当に、いい村だった。
「……なーんか、やる気出ないなぁ。。。」
杖をゆらゆらと浮かべながら、ぼんやり呟く。
お日様は高く、風は穏やか、お月様も仲良さげに二つ揺らめいている。世界が穏やかに見える昼下がり。
テントを張り、火を起こして、少し早い休憩を取る。
ゆらめく焚き火を見つめていたそのとき──。
風の向こうで、黒い煙が上がった。
「……煙?! あの方角って……ホプル村……?」
胸がざわつく。
次の瞬間には、私は杖を蹴って空へ舞い上がっていた。
◆
村は、燃えていた。
家も畑も、炎に包まれ、空は赤黒い煙で覆われていた。
家畜の鳴き声も、人の悲鳴も──もう、ほとんど聞こえない。
「なんで……こんな……!」
足が勝手に動く。
エリィの家。煙の中でも、そこだけはまだ燃えていなかった。
「エリィ! エミ! 無事!? 返事して!」
扉は開いていた。
中に入った瞬間、焦げた臭いが鼻を突いた。
「……う、そ……」
部屋を一つ、また一つ。
誰もいない。最後の部屋の扉を開けた──
「エリ……ィ……?」
黒焦げの人影が一つ。
その横に、血だまりの中に倒れた女性──エリィの母。
そして、
ベッドの上で白い布を纏い震える小さな体。
顔の半分が腫れ、肩にも切り傷。点々と赤いシミのついたシーツ……血の匂いが漂う。
「エリィ……」
「ナニコレ……? さっきまで、みんな笑ってたのに……ママはご飯の用意して、パパはエミとお喋りしてて──」
虚ろな瞳がこちらを見た。
それから、ぽつりと呟く。
「私が……呼んじゃったんだ……。あの時のヘルハウンド、あれ、あいつらの……」
「違う。あれは野生の個体だった。あなたのせいじゃ──」
「じゃあ!! なんで!? なんでパパもママも死んじゃったの!!」
絶叫。
鼓膜を裂くような泣き声。
かける言葉なんて、見つからなかった。
「チッ、うるせぇガキだな。もう一回泣かせてやろうか?」
声の主は、壁の崩れた影から現れた。
黒い革の服にトゲ付きの装飾。傷だらけの腕。
どう見ても、野盗。
「お前がやったのか!? 小さな女の子も居ただろ……どこに連れていった?!」
ニクスの声が怒りに震えた。
「は? あぁ、魔女か。小さい女の子? 仲間が連れてったぜ。どうする?」
「……エミは生きてるのね。どこに連れて行ったの?」
「答える義理はねぇな」
「そう……残念ね」
杖を向けて、詠唱した。
『爆ぜろ──』
しかし、魔法は発動しなかった。
「……封魔陣? 村の中に……?」
「はっ、そうだよ。魔女が出入りしてるって聞いたからな。封魔の魔導具、ぼったくり商人から言い値で買ったんだ。どうやら……効果は抜群のようだなぁ?」
男が剣を抜き、突っ込んでくる。
ギリギリで受け流し、距離を取る。
「術式阻害型か……短縮詠唱を潰すタイプ。安物ね」
「ほざけ! 魔法が撃てねぇ魔女なんて──ただの女だ!」
剣が振り下ろされる。
ニクスは杖を一閃、金属音が響く。
男の体が止まり、次の瞬間、血が吹き出した。
「……なっ……杖が……刃に……?」
「この杖、ちょっと便利なんですよ。
あなたの敗因は──私のことを“ただの魔術師”だと思ったこと。
さて……ただの術式阻害なら、直接触れてれば──」
「ま、待て!ガキの場所をおし」
額に杖を突きつけ、静かに言った。
『爆ぜろ──』
轟音。
赤い飛沫。
倒れる音だけが部屋に残った。
すぐさまエリィの元へ駆け寄るニクス。
「ここはもう危険です。外へ出ましょう、エリィ」
「ひっ……近寄らないで……! 貴女も……あの男も……!
血だらけの手で、なんで……そんな平気な顔できるの!?」
一瞬、言葉を失った。
けれど、すぐに顔を上げる。
「怖くていい。でも、信じて。私はあなたを守りたかったの」
自身のローブで血を拭い、そっと手を差し出す。
だが、エリィは震える声で言った。
「わかんない……もう、わかんないよ……動けない……」
「……分かった。少しここで待ってて。残りの野盗を──」
ドスッ。
「っ……?!」
胸の奥に、冷たい衝撃。
視線を落とすと、小さな手が見えた。
ナイフを握る、その手。
「エ……ミ……?」
エリィの声が震える。
「うそ……エミ……どうして……?」
世界が、ゆっくりと霞んでいく。




