竜住まう都レグリス
──白き渓谷の夜が明け、鉛色の雲間から朧げな太陽が都を照らす。
氷煙が薄れ、崩れた岩の裂け目の奥に広がる光景。
そこにあったのは、幻想に夢見るような竜の都。
息を呑むほどの荘厳さを持つ、古代の遺跡だった。
蒼白い陽光が差し込み、氷に閉ざされた街並みを照らす。
石造りの回廊、傾いた塔、凍りついた噴水。
かつての人々が営みを残したまま、時だけが止まっているようだった。
ニクスは足を踏み入れる。
凍てた床がかすかに軋んだ。
足元には朽ち果てた掲示板のような物が落ちている。
砂を払い書かれた文字を読み解くニクス。
「竜住まう都……レグ……リス……かな?
ここがお師匠さまの地図に書かれた地か……」
◆
──レグリス
北方の古代王国が築いたという交易都市
竜を崇めながら人々はこの地に暮らしていた
魔導技術の栄えた時代、渓谷の奥に築かれた、人の夢の都の一つ
◆
『古代都市か……よく残っているものだな』
「氷に守られてたんでしょうね。……この寒さじゃ、何もかもがその時を止める」
ニクスは周囲を見渡した。
街の中央に広がる円形広場。
中心には凍りついた巨大な水晶柱がそびえている。
その表面には、淡く輝く魔法陣が刻まれていた。
まるで、まだ生きているように。
『……感じるかニクス。この街まだ生きておる』
「ええ。魔力の流れが……残ってる。いや、動いてる……?」
彼女は柱に近づき手を触れた。
冷たさとともに、微かな脈動が伝わってくる。
──鼓動
それはまるで、街そのものが心臓を持っているようだった。
かすかな風が吹いた。
雪片が舞い、空気の中に淡い光の粒が散る。
「……この街全体が動いてる……」
ニクスの声は震えていた。
それは恐怖ではなく、畏れ。
そして少しの興奮だった。
崩れた建物の壁面には文字が刻まれていた。
古代語の断片。
“この地に──を眠らせ、後の世に託す”
“門を護る者は、永劫に目覚めることなかれ”
その一節を読み上げた瞬間、足元がかすかに震えた。
『……今のは地鳴りか?』
「違う。……この下で……何か動いてる?」
氷の地面の下、深く、重い何かが動く気配。
ニクスは杖を構えた。
風が止み、空気が凍りつく。
街の中心、水晶柱の根元。
そこに描かれた魔法陣がゆっくりと明滅を始めた。
青白い光が流れ回転する。
古代の歯車のように街全体が動き出す。
「まさか……封印装置?」
その瞬間、轟音が響いた。
地面が割れ、氷が弾け飛ぶ。
そこから姿を現したのは──
漆黒の巨体。
全身が魔晶石で覆われた金属の巨人。
砕けた氷をまといながら、ゆっくりと立ち上がる。
その胸部には都市と同じ紋章が刻まれていた。
『……まさか、金属製のゴーレムとはな。魔晶石の装飾付きとは恐れ入る』
巨人の目が開く。
青い光がまるで心臓の鼓動のように明滅する。
水晶柱の上の板に文字が浮かび上がる。
──《レグリス守護機兵・レムナント》
ニクスは息を呑む。
「……あちゃー……、さっきの戦闘で目覚めちゃったかな?」
轟くような低い咆哮が響いた。
氷の街の空気が震え、雪片が舞い上がる。
魔力を帯びた風が吹き荒れ、瓦礫が浮き上がる。
『ニクス、来るぞ!!』
ニクスは杖を握り直し身構える。
竜住まう都レグリス、その静寂が──いま、破られようとしていた。




