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終焉の詩唄い  作者: 匿名記号


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12/15

黒槍ニグレド

──渓谷の夜明け。


 氷と岩が織りなす断崖の底を白い風が走る。

 吹き抜けた風は洞窟の奥へと潜り込み、鈍い音を響かせながら冷気を残していった。

 寒気は鋭い刃のようで、肌を刺すというよりも心を削ぐような静けさを孕んでいた。


『気を付けろ……、様子がおかしい』


 トロルの持つ黒い槍が脈動を始める。


 それは呼吸をするように鼓動し、黒煙を吐き出していた。

 槍の表面を覆う文様が禍々しく赤く光る。


 その名を、後にニクスはこう呼んだ。


──黒槍こくそうニグレド。

 勇者の遺産の一つ”貧者の箱”から生み出された、呪いを宿した武具。

 所有者を喰らい、怨念を糧としてその形を保つ。



「……やっぱり、あの槍が核……」

『まるで意思を持っておるようだな。気をつけろ、ニクス』


 ニクスが一歩踏み出した瞬間、

 黒煙が渦を巻き、トロルの肉体を飲み込んだ。


 骨が砕ける音と共に歪な輪郭が再び形を取る。

 頭のないトロルが槍に導かれるように胸の中心に黒槍を突き刺し咆哮を上げる。


「グ……オォォォォオオ!!」


 黒い風が吹き荒れる。

 ニクスの髪が煽られ、冷気と熱気が交錯した。

 トロルの身体はもはや肉ではなく、黒い鉄と呪詛が結晶化した怪物のような様相だった。


『ニクス、やつは完全に槍の器にされとる! 槍の魔力が肉体を支配しておる!』

「時間……稼げますか?! 大技撃ちます!」


 ニクスは杖を握り返し、詠唱を始める。

 しかし、先ほどの封魔札の影響がまだ残っているのか、魔力の流れは鈍く、詠唱に抵抗が走る。


『無理をするな、ニクス! 魔力が乱れておる!』

「……そんなこと言ってる場合じゃない!」


 トロルが踏み出し咆哮を上げた。

 大地が軋み、岩壁が悲鳴を上げる。

 黒槍が振り下ろされ、空間が裂ける。

 衝撃波が洞窟の壁を穿ち、岩が雪崩のように崩れ落ちた。


 ニクスは滑る足場を蹴って跳躍し、杖を地に突き立てた。

 魔力の環が浮かび上がり、地面に紅い花弁のように広がる。


『紅き紅き、劫罰の炎……

 我が手に集い──黒槍の闇を祓い、敵を焦がし尽くせ! 焔葬百花(えんそうひゃっか)!!』


 赤蓮の花弁が咲いた。

 燃え立つ炎が幾重にも重なり、トロルの腕を、脚を、胴を焼き焦がす。

 だが、黒槍ニグレドが呼応し、焼け焦げた肉が再び蠢いた。

 赤黒い光が滲み、炎を押し返していく。


「くっ……! 何よそれ!? 反則でしょお?!」


──地響き。

 トロルの足が地面を踏み砕き、洞窟全体が揺れる。

 天井の岩盤が軋み、冷気の中に砂煙が混じった。


『ニクス! 洞窟が崩れる! このままでは──!』

「だったら……いっそ!!」


 彼女は目を閉じ、二本の杖を胸元に引き寄せ、重ね合わせる。

 魔力の流れが荒れ狂い、蒼い光と紅い光が交差し杖を包み込む。


「凍てよ縛鎖、燃えよ葬花!! 相克し、均衡を壊せ!

 ──総てを無に還す凍て刺す焔! 凍焔(とうえん)!!」


 白銀の渓谷に、蒼と紅の光が咲いた。

 花のように広がる炎弾が、黒槍の霧を焼き尽くし凍らせた。

 黒槍ニグレドが悲鳴のような音を上げ、黒い光を弾けさせる。


 その一撃でトロルの胸を貫き、洞窟の奥へと吹き飛ばす。

 岩が砕け、封じられていた空間が崩落する。


 轟音とともに冷たい風が吹き抜けた。

 ニクスは杖を支えに息を整える。

 煙の向こう、崩れた岩の隙間から光が漏れた。


 砂煙の向こう

──そこに、彼女は“それ”を見た。


「……あれは……?」


 崩れた岩の奥。

 陽光に照らされた大空間。

 凍てついた空の下に、巨大な都市の残骸が広がっていた。


 尖塔のような建造物。氷と白金で作られた螺旋の塔。

 空を見上げるように口を開けたアーチ。

 そして、街の中心に眠る……白骨のような翼。


「あの翼……竜、ですか……? ほ……本物?」

『……竜住まう都……ここが…………』


 風が吹いた。

 氷の欠片が陽光の中で光を放つ。

 世界が静まり返る中、ニクスは呟いた。


「お師匠さま……竜の都の一つ……ありましたよ……

 本当に……ありました」


 黒槍ニグレドの残骸が氷の上でかすかに脈打った。

 まるで、それがまだ何かを呼んでいるように。

 黒槍ニグレドを手に取り、貧者の箱へと戻すニクス。


『恐ろしい呪物を生み出す箱だな。処分しないのか?』

「ええ。壊せるものなら壊している……と()()()()も言っていました。これでもかなり小さくなったんですよ」

『行くのか? ニクス』

「ええ……失くした荷物はまだ……後二つあるんですよ。箱がこの渓谷にあったのなら……この辺りにあってもおかしくないはず」


 少女の足音が竜の都へと続く。

 朝日が昇り、白い渓谷の空がゆっくりと金に染まった。


 彼女の瞳に映るのは、滅びか真実か──。


 そして物語は、静かに次の扉を開いた。

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