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終焉の詩唄い  作者: 匿名記号


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11/15

渓谷アジトの戦い

 夜が明けきらぬ渓谷に乾いた風が流れていた。

 空はまだ眠りの色を残し岩壁の影は濃く、吐く息は薄く凍る。


「……う~さぶさぶ! さむ~、やっぱり寒すぎるよ……前に近くを通った時はもう少し暖かったのに」

『そうじゃな……この百年程でも一番の寒さだと思うぞ』

「年々寒くなってる……私が生まれる前の村……夏には作物が育てられたって聞いたけど……今は夏でも雪が降るんだもんなぁ」


 ニクスはローブの裾を押さえ、崖沿いを慎重に進む。

 足元には古びた石階段──おそらく、かつて鉱山だった頃の名残。

 その奥に暗い裂け目が見えた。風が抜けるたび、誰かの呻きのような音がする。


『……いるな』


 シエラの声が低くなる。

 洞窟の奥から、鉄の擦れる音。獣の呼吸のような重い唸り。


「間違いない。あそこが野盗たちのアジトね」


 ニクスは杖を構えた。

 入口の岩壁に貼られた無数の札。歪んだ符文。鈍く光る魔石。

──封魔陣。


「やっぱり、準備してるね……厄介だなぁ。どこからあんなに封魔の札を集めてきたんだろう」

『どうする? 力ずくでは術が乱反射するぞ』

「迂回しよう……あんな雑に貼られた札くらいなら……」


 指先が踊る。

──小さく結んだ呪文が風の層を生み、封魔の札を谷底に吹き飛ばした。


『ふん、器用なもんだな』

「へっへーん。術の精度には自信がありますからねぇ」


 暗い洞窟を抜けた瞬間、鼻をつく鉄錆の匂い。

 壁には武器、鎧、そして──青白く輝く箱。


「……貧者の箱」


 鈍い金属光が闇の中で青白く揺れる。

 箱の前に立つ影──野盗だ。


「待ってたぜ、北の魔女……"双杖の魔女"ニクス……だったか?」

「ずいぶん早い情報ね。どこで聞いたの?」

「さーどこだったかなぁ」


 ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべる野盗。


「お前の魔法は使えねぇ! 見ろ!! 洞窟じゅうに“封魔札”を仕込んでやったぜ!」


 洞窟の天井から札が光を帯び始める。

 魔力が抑えられ、体の芯が冷える。


「……くっ……、最低」

『ニクス、奴ら……何かを喚ぶつもりだ!』


 野盗が笑いながら箱に手をかけた。


「見ろよ……! 北の魔王を討った勇者の秘宝だ。寿命なんざ安いもんだ」


 白い霧が吹き上がり、洞窟全体が鳴動する。

 箱から現れたのは、黒き魔槍。

 刃先は光を喰らい、空間そのものを裂くように震わせている。


「ぐっ……、は、ははは! 見ろよ! すげー槍が出てきやがったぜ!! トロルを出せ! こいつであの魔女を串刺しにしてやろうぜ!」

「な、なに……あれ……っ」

『呪いの魔槍か!? なんてもん出しやがるんだあの男!』


 ガラガラと鎖を引きずる轟音と呻くような声。

 現れたのは鎖に繋がれた巨体──トロル。


「またトロルか……シエラ……魔法使えそ?」

『うーむ封魔札のせいで威力も精度も保証できんな』

「困ったな……トロルはともかくあの槍……ただの呪具には見えない」


 野盗がトロルの鎖を外し槍を握らせる。

 瞬間、黒い霧が爆ぜる。

 トロルの筋肉が歪に隆起し、血管のように脈動した闇がうねうねと走る。


「グォオオオオッ!!」

「や、やめろっ! 俺じゃねぇ! あっち──ぐあああっ!」


 悲鳴。肉の潰れる音。

 飛び散った血は即座に凍りつき、洞窟に散る。

 残された野党は散り散りに逃げ出している。


 ニクスは歯を食いしばった。


「……人の欲が一番の呪いね……シエラ! 封魔の札! 剥がせるだけ剥がしてきて!!」

『あんなバケモノ……万全でもやれるのか?!』

「出たとこ勝負!」


 杖を握り直し、地を打つ。


『氷の双輪、巡れ──交わり、結び、凍ての鎖と成れ!

 永久(とこしえ)の静寂を以て、万象を封ぜよ!

 双輪氷縛(そうりんひょうばく)!!』


 光が走り氷の紋が床を這う。

 二重の光環状の魔法陣が交差し、白銀の輪がトロルを囲む。

 冷気が爆ぜ、空気が軋む。

 氷の鎖が唸り巨体を締め上げた。

 霜の光がトロルの全身を包み、その動きを止める。


──が、トロルは凍りついた体を軋ませながら、なお前へ進む。

 凍結の鎖を砕き、禍々しい黒槍を振り上げた。


「くっ……封魔陣のせいで威力が……」

『っ! ニクス!!』


 槍の先端が閃き、彼女の胸元へ迫る──。


 瞬間、蒼い羽が舞った。

 鋭い音と共に、シエラの翼が槍を受け止める。

 槍の先から血が地面に滴り落ちる


『ぐぅ……! お、お主に死なれたら我も困るのでな……!!』


 翼の羽根を散らせ、天井に貼られた封魔の札を切り裂いてゆく。

 ニクスに魔力が戻っていく。

 凍てついた空気に新たな流れが生まれる。


「シエラ、ありがとう……! これなら!!」


 大きな金属の杖を逆手に持ち身構える。

 トロルが拳を振り下ろす瞬間、腰に下げた小枝の杖を手に取り叫んだ。


「──氷縛しろ!」


 小枝の杖先から出た白い霧が爆ぜ、拳が瞬時に凍りつく。

 すぐさま杖を振り抜き魔法の刃で腕を断ち落とす。悲鳴と共に巨躯が崩れ、膝をつくトロル。


「チャンス! ────つぅらぬけぇッ!!」


 金属の杖先から放たれた光線がトロルの頭部を貫いた。

 眩い閃光が洞窟を照らし、爆風が渓谷の空を震わせる。

 やがて静寂が戻り、凍りついた巨体が崩れ落ちた。


「くっ……! はぁ、はぁ……! ふぅ……シエラ…………無事ですか?」


 膝を持ち肩で息をするニクス。


『う、うむ、なんとかな……。だが……どうやらまだ終わりではないようだ』


 トロルの亡骸がゆらりと起き上がる。

 首のないその体が槍を抱え、ゆらゆらと揺れている。


「どうして……これ……槍の効果ですか?」

『あの箱から出てきたものだ……何が起こっても驚かぬわ』


 ニクスは息を吸い込み、両手の杖を強く握りしめる。


「……勇者さまに関わる物はこれだからほんと……まぁでも、全部ぶっ飛ばせば解決ですね!」


 夜明けの光が渓谷に差し込む。

 静かに運命の輪は回る──。

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