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終焉の詩唄い  作者: 匿名記号


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1/15

二つの月と腹の音と

世界を知るための旅。

始まりは……えーと……どこから話せばいいのだろうか?


時間は腐る程ある。世界を見て、回って、その後──

 空には月が二つ浮かんでいた。


 蒼白い大きな月と、その傍らで紅く揺らめく小さな月。

 どちらも陽光を受けながら、淡く溶けるように空に漂っている。


 その下を銀の軌跡が弧を描いて走り抜けた。


「……この辺って聞いたんだけど! どこー?!」


 声を張り上げながら空を飛ぶのは一人の魔女。

 金属光沢を放つ長く大きな杖に跨り、黒いローブをひるがえしながら森の上を滑っていく。

 陽の光に照らされ、彼女の長い黒髪が琥珀色にきらめいた。


「んー……地図では北の森って書いてたのに、森ばっかりなんですけど!? もうっ!」


 ぶつぶつと文句をこぼしながら魔女は杖の先を軽く下げた。

 風の流れが変わり、木々の間に漂う砂煙が渦を巻く。

 どこか遠くから、低く唸るような咆哮が響いてきた。


「……わんこの声。あー……、イヤな予感……!」


 彼女は眉をひそめ、視線を遠くに走らせる。

 木々の影の中、陽光の粒を散らすように小さな人影が見えた。


「いた……見つけた!」


 叫ぶと同時にニクスは杖を傾ける。

 空気が裂け、銀の尾を引いて地上へと急降下していった。



──その頃。

 森の奥では一人の少女が息を切らせて走っていた。


「はぁ……! はぁ……! どうして、こんな所にヘルハウンドの群れが……!?」


 十匹を超える黒狼の群れに追われながら、ひとりの少女が必死に駆けていた。

 陽の光が木々の隙間からまだらに差し込み、彼女の息は白く霞む。


 足がもつれ、地面に倒れ込む。次の瞬間、獣たちが取り囲んだ。


「はぁ、はぁ……もう、ここまで……なの……?」


 少女は諦めたように空を仰ぐ。

 そのとき──


「えーと……あなたが、エリィ・トーリナーさん?」

「……え?」


 不意に頭上から声がした。反射的にそちらを見ると、空からゆっくりと降りてくる影。


 その直後、一匹のヘルハウンドが少女へ飛びかかった──

 が、何か透明な壁にぶつかり、弾かれる。


「きゃあっ!? …………? これ、魔法障壁……?」

「エリィさんで合ってますか?」


 魔女が尋ねるや否や、さらに何匹ものヘルハウンドが襲いかかってきた。


「きゃあああ!」

「もうっ!! 質問の途中で邪魔しないで!」


 ニクスは不機嫌そうに頬を膨らませ、背中から枝のような杖を取り出し黒狼たちへと杖先を向けた。

 そして、小さく呟いた。


『──爆ぜろ』


 次の瞬間、空気が爆ぜた。


 轟音と共に閃光が走り、獣たちは吹き飛ぶ。

 地面に黒煙が立ち込め、何匹かは動かなくなっていた。

 残りの群れは怯えたように森の奥へと逃げていく。


「す、すごい……! 一言で……そんな強力な魔法を……」

「むぅ……質問、途中だったのに」


 むくれた様子のニクスに、エリィは慌てて頭を下げる。


「あっ、ご、ごめんなさい! はい、私がエリィ・トーリナーです! でも、どうして私の名前を──」


 その言葉を最後まで聞く前に、ニクスはふわりと浮いていた杖から落ちた。


「えっ!? だ、大丈夫ですか!?」

「……やぁっと見つけたー!!」


 地面に寝転がったまま手足をバタバタさせるニクス。

 あまりの調子外れに、エリィはぽかんと見つめる。


 ひとしきり暴れたあと、ニクスはぱっと起き上がり笑顔を見せた。


「改めまして! 私はニクス。”双杖の魔女ニクス”って名乗れって師匠に言われてます」

「双杖……? 魔女が杖を二本持つなんて、珍しいですよね?」

「そうなんです。私、ちょっと器用みたいで、

 二つの魔法を同時に扱えるんですよ。ほら──」


 右手の金属杖の先に氷の球、左手の小枝杖には火の球が浮かび上がる。

 彼女が息を吹きかけると、ふっと同時に消える。


「杖が二本あれば同時詠唱も出来るので、威力や精度はちょっと落ちるけど便利なんです。杖を二本持つから“双杖の魔女”」

「……魔法使い……しかもそんなすごい人が……どうして私を探しているの?」

「あー、それがですね……」


 ぐぅぅ……と、お腹が鳴る。


「……十日ほど前の大嵐で食料ぜんぶ飛んでっちゃったんです。一緒に旅してた連れも飛ばされて……。

 そのあと、エリィの村に転がり込んで、食料を分けてもらったんですよ。恩返しがしたくて、そしたら“娘が山菜採りに行ったきり帰ってこない”って聞いて……探してたら……二日経ってました!」


 照れ笑いを浮かべるニクスに、エリィは涙をこらえきれず抱きついた。


「うぅ……ありがとう……! 本当に、もうダメかと思ったの……!」


 しゃくりあげながら泣くエリィの頭を、ニクスはやさしく撫でる。


「もう大丈夫。さ、村に帰りましょう」

「……うん……」

「──あ、そうだ。昨日助けた子を置いてきたんだった。立ち寄ってから行きましょう」


 二人が歩き出そうとしたそのとき。


「グオオオオオオン!!」


 地面が揺れるような咆哮。

 振り返ると、巨大なヘルハウンドが道を塞いでいた。


「え、え? ボス個体!? どうして……雪原からこんな所まで……? ニクスさん、逃げ──」


 ドシン、と鈍い音が響く。

 気づけばヘルハウンドは地に伏していた。顔は黒く焼け焦げ、動かない。


「さーて、行きますよー!」

「……え? 今、何が……?」

「何って、倒しただけです。邪魔だったので。もうすぐ日が沈みます。私、空腹で倒れちゃいますよ!」

「……今の……無詠唱魔法、ですよね……?」


 呆然とするエリィをよそに、ニクスは鼻歌を歌いながら歩き出した。


「あ、その歌……、子どもの頃に聞いたことある……」

「そうなんです。勇者がお姫様を助けて、魔王を倒す、ちょっと古い歌ですけどね。私、大好きなんです!」


 ぐぅ~。


「お腹空いたぁ~!」


 呆れ半分に笑うエリィの声が、森に柔らかく響いた。



──後に人々は語る

 世界が最も煌めいた夜の少し前

 唄と詩を愛した一人の魔女が、この地を訪れたと

 不吉の象徴とも、創世の女神の生まれ変わりとも言われた彼女の物語は

 ひとつの腹の音と共に、静かに始まった

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