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友達に飼われるようになった

作者: ほな

 今日は、とても大変な一日でした。

 やろうとした事が上手く出来ない一日で、やろうとしてなかった事がぱんぱんと自分を叩く一日で。

 世の中の全てが自分を嫌うような錯覚に陥りそうな一日です。


 とても不愉快な日でした。

 とても理不尽な日でした。

 とても落ち込む日でした。


「ただいま……」

 家に帰って、ただいまって言っても迎えてくれる人がいない生活をしてるので、こうして心も体も疲れ切った日にはとても寂しくなってしまいます。

 家族と一緒に住む時はこういう気持ち、お母さんの料理と一緒に飲み込んでましたのに。

 お父さんと、お母さんと、弟と、私で食卓を囲んで、温かくて美味しいご飯を食べる時間。

 あぁ、とても懐かしいです。


 一人暮らしなんかするもんじゃなかったのです。

 寂しさに溺れて死んじゃいそうです。


「お帰り。遅かったね」

「……?」


 どういう事なんでしょう。友達の声が聞こえたような気がします。寂しさの挙句、幻聴でも聞こえるようになってしまったのでしょうか。

 それは不味いですね。早く病院に行かないと。


「なにそんな顔してんの?」


 どうやら幻覚も見えるようになったみたいです。

 ここにいるはずがない友達の姿が見えます。この子、会社で忙しいと聞きましたから、こうして私の家にいる訳がございません。


「痛っ」

「なにボケてんの。ご飯食べるわよ」


 自分のほっぺたを摘んでみたけど友達の姿は消えません。これはかなり重症なのかも。


「なんで」

「なんでって、連絡したじゃん。行くって」

「見てない」

「あぁん?わかったって答えたじゃん」


 もしかして私、自分から誘って忘れていたのでしょうか。そんなに疲れていたのでしょうか。流石にどれだけ疲れても約束を忘れるとは思い難いのですけれど、実際こうして忘れていたので。

 私、そんなに追い込まれてしまったんですね。


「大丈夫ー?」


 あっ。


「わぁ、前より軽くなったじゃん」


 久々に人に抱かれた気がします。

 暖かくて、ちょっぴり硬いのがとても気持ちいいです。お母さんに抱かれていた頃を思い出しました。

 どうしましょう。さっきからお母さんの事を思い出したらお母さんが見たくて、見たくて……泣きそうになりました。いえ泣きました。


「なんで泣くんだよ」

「お母さんが見たい」

「見りゃいいだろう」

「仕事が忙しい」


 見に行きたい気持ちは山ほどありますが、仕事がとても多いので出来ません。仕事に潰れて身長が縮むくらい忙しいのです。

 こんな時に休むなんて出来ません。一日でも休んだら会社から追い出されて、自己肯定感は下がり、新しい就職先は見つけられないままどこかで死んでしまうかも知れません。

 こんな生活をしていてもまだ死にたくはありません。

 だから仕方なく、毎日働くんです。


「一日くらいいいんじゃない?」

「だめ」

「ブラック過ぎない?」

「うん」


 でも、こういう生活を毎日のように繰り返しているといずれ死んじゃいそうです。クビになった時の私と似たような頃に死ぬんじゃないかと。

 ではこうして働く意味はないんじゃないかと思いますけど、だめです。死んでも堂々と死にたいので、一生懸命生きる方を選びたいです。


「なに一人でぶつぶつ言ってるの?」

「覚悟を決めた」

「ぉん?辞めちゃうのか?」

「?」


 辞めるとはどういう意味なんでしょう。人生を辞めるという意味なのでしょうか。それともお母さんに会いたいと思うのを辞めるということでしょうか。

 どっちも辞めたくありません。


「会社だよ、会社」

「ニートになれ?」

「言い方が悪いけど、そう」


 会社の方でした。会社を辞める考えがちっとも思い浮かばなかったんですから、私って意外とこの職場が好きなのかもしれません。


「飼ってくれる?」

「なんでそうなるんだよ。お母さんとこ行け」


 でも、やっぱり辞められません。死ぬ時は堂々と胸を張って死にたいですから。働かざる者食うべからずという言葉もありますので。


「じゃあ無理」

「そうかそうか。じゃあご飯でも食べよう」

「うん」


 ◇


 あれからちょうど三日が経ちました。


「ぅ……」


 私は倒れています。

 働き過ぎて体が壊れたみたいです。会社はクビになって、明らかにヒキニートになってしまいました。

 悲しいです。とても悲しいです。


 どれだけ頑張って働いても、動けなくなったら捨てられる社会という歯車にがっかりしました。その歯車の中にもう一度入らなければならないという事実にもっと悲しくなってしまいました。

 立ち直れない程度ではございません。こうしてクビになったのはこれで四回目ですので。


「あぅ…」


 それにしても、体は熱いのに私はとても寒く感じられます。熱があるのでしょう。

 これって風邪なのでしょうか。風邪なら他人にうつせばすぐ治ると言われています。でもうつせるような人が周りにいません。


 せめて看病でもしてくれる人が欲しいです。

 とても心が弱っていて、そばで誰かが励ましてくれないとずっと嫌な事ばっか思い浮かびそうです。


 こんな私を見て心配してくれるのは家族と、あの子くらいでしょう。でも家族は遠くにいるので、この体で見に行くのは流石に無理です。会いに行く途中に死んじゃいます。

 てなると、あの子だけ残ります。

 幸いあの子と私の家はかなり近いので、こんなぼろぼろな体でも行けるような気がします。


 受け入れるかどうかは分かりません。玄関の前で帰れって断れたらどうしましょう。

 いいえ、そんな事は考えない事にしましょう。あの子と私の絆を信じるのです。


「あー……」


 ベッドから立ち上がっただけでくらくらします。思ったより体の調子が悪いです。会いに行くのも無理のようです。

 どうしましょう。電話で呼び出したいですが、流石にこんな時間に電話をかけるのは迷惑です。


 と思いましたけど、なんと。

 もうそろそろ夕飯の時間でした。ぼーっとしいたらいつの間にかこんな時間に。電話してもよさそうな時間ですから、早速声を届けましょう。


「もしもし……」

「ちょ、声悪過ぎない?どうしたの」

「倒れた…」

「ぁ?………倒れた?!!」


 声が大きいですね。そんなに私の事を愛してくれてるって事なんでしょう。私も愛しています。


「お腹すいた……」

「…ぁん?」

「うち来て…」

「……わかった。待ってろ」

「うん」


 受け入れてくれました。やっぱり持つべきものは友なんでしょうね。

 では、あの子が来るまで少しだけ眠りましょう。


 ◇


「……寝てんのか?」

「ねてる…」

「起きとるやん」

「ぅん……」


 なんだか騒がしい音がして目が覚めました。どうやら、私が大好きな友達が来たみたいです。

 今更なんですけど、私この子の事『君』とか『この子』ってしか呼べませんでしたから、名前を忘れています。苗字も覚えてません。

 とても申し訳ありません。

 あ、ごめんなさい。思い出しました。


「さなぁ…」


 私はまだ頭が回る人間だったみたいです。


「ぁん。なんだ」

「水……」

「ほら」


 やっぱり看病の人がいたら楽ですね。ベッドから動かなくてもいいし、家の雰囲気も暖かくなります。それになにより、今すぐ死んでも私の最後を見届ける人がいるって事に安心します。


 いけませんいけません。また悪い事を考えてしまいました。弱った時はいい事を考えた方が治りやすいんですから、否定的な思考は毒です。

 楽しい事を考えてみましょう。


 例えば、鍵もない紗奈がどうやって私の部屋に入れたのかの話とかどうでしょう。三日前に私の家に来た時も、鍵は渡してませんでしたのに家の中にいました。彼女はピッキングの達人だったりするのでしょうか。

 まるで怪盗みたいですね。


「……さなぁ」

「なんだ」

「撫でて…」

「あぁ」


 実は私、ピッキングの経験があります。前の会社で仲間によって閉じ込められた時、鍵がなくてこっそりこじ開けた記憶があります。

 ふふ、素敵な思い出ですね。


「……ごはん」

「そう言うと思っていた。少し待ちなさい、すぐ準備するから」

「じゃあいや……」

「文句言わないの。待て」

「はぁい…」


 そういえば、この子との出会いってなんだったんでしょう。長い付き合いですからね、そろそろ忘れています。友との記憶を忘れるなんてよくありません。

 早く思い出してみましょう。


 ……あれぇ、いつ初めて会ったのか思い出せません。近いようで遠いような感覚がします。

 まぁよいでしょう。過去を忘れても、今の私達は大切な友達同士なんですからね。


「さなぁ…」

「なんでここまで出たの。痛いでしょう」

「さなぁー…」

「ちょっと抱きつかないの」

「私クビになっちゃった」

「やっぱブラックだな」


 紗奈の体は暖かいです。お母さんのような懐です。一生このままにいたいです。


「飼って」

「はぁ?」

「飼って」

「無理無理」

「じゃあ結婚」

「まじ無理」

「じゃあ飼って」


 でも流石に一生は無理です。


「好き」

「急にどうしたん」

「好き」

「うるさい」

「好き」


 でも…次の職場が見つかるまではこの子に飼われたいです。流石に一人はそろそろきついから。


「飼って」

「わかったからくっつくな。風邪うつっちゃうから」

「べーっ」

「うわぁ舐めるな!」


 二人なら悲しみは半分って言われた記憶があります。喜びは倍になるって言葉も記憶にあります。


「好き」

「離れろって」

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