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地獄のクロアゲハ 1

 蹴って蹴って、そいつが隣の壁にずり倒れても蹴り続けた。


 手でもやろうと思ったが、学校に行く前に傷をつけるのは気が引けたため、引っ込めた。


 うめき声一つあげなかったそいつがぐったりと地面に横たわっているのを認め、踵を返す。後ろの男が立ち上がる気配はない。



「やあ、おはよう」



 同じ声、同じ音量、同じ言葉。おもむろに後ろを振り返る。ついさっきの事がなかったような、汚れ一つ見当たらない服。乱れていない灰色かがった髪。前と同じように翡翠の瞳に笑みを宿しながら、そいつは平然と立っていた。


「なぜ、と聞きたそうな顔をしているね、クロアゲハ君」

「……その名前、気に入ってはいない」

「おっと、これは失敬。ならば、言いなおそう。―――なぜ、と聞きたそうな顔をしているね、神宮レイ?」

「…なぜ私の名を知ってる?」

「まぁまぁ、それはいいじゃないか。それより君は、俺が誰か知りたいんじゃない?」


 余裕の笑み。見てていらいらする。うっとうしい。だから私は何も答えずに、背を向けた。


「あり?行っちゃうんだ」


 数歩歩いて、立ち止まり、かばんの中から質素なメモ用紙とシャーペンをとり出した。そしてつらつらと文字を並べる。


「ここに行くと診てもらえる。さっさといったら」


 その紙を男に向けて飛ばす。風であおられながらも男の足元に落ちた。私は男が紙を拾い上げるのを見届けてから歩を進める。


「ご親切にどーもー」


 後ろの方で男が叫ぶのが聞こえる。おそらく、精神科の病院の住所の地図が書かれたメモ用紙を持っているだろう。我ながら上手に書けた。


 私は満足しながら、学校へと足を進めた。








 静かな教室に響く音読の声。私は教科書から目を外し、桜が舞う外の景色に目を移した。


 風で舞い散っていく桜。儚い、命の終わり。


 そう言えば、今日の朝の男はなんだったんだろうか。頭がイカレタ人間か、それとも本気で言っているのか。なにしろ、あのヘラヘラした態度を思い出しただけでもイライラする。


 誰にも聞こえない程度に舌打ちをしたのと、聞きなれたチャイムが校内に響き渡ったのは同時だった。


「はい、今日はここまでです」

「起立、礼。ありがとうございました」


 ありがとうございましたー、と、挨拶をする中、無言で礼だけをした私は、横にかけてあるかばんを手に取り教科書を無造作に放り込んでいく。


 キャッキャッと騒ぐ女子の横を通り過ぎて、騒がしくなり始めた廊下を歩く。そして自分の上履きを脱ぎ、下靴に履き替え、外に出た。


「思ったより早かったね。君の場合、一番遅く教室を出る派だと思っていたよ」


 灰色かがった髪。細く長い足。嘘っぽい笑みを宿した翡翠の瞳。イライラする口調。すべてが、朝に会った通りのまま、そいつはそこにいた。


「…なぜここにいる?」


「君を待っていたんだよ。朝から夕方まで待つなんて、執念深いと思わない?」


 よく聞いてくれました、とでも言うように、誇らしげに告げた。


「思わない。用がないなら今すぐ私の前から消えて」


「つれないなー。でも、それって用があるならいいってことでしょ?神宮レイ」


 朝も思った。なぜこいつは、私の名を知っているのだろうか。

 そんな疑問が顔に出ていたのだろう。男はくすっと笑って一歩私に近づきながら言葉をつなげた。


「なんて言ったって、君は俺の世界じゃ有名人だからね。俺はそんな君がすぐそばにいることを誇りに思うよ」


 差し延ばされる手。真っ白の腕。はにかんだ笑み。それすべてが私を品定めのように見てくる。


「…なんのつもり?」


「俺と一緒にこないかい?どうせ君も、俺と同じく、この世界が憎いんだろ?だったら俺とくればいい。君はここにいていい人間じゃない。それはもったいない。とても。だから俺が君を迎えに来たんだ。『最後を見届けるもの』としてね」


 景色が消える。色が消える。空が黒に、壁が黒に、地面が黒に。あたりが真っ黒の闇に包まれる。


 鈍く光る十字架のピアス。あわく輝く翡翠の眼。体が動かない。


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