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新鮮な肉

 分厚い肉の塊に薄い刃を突き立てる。銀色の刃が肉を容易に切り裂いて、赤みがかった肉の断面が顕になった。

 切り分けたステーキをフォークで突き刺し、柳は口に運ぶ。

 皿の上に乗ったステーキの断面が、先ほどの遺体を想起させ、僕はげんなりとした。

「本当にコーヒーだけでいいの?今日は私の奢りだよ」

「わかってて言ってるでしょヤナさん。あんなのを見た後で、よりによってステーキなんて食えませんって」

 僕の言葉に柳の口角がニヤリと意地悪く吊り上がる。

「何も気にすることはないよコータロー。あれはヒトで、目の前のコレはウシだ。その2つは全く別物で、一緒にするのは失礼というものさ」

「……色々わかってて言ってるでしょヤナさん」

「もちろんさ。今の言葉やこのステーキを頼んだのはは純度100%、君を困らせるためだけにやっていることだ。下心はないよ」

「悪趣味ですよヤナさん」

「自覚している。でも、僕の趣味に付き合うのが君の仕事だろう?君は納得して契約したはずだ。無理強いはしてないよ?」

 僕はため息をついてから答える。

「そのセリフも、僕を困らせるためですね?」

「もちろんさ、良くわかっているじゃないか」

 柳はケラケラと笑って、皿のステーキを切り分け、大口を開けてかぶりついた。

 大きめに切り分けられたステーキは柳の鋭い歯に寄って砕かれ、漆黒の口紅で塗りたくられた唇からの僅かに肉汁が溢れ出た。

 汚れた唇を長い舌でペロリと舐め取る。

「犯人は肉体的な意味でも異常者かもしれないね」

 唐突な柳の言葉に戸惑う。

「肉体的な意味でも……とは?」

「死体はまだ新鮮だった……つまり、死んでからそんなに時間は経っていないだろう」

「ええ……おそらくは」

「そして死体の腹に内蔵は無く、食べかすが少し散らばっているばかり……つまり」

 柳はゾッとするような妖艶な笑みを浮かべる。

「犯人な数時間かそこらで人間1人分の内蔵を食べきった事になる」

 そこで、僕はようやく彼の言わんとしていることが理解できた。

 柳の前に置かれた皿を見る。皿の上にあるステーキは、確か200グラム程度、パンとスープを合わせても500グラムに届かないくらいだろう。

 被害者の女性は小柄だったとはいえ、体重は憶測で40〜50キロはある。その内臓の重さは……?

「私は医者じゃないから正確なところはわからないけれど、あの腹の中身は1〜2キロくらいはあるかな?ステーキをキロ単位で食べる人もいるんだ……不可能な重量ではないが……調理した肉と生の内蔵はわけが違う」

 柳は皿に残ったステーキに、荒々しくナイフを突き立てて肉を持ち上げた。

「フレッシュな内蔵を大量に消化できる超人的な胃袋……なにより、道具を使わずに腹を食い破る顎の力……ふふっ、興味深い」

 持ち上げた肉に、パクリと食らいつく。行儀の悪い食べ方のせいで、柳の周囲には肉の汁とソースが豪快に飛び散っている。遠巻きにこちらを見ていたウェイターが、あからさまに顔をしかめているのが見えた。

 もういい、この人と一緒にいるときに周囲を気にするのはやめよう。どう足掻いても、長身の全身ゴスロリ男と一緒に歩いて目立たない事なんてないのだから。

 コーヒーを啜る。

 鼻に抜けるコーヒー豆の芳醇な香りも、この最悪な気分を打ち消す事はできなかった。



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