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違和感

 小さなころから、ぼんやりと感じていた違和感。

 どうやら自分が好きなものは、世間一般では”気持ち悪い”と呼ばれるもののようで。それに気が付いたのは確か幼稚園に通っていたころだっただろうか?

 道端に子猫の死体が転がっていた。

 暑い、とてつもなく暑い日だった。

 登園の途中、道端に転がる猫の死体に視線が吸い寄せられる。周囲の人たちが、まるで汚らわしいものを見るかのように遠巻きに死体を見て速足で通り過ぎていく中、僕は猫の傍にしゃがみ込み、額に大粒の汗を浮かべながらじっとその死体を見つめていた。

 灼熱の陽光がアスファルトに照り付けて、ギラギラと暴力的な反射光が地面から熱を伝えてくる。猫の死体からは鼻の曲がるような悪臭が立ち昇っていた。

 今は力なく横たわっているこの肉の塊が、かつては小さいながらも確かな命を宿し、動いていたのだという事実が何とも不思議に感じられ、幼い僕は強烈に惹きつられた。

 白濁した子猫の瞳が自分を見上げている。

 生前、この小さな瞳には世界はどう映っていたのだろう?

 恐る恐る猫の死体に手を伸ばす。

 緊張で全身が震え、大量の汗が額から流れ落ち、頬を伝ってアスファルトの地面に消えていく。

(……石みたいに固い)

 死後硬直。なんて言葉は知らなかったが、僕は幼心に悟った。

 生命は、死ぬと別のものに変質する。

 なんとも悍ましく、痺れるような世界の真実。

 幼き僕は、ただ無心で猫の死体を撫で続けたのだった。

 




 事務所のドアを開ける。

 電気がついていないらしく、事務所内は薄暗い。

「やぁ、コータロー。こんな夜更けになにか用かな?」

開け放たれた窓から差し込む一筋の月光が、彼をスポットライトのように照らし出す。

 夜の闇に溶け込んでしまうような漆黒のゴシックロリータ衣装と、透き通るような白い肌のコントラスト。柳隆一は、まるで生ける芸術のような美しさで事務所内のソファーに腰かけて僕を出迎えた。スッと鼻から空気を吸い込む。古臭い事務所のホコリとカビの匂いと共に、柳のつけているであろう甘ったるい香水の匂いが鼻孔を抜けて脳を突き刺す。

「……良い夜ですねヤナさん。……今日は月が綺麗に見える」

「おや、風流だね。それは遠回しな愛の告白かな?」

 からかうようにそう言った柳に、僕は……。

「ええ……告白みたいなものですよ」

 僕は、懐から一本のナイフを取り出した。冷たく研ぎ澄まされた小さな刃が窓から差し込んだ月光を受けて鈍い光を反射する。

「うれしいねコータロー。ようやく君が私と向き合ってくれたことに、喜びを隠しきれないよ」

 余裕綽々といった表情の柳。

 鋭い観察眼で彼の体制を見るも、どうにも体に力が入っているようには見えない。ナイフを持っている人間と相対しているとは思えないほど自然体で、リラックスしている様子だ。

「……最初からわかっていたのですか?」

 僕の問いに、柳は答える。

「もちろん知らなかったさ。言っただろう?君を雇ったのは、ただ単に顔が好みだったからだ……嬉しい誤算もあったけどね。ねぇコータロー……いや、”ハラワタ喰い”と呼んだ方がいいかな?」

 囁くような、歌っているかのような甘い声。

 僕は……いや、俺はその声を聴いてゾクゾクと脳から脊髄を伝って快感が全身に駆け巡るのを感じた。

 性別をも超越する美。

 この世で最も美しきもの。

 自身の股間が熱く脈動するのを感じる。

「いつから気が付いていたので?」

「ふふ……その質問は君の本心かい?君と私の中だ、もう建前なんていらないだろう?」

 ああ、確かにそうだ。

 彼がいつから俺の正体に気が付いていたか何てどうでもいい。

 今はただ、目の前にある神にも等しい気高き存在を、

 穢れなき存在を

 穢れなき人を、

 人間を

 男を

 肉を

 そのハラワタを……

 


















 ただ……喰らうために。


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