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(磔だ……)

 最初に僕が抱いた感想はソレだった。

 普段は人気のない高架下の空間に、複数人の警察が集まっている。

 むき出しのコンクリートの壁に、スプレー缶で書かれた下手くそな落書き。そして、ハラワタを喰われた人間の死体が両手を広げた状態で壁に固定されていた。

 最早お馴染みと言ってもいいむせ返るような血の匂い。コンクリの壁に飛び散った赤黒く乾いた血の跡。空洞になった腹部が、一連の事件と同一犯による犯行だと知らしめている。

 被害者はゴシックロリータ風の衣装と黒髪のカツラを身に着けているようだが、よく見るとそれは男性だとわかる。

 何より異様なのは、彼をコンクリートの壁に固定している手段だった。

「これは……鉄製の杭か何かか?」

 大きく広げた両手の掌に一本ずつ打ち込まれた鉄製の杭……。なんの意図があって、こんな大掛かりなことをしたのだろうか?そも、コンクリートの壁に杭を打ち込むなんて単独犯に可能なのか?

 混乱していると、遺体をしげしげと眺めていた柳が言葉を発した。

「磔……だねぇ」

 奇しくも柳が発した言葉は、僕が最初に抱いた感想と同じだった。

 そして柳は妖艶に笑うと、杭を打ち込まれたコンクリートの壁を指さす。

「キリストの磔をイメージしているのかなぁ。専門の道具を使ったのかな?私は詳しくはないけど、コンクリートの壁に杭を打ち込むなんて大変そうだ」

「その意見には完全に同意します……なんで飯塚聡はこんな面倒な事を……」

「コータロー、わからないかい?」

「……何がです?」

 柳はやれやれと肩をすくめる。

「今までの事件、そして今回の磔の死体……一目瞭然じゃないか」

 一目瞭然?

 僕は再度遺体を見る。

 痛ましい姿だ。だが、磔にされる意味なんてわからない。

 そんな僕の様子を、柳はねっとりと舌なめずりするような視線で見ると、一歩僕に近寄り耳元で囁く。

「簡単に言うとね、”自分を見ろ”って、”俺は確かにここにいる”って幼稚に騒いでいるだけなのさ」

「……一連の殺人が、単なる自己顕示欲だと?」

「不思議でもないだろう?多かれ少なかれ、皆持っている欲望だ。人を喰いたいだけなら、食べ残しの処理にはもう少し気を遣うハズだろう?なのにコイツは死体をむしろ見つかるように飾り立てている……これが自己顕示欲でなくて何だというんだい?」

「そんな……そんな理由で殺人なんて」

「できるのさ。殺人鬼になんてなるような奇人は皆幼稚だからね」

「幼稚……ですか」

「殺人鬼に何か期待していたのかい?映画に出てくるような理的でスマートな人物だとでも?違うよコータロー。殺人鬼なんて連中は、そろいもそろって皆幼稚な連中ばかりだ」

 クククと笑う柳に、僕は何ともいえない表情で頷くことしかできない。

 そんな時、警察の一人が少し駆け足でこちらに向かってきた。

「あの……お二方。ご遺体の身元が判明しまして……」

「ほう、そうかい。で、こちらの哀れな被害者はどこの誰なんだい?」

「いや……それが、あの……」

 何故か困惑したような様子で続ける。

「コホンッ……被害者の名前は飯塚聡です……」

「飯塚って……」

 僕は驚愕して遺体に向き直った。

 ハラワタを喰われ、固く冷たいコンクリートの壁に磔にされた哀れな遺体……彼が、飯塚聡?だとすれば……。

「なかなか愉快な犯人だね、わざわざ私たちに教えてくれたわけだ”お前たちは全く見当違いの人物を追っているのだ”と」

 そして柳はグッと顔を僕に近づけると、僕にだけ聞こえるような小さな声で囁いた。

「次のターゲットは、私だろうねぇ」


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