30. 追跡者
午後の授業をサボって繁華街のお店で遅めの昼食を取った。2階建てのお店の開けたテラス席に座り景色を眺めながらのランチは最高だ。
忘れない内に今回のネットに流れた動画の件を一ノ瀬さんに相談するべく連絡した。義理兄に見つかる前に処理しておきたかったからだ。
昨日の今日でまた頼み事をするのは気が引けるが私はネット関係には疎いので処理をするなら専門家や詳しい人にお願いした方が確実だ。
プルルル~プルルル~・・・
「もしもし蘭ちゃん、何かあったのかい?」
「すいません一ノ瀬さん、実は~・・・・・・」
私は一ノ瀬さんに事情を話した。
「成る程、動画がネットに・・・・・・」
「私はネット関係は詳しく無いので処理出来る人っていないかなぁ~と思って」
「分かったよ、此方で問題の動画を確認したら処理しておくよ」
「有り難う一ノ瀬さん~」
頼りになる大人は素敵だ!
「お礼に今度、デートしましょう」
「ハハハ、そんなコトしたら仁の奴に睨まれるから遠慮するよ、それじゃあ」
電話が切れたのでランチを続けた。
良かった、動画の件は一ノ瀬さんに任せよう。義理兄にバレる前で本当に良かった。
「ヘブシッ!」
その頃、有給消化中の義理兄は自宅で土日の予定を雑誌を見ながら検討中だった。
一方、私はテラス席でまったりしながら過ごしていた。
青い空に心地良い風が身体を擽った。
「こういう日は繁華街で遊ぶと楽しいのよね~」
のんびりしていると巨大サイズの液晶画面にCMが流れた。そこに映っていたのは人気アイドルの姿だった。
『ハロ、ハロー、シリウス・ライトだよ』
シリウス・ライト、最近メディアに現れたアイドルのようだ。歌もダンスも上手く若年層に人気のトップスターだ。
「ああいうのを才能有る人って言うんだろう」
メディアに雑誌、幅広く活動している俳優さん。
皆、ああいうのになりたいんだろう。
私が高校の入学式を受けていると周りの人達は瞳を輝かせ夢や希望といったモノを持っていた。
クラスで自己紹介をした時もそうだった。
「自分は◯◯になりたいです」
「私は◯◯を目指します」
「僕は将来ーーー・・・・・・」
人気が高い職種は倍率も高い傾向があるが私には向かない職種だ。
「あんなブリブリしたのはムリだな」
三年になると誰もが向き合うコトになる進路の壁は毎年高い。能力の高い人は進学へ、そうでもない平凡な人は就職へ進むが中には一握りの人間だけが俳優だの歌手だのといった道に進む"夢追い人"がいる。高い倍率を生き延び夢を勝ち取った人間はメディア業界に進出するのだ。
そして夢も希望も崩れ荒れる人種も毎年一定数現れる。分かりやすく言えば毎朝、私に絡んで来る不良達がそうだ。
考えていた未来設計が崩れた途端、不良へと堕ちていく。
贅沢しなければ就職でも生活には困らないだろうに、一度甘い汁を知った者は皆、堕落して堕ちるだけなのだ。
勉強が不得意な私じゃあ進学は無理だろうし、義理兄に頼めば費用は心配ないだろうけど頼りたくはない。
「義理兄は何で、あんな特殊な仕事しているんだ?」
全くの謎だ。
「ハァ~帰る時間まで何して暇を潰そう」
勢いで学校出ちゃって、今更戻るのもなぁ~・・・・・・繁華街で適当に時間を潰すしかないか。
席を立ち繁華街の中を歩き回った。商店街から少し外れた裏通りの道に入り歩き続けた。
「!?」
後ろから足音が聞こえる。一定の距離で着いてくる人の気配を感じる。
誰だ? ストーキングされる心当たりはないぞ。
もしかして、地元の不良達か?
正体を確かめてやろうと私は走り出した。すると、それに合わせて相手も走り出した。裏通りの道を生かし右に左にと曲がり相手を翻弄してやった。
現役女子高生の体力なめんな!
暫くして相手は私を見失ったのか辺りをキョロキョロし出した。来た道を戻ろうとしたのか相手が後ろを振り向くと驚く表情が見えた。
私は相手の後ろに周り込み顔を確認した。見た目はパッと見、二十代~三十代の男性で首にはカメラがぶら下がっていた。ボサボサの髪に無精ヒゲで年齢より大分老けて見える。
カメラマンか?
「私に何か?」
「あ、いや~」
勘違いで~なんて言い訳はムリだろう。裏通りの奥まで来て、そんな言い訳で通せる程、私も人が良くはない。
「勘違いでなんて言い訳は通用しないよオジサン」
「・・・・・・」
黙りかよ。
でも、この人の顔何処かで見たような・・・・・・何処だったかな?
「き、君、武藤・・・蘭香・・・だよね?」
「何処かでお会いしましたか?」
「お、覚えてないのか?! 三年前の事故の葬式だ!!」
三年前ーーー・・・・・・
「あっ!」
思い出した、三年前の葬式場にいた人だ。
亡くなった人の親族の方だ、印象が大分違ったから気づかなかった。
「あの事故の、遺族の方?」
「そうだ、あれから三年間、あの事故について調べていたんだ」
三年前の事故、あの事故は十数人の死者を出した痛ましい事故として連日報道された。事故に至った詳細な経緯は不明なままだった。
その事故の生存者が当時十二歳だった私一人だけだった。
三年前・・・・・・思い出したくもない忌まわしい記憶が脳裏に蘇る。
「調べたって、今更何をですか? 警察が事故と判断して終わった筈です」
今更蒸し返さないで欲しい。あの事故のコトは忘れようとしたのに。
「いいや、終わっていないよ」
はぁ?
「終わってないんだ!」
「何を言って・・・・・・?」
「終わってない、あれは、あの事故はーーー・・・・・・」
この人何か怖いぞ、ブツブツ何か言ったかと思ったら髪の毛を掻き毟り出した。
「あれは事故じゃない!!」
男の目がギョロリと動いた。
「君がよく知っているコトだろう」
私は目を見開いた。
「君は唯一の生存者だ、あの日、何があったか知っているんじゃないか?」
私は一歩後ろに下がった。
「なぁ~教えてくれ、あの日に何があったのかを!」
男性は目に涙を浮かべ、教えてくれと懇願して来た。私は生唾を飲み、また一歩後ろに下がった。
「事故の後、警察の人や記者の人にも言いました、覚えていないって!」
「そんな訳ないだろう! 何か知っているんじゃないか?!」
やめてよ! 三年前の事なんて思い出したくもない!
「俺はあの事故で妻を失ったんだ!」
「私だって、親と友人を失った!!」
事故のコトを思い出さない様に頑張っていたのに、今になって・・・・・・
「失ったのは貴方だけじゃないんだ!!」
堪らずにその場から逃げ様とした時、背後から強い衝撃が襲った。
立っていられずにその場に崩れ落ち意識が遠退いた。薄れる意識の男性が何かを言っていたが、そこでプッツリと意識が途切れた。
次に目を覚ますと見慣れない天井が視界に写った。
何処だ、ここ?
目を動かし辺りを見回すと覗き込む様に様子を見る老夫婦が話し掛けて来た。
「嗚呼、良かった目が覚めたのね」
・・・・・・えっと、誰?
老夫婦の女性はごめんなさい、ごめんなさいと何度も謝罪した。