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妹の螺旋  作者: 有留エヌ
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第五話 華澄

 あの夜から玲香は、辛抱だとか我慢だとかいう糸がぷつんと切れたように秀人を求めた。毎日毎日二人は秀人の部屋で唇をかさねて、玲香はその愛を注ぎ、秀人はその愛を受け止めていた。たいてい夜10時頃、二人がその日やるべきことを全て終えた頃に、玲香が秀人の部屋を訪れていた。




「兄さん、入るね。」




 玲香はいつもの澄んだ声で言うが、すでに肩で呼吸している様子だった。玲香はベッドに座る秀人の横に腰をかけると、目を細めて上目遣いで秀人を見つめた。もう我慢ならないという様相で目線を彼の目、鼻、口とずらす。あの時と同じように、右手で彼の頬を優しく撫で、愛おしいそうに笑う。その手を彼の目や鼻に当てがって、その形を味わうように撫でる。そして、彼の唇を触り、下唇を指で軽く押した。ああ、私はこの唇にあの時からキスできるようになったんだと言わんばかりに。その手を頬を経由して耳の方へ持っていき、彼の耳の形を入念に確認して満足すると、秀人の頭の後ろに回した。左手を秀人の指に這わせてゆっくりと絡め取っていき、そのまま顔を近づけた。彼女の熱のある吐息が、彼女自身をより一層興奮させた。唇と唇が重なると、目を閉じて舌を優しく彼の舌にそわせる。最初は丁寧にゆっくりと、お互いにその感触を、その形を確かめ合うように。次第に、玲香が激しく舌を動かす。玲香はその最中、無意識に出てしまうように、薄い息の籠った声で「好き」だの「もっと」だのと漏らす。玲香は秀人にまたがり、体を捩らせながらその興奮を全身で感じていた。




 部屋の中では、粘液と粘液が絡み合う音ばかりが響いていた。秀人は彼女のキスによって体を震わせていた。自らこれ以上の行為を禁止していながら、その衝動を抑える事に集中していた。いや、集中するには興奮が抑えきれなかった。玲香の身体から伝わる熱や仄かに香る甘い香りがその興奮を高め、秀人の理性を壊しかけていた。それが壊れる前に、秀人は、股間が熱く膨れ上がるのを感じた。まずいと思ったが、快楽が頭を襲って離れない。このまま、このまま玲香を貪りたい、全てめちゃくちゃにしたい、そう思って玲香に結ばれた自分の右手を綻ばせ、玲香の腰を掴もうと移動させている時、アラームが鳴った。




「もう、2分経った、今日は終わりだ。もう寝よう、おやすみ。」




 秀人は移動させていた右手で玲香を強引に離して、俯きながら冷たい声で言った。玲香は大変残念そうに、二人の間にかかる唾液の糸を見ていた。それが彼女に興奮を再起させたのか、秀人の耳元へ顔を近づけて、囁くように言った。




「唇以外にならもう少しキスしていい?」




 玲香は小悪魔のように言い、怪しく息を耳に吹きかけた。秀人は、思わず頷いてしまう。玲香は秀人を押し倒して、首筋を下から上へ舐め上げた。途中、雄々しく突き上がった喉仏があってその大きさに強く秀人の男を感じて嬉しそうに微笑だ。その後、耳を舐めたり吸ったりした。




 玲花は一通り堪能すると「おやすみ」と一言満足気に言い、部屋を後にした。秀人は自分の部屋であるにもかかわらず取り残されたような気分になっていた。持て余した性欲やその衝動が激しい吐息として排出され部屋をあっためるばかりで、その空気が部屋を別のものに変えたように感じた。秀人は、この快楽をそれとして、愛だ恋だとは捉えず、ただ興じることにした。





 翌朝、なんら変わりなく朝食をとり、誕生日前の二人のぎこちない雰囲気を払拭するように、元通り会話をした。




 玲花は学校へ着くと左耳にイヤホンを入れた。そして、純文学の本を開いてそれに耽ていた。しかし、夜の興奮は冷めやらず、怪しげな笑みを浮かべそうになるのを堪えては、と繰り返して居た。




「おはよう玲花。」




 親しげな挨拶に玲香も応えて、本をしまい華澄と会話を始めた。華澄は、ナンパされたときの話やおすすめの和菓子屋の話をし、玲花はうふふと上品に笑った。




「玲花、なんか良いことあった?目元がいつもより綻んでるよ。」




「うん、ちょっとね。」




 玲花ははにかんで答える。その様子に、華澄は拳を強く握りながら、頷いて言った。




「そうなんだ、良かったね。」




 と、深く追求することなく微笑みながら言ったが、その姿はどこか悲しげでもあった。そして、




「今度玲花の家行きたいな。週末とかどう?美味しい和菓子持っていくよ。」




 玲花は少し考える素振りを見せて、数秒後に「いいよ。」と言った。





 週末、華澄が家に来た。香澄は、黒いスラックスに白い薄手のシャツをインするシンプルなスタイリングであった。黒いスラックスがくるぶしの辺りから腰上まで伸びているのが、華澄の脚の長さや細い腰回りを強調していた。




「お邪魔します。立派な一軒家だね、玄関も広い。」




「いらっしゃい、広いから掃除が大変だよ。」




 などと言いながら、リビングのテーブルまで案内した。




「そう言えば、男性の靴があったけどお兄さんも家にいるの?」




「自分の寝室にいるよ。どうして?」




 玲花は目を光らせて言った。




「会ってみたい、呼んできてよ。」




 玲花は、親友にくらい家族を紹介するべきかと思い、2階へ向かい秀人を一階に降りてくるよう促した。




 秀人は最初、友人同士で水入らずの時間を過ごしてほしいと思ったが、玲花の友人がどのような人物か気になって居たので、急いで着替えて下へ向かった。下へ向かうと、テーブルの上に抹茶と葛入り水羊羹が三人分用意されていた。渋味極まれりと口にしたかったが、秀人はそう言った味が嫌いでなかったので嬉しく思った。




「お邪魔してます。玲花さんと同じクラスの石井華澄です。私が持ってきたおすすめの抹茶と水羊羹、良かったら召し上がってください。」




 と、華澄がひどく丁寧な口調で自己紹介した。秀人は華澄の容貌を目にした途端、ああ、類は友を呼ぶとはこれだったかと、納得したような顔でジロジロと華澄のことを見た。玲花は秀人のことを目を細めて口角を最大限まで上げ、ジッと見つめた。その様子を感じ取った秀人は我に返ったように、自己紹介した。和気藹々と玲花と華澄が会話しているのを頷いたり、軽く相槌したりしていると、華澄が秀人の方を向いて言った。




「こんな綺麗で可愛い妹がいるなんて兄として誇らしいでしょ。私も癒してもらってます。」




「ああ、そうだね。自慢の妹だよ。」




 と大袈裟に言うと、玲花は満更でも無い様子で頬を赤らめてはにかんだ。これを横目で見ていた華澄は、少し悔しそうな顔をしたような気がしたが、秀人はあまり気にしないことにした。


 


 「私、紅茶を用意してくる。二人はそのまま話して待ってね。」




 玲花はそう言うと、キッチンの方へ行き、お湯を沸かして紅茶セットの用意を始めた。玲花が完全にテーブル付近からいなくなった直後、華澄は秀人の方へ前屈みになり小声で言った。





「お兄さん、連絡先教えて。」




「え、なんで。」




「玲香のこと色々教えて欲しいんです。」




 秀人はこの発言に少々困惑したが、玲花のことを知りたいのは秀人も同じだったので、連絡先を交換した。ふと冷たい視線を感じ顔をキッチンの方へ上げると玲花は紅茶を作り終えこちらに戻ってきている最中であった。特に表情は普通だったのでバレてないなと安心した。




 この後三人は映画を見たりして時を過ごした。折はもう午後6時となっていた。




「そろそろ帰らないと、明日はモデルの仕事があるから。とても楽しかった、また来たいな。」




 華澄は、身支度を済ませ玄関に行き改めて挨拶すると、扉を開けながら秀人に目配せした。秀人は驚いてヒヤヒヤしながら横目で玲花の方を確認したが、変わらず華澄を見送っていたので自然に振る舞うことに集中した。




 秀人は今日のことで玲花が勘付いていないか心配だったが、玲花の様子は特段変わらず一日を過ごした。お風呂を終えて自室に戻ると、華澄からメッセージが来ていた。




「今、電話できますか?」




「できるよ」




 秀人はブルートゥースイヤホンをつけて華澄から電話に出た。




「お兄さん、今日はありがとうございました。楽しかったですよ。」




「俺もだよ、華澄さんが玲花の友達で良かった。」




 今日やったことを一通り振り返ると、華澄は声色を変えて言った。




「お兄さん、お願いがあります。私と玲花の中を取り持ってください。」




「取り持つ?すでに友達だし、玲花は華澄さんのこと親友だと思ってるよ。」




「違うんです。わたし、私玲花のことが好きなんです。」




 秀人は、衝撃を受けて言葉が出なかった。




「玲花が私のことどう思ってるのかとか、好きな人がいるのかと、お兄さんに探ってほしいんです。」




 部屋の暗闇の中、デジタル時計が22:30を示していた。




ガチャっ




 突然扉が開く音がして、急いで携帯を枕の下に隠した。




「お兄さん、どうしましたか?」




「兄さん、、」




 玲花はドアを勢いよく開き、そのまま早足で秀人に跨った。もう辛抱ならないと、緩急入れずに秀人を抱きしめて舌を入れてキスを始めた。それはいつもよりもずっと激しく荒ぶっているようであった。息が続くギリギリまでキスをした後に、玲花は言った。




「兄さん、好き。愛してる。」




 それだけ言うと、また激しく秀人を求めてキスをした。とっくに2分なんて過ぎていたが、秀人は今までのキスと違い激しさが増すばかりで、そんなことを思い出す余裕がなかった。




 この夜は長かった。初めての日よりも熱く、どこかいじらしい。彼女の嫉妬心を強く感じた日であった。




 そして、華澄との通話は続いたままであった。

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