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CALLAIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
天才の恋人
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11.吸血鬼からの助言

 満月の日。もっと遠いと思っていたが、あっという間にやってきた。

 私が目を覚ましてみれば、アンバーはもう起きていて、人間姿のダイアナもそこにいた。三人で過ごすには狭すぎる部屋だが、アンバーはベッドの中で縮こまっているから動く余裕はある。


「本当に狭い部屋ね」


 呆れた様子でそう言いながら、ダイアナはアンバーの潜るベッドの縁に座った。足を組み、着替える私を眺めながら話し続ける。


「ああ、そうそう。管理人さんにはちゃんと伝えてあるから大丈夫。急病だけど、看病はあたしがいれば大丈夫って」

「それで納得したの?」


 問いかける私に対し、ダイアナは黄金の目を細めて猫のようににやりと笑う。


「納得させられるのが魔女なの」

「……なるほどね」


 着替えを続けると、ダイアナもまた話を戻した。


「それで、モリオンのことだけど、宿舎の入り口で待っているって。朝食でも食べながら打ち合わせがしたいのですって。朝食デートね」


 からかうようにダイアナが言うと、その背後から獣のような唸り声が聞こえてきた。


「言っとくけどさぁ、そいつは口紅お化けにしか興味ないよ」


 吐き捨てるようにアンバーは言って、そのまま体を横たえた。掛布越しに、尻尾がぶんぶんと動いているのが分かる。喜んでいる時の動きではなく、苛立っている時の動きで間違いない。その様子を見つめながら、私もまた溜息交じりに言った。


「デートって言うほど穏やかなものじゃないだろうね。彼の師匠は私たちの事が嫌いみたいだから」

「ええ、知ってる。ジルコンっておじさまでしょ?」


 ダイアナは面白がるように言った。


「知っているの?」

「うん。前にね、その口紅お化けさんに飼われていた頃、あなた達の組合の人たちの動きを一通り把握しろって命じられたことがあって。あのおじさま、意外と猫には優しいのよ。でも……犬嫌いなのかしら?」

「言っとくが、アタシは犬じゃない」


 不満そうなアンバーの突っ込みに、ダイアナはおかしそうに笑った。


「それは失礼。訂正するわ。狼嫌いなのかもね」


 と、彼女が言ったところで、私の準備は整った。

 動きやすく、目立ちにくい、いつもと変わらぬ格好。そのポケットに間違いなくあの指輪がある事を確認し、ルージュの命を奪うための爪と牙の状態を確認する。それらを全て装備してしまうと、私は二人に言った。


「行ってくるよ。あとは頼む」

「分かった。行ってらっしゃい」


 にこりと送り出してくれるダイアナの後ろで、アンバーは黙ったままだった。掛布の中で代わりに動くのは尻尾だ。まるで手を振っているようだった。


 外へ出てみれば、ダイアナの言っていた通り、モリオンはそこにいた。軽めの昼食の後、アリアに事情を説明しに行ってみれば、そこには見覚えのない護衛がついていた。聞けば、グラヴェ町長が彼女の事を心配して頼んだ人物らしい。どうやら、私達に不信感があるのは劇場内の人物だけではないようだ。


「まあ、こういう事ってよくあるらしいからね」


 モリオンがそう言ったのは、アリアの楽屋を去ってからの事だ。劇場内部は出入口が意外と多い。その全ての位置を教えながら、私は何故か彼に慰められていた。


「オレの師匠も言っていたさ。今の時代、狩人にも人権ってやつがあるのをうっかり忘れてしまっている輩は多いんだってさ。だから、こっちもそのつもりで依頼主のことは金をくれる奴とだけ考えておくといいって」

「意外だな。君の師匠って、もっとお堅い人なのだと思っていた」

「お堅い人なのは間違いないよ。君たちの師匠のペリドットさんとオニキスさんの関係に眉をひそめているらしいから。ま、ただの嫉妬かもしんないけどね」


 にやりと笑う彼の様子は、ダイアナとはまた違ったタイプの猫のようだった。

 溜息交じりに私は彼の前を歩いていく。場所は劇場の地下道。抜け道のようなその場所を歩いていくと、その果てには階段があり、その上部からは眩い光が差し込んでいる。

 格子扉を開けた先にあるのは、裏通りの一角である。外から回れば薄暗い通りだが、光の乏しい地下から見れば、その明かりすらも眩い。

 階段を数歩上がり、私はモリオンに言った。


「ここの鍵は朝一番に開いて、日没の鐘の時刻に閉まるんだって」

「この通路って何?」

「大道具を運ぶ時に使うって聞いた。実際に誰かが通ったところはあまり見たことがないんだけどね」

「ふうん」


 光を背にモリオンを振り返ると、彼は余所を見ていた。

 周囲を警戒しているのか、はたまた興味がないだけなのか。喋る時間が増えれば増えるほど、思っていた以上にあまり真面目な人ではないように思えてくる。


「ねえ、モリオン。あのさ」


 私はふと彼に言った。


「数日前、君がルージュを追い詰めたって聞いたんだけど」

「ああ、あの猫ちゃんから聞いたのかな? ダイアナだっけ?」

「そのダイアナによれば、あの時、君はルージュに殺されそうになっていたって。そのこと、自覚している?」

「さあね」


 不快そうにモリオンは吐き捨てた。


「あの猫ちゃんが勝手に言っているだけだろ。最大のチャンスだったのにな。今だって目を閉じたら、あの微笑みが蘇る。少年時代のオレの心の半分を持っていってしまった彼女の微笑みがさ。ああ……ちょうど、そんな感じだった」


 と、モリオンの鋭い眼差しが私へと向いた直後の事だった。

 誰もいなかったはずの私の背後──通路の出口側から音もなく伸ばされてきた手が、私の体を強く抱きしめてきた。

 ひんやりとしたその手と、激しいほどの殺気に身が震え、頭が混乱する。徐々に状況を理解していったときにはもう遅かった。武器に触れようにも、体が動かない。


「……ルージュ」


 気配だけでその名を当てると、彼女は満足そうに笑った。


「撃たない方がいいわ、モリオン坊や」


 宥めるようなルージュの声が私の耳朶までくすぐってきた。


「この子に当たったらどうするの?」

「その時は潔く罪を償うつもりだよ。君の解体が終わったあとでね、ルージュ」


 モリオンは銃口を向けている。


「お、おい、モリオン……?」


 まさかとは思うがやりかねない。そんな焦りを内心抱いていると、モリオンはそのまま深く溜息を吐いた。


「冗談だよ。流石に己の力量くらいは分かっているつもりさ。それに最低限の倫理観もね」


 苦笑を浮かべるが、その眼差しはとても冗談には思えなかった。


「……面白くない冗談だ」


 物静かなルージュの代わりに吐き捨てる。だが、面白くないのは冗談だけではない。この状況もだいぶ面白くない。


「さて、麗しき御方」


 と、モリオンが言った。まるで紳士か何かのような眼差しを私の背後へと向ける。


「貴女のお望みは何かな。オレの命やカッライスが欲しいという願い以外なら聞いてあげられるかもしれないよ」

「安心なさい、どちらでもないわ」


 ルージュは言った。


「白昼堂々誘拐するには、この子は少し元気すぎるもの。それに、この町は今、ちょっと騒がしすぎるわね」

「君が人殺しなんかするからだろ、ルージュ」


 状況を弁えずに言い返すと、ルージュは軽く腕の力を強めてから言った。


「あら、私は人殺しなんてしていないわ。少なくともこの劇場ではね」

「とぼけたって無駄だ。私の目は誤魔化せない。コルネットを殺したのは君のはず……」


 と、言いかけたところで、私はふと寒気を感じた。


 ──()()()()してない?


 そんな私の思考を読むように、ルージュは言った。


「そうね、コルネットを殺したのは私よ」


 隠すことなく答える彼女に、戸惑いを覚えつつ、私はそっと訊ねた。


「君の目的はなんだ。何をしにきたんだ」

「からかいに来たの。二人そろって私に会いたくて仕方なさそうだったから」

「からかい?」


 モリオンが訊ね返すと、ルージュはくすりと笑った。


「からかいついでに、良い子のお二人に、このお仕事のヒントもあげてしまおうと思ってね。私が殺したのはコルネットだけよ。他の二人は私の獲物ではない。ついでに言えば、脅迫から何まで私の仕業ではない。何か悪いことをする時に、私の名前を無断使用する者は多いけれど、今回の事件もそんな誰かさんの仕業だったってことね」

「じゃあ、犯人は誰だ。その、コルネットって人?」


 モリオンが問いかけると、ルージュはくすりと笑った。


「そのくらいは自分たちで考えなさい。そろそろ私は去るわ。ああ、そうそう。忘れるところだった。……カッライス」


 と、ルージュは私の耳元でそっと囁いてきた。


「困った時は、私の名前を呼びなさい。いい事、来てほしいと強く願うの。覚えておきなさい」


 まるで刷り込まれるように、その言葉が頭の中に響いた。その反響に硬直している間に、ルージュの手が私の体から離れていく。


「またお会いしましょう、お二人さん」

「逃がすか……」


 ルージュの気配が遠ざかるや否や、モリオンが動いた。銃弾が私の横をかすめ、傍の壁に当たる。その衝撃で、私は再び動くことが出来た。すぐさまナイフを抜いて傍を見渡した。だが、そこにはもうルージュはいなかった。

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