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CALLAIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
天才の恋人
80/133

10.残されし者の願い

「先に言っておきますが、あなた方には感謝はしております」


 アカリュース劇場の薄暗い楽屋にて、アリアは私とアンバーにそう告げた。

 その顔は相変わらず青ざめている。舞台化粧の有無に関係なく、美しいのには変わりないが、生気が抜け落ちているようだった。


「あなた方がいらしてから、私が危害を加えられるような事は一切起こっていませんもの。少なくとも、私は……ですが」


 含みのあるその言い方に、視線が逸れてしまう。

 疲れ切った様子のアリアはともかく、その隣に座っている劇場の支配人アジタートの表情はかなり悪かった。

 やがて、アジタートは口を開いた。


「これは害獣駆除の話だが、特定の獣を狩るのに何か月どころか何年もかかるという例もあるというのは分かっている。ただの獣でさえそうだ。魔物であれば尚更だということもね。……だが、それを言い訳にして、指をくわえているだけというわけにもいかないのが我々の本音でもある」


 アジタートの眼差しは厳しい。

 昨日の刑事たちが向けてきたものにも似ていた。


「君たちのせいではないと断っておくが、試しに狩人を変えてみて欲しいという声もある。皆、不安なんだ。ドルチェ、ラルゴ、そしてコルネット。被害が止まる様子がない。次は自分なんじゃないかって、皆、怖れている」

「私の代わりに犠牲になったのだという者もいます。その中には、私がやったんじゃないかっていう者も……」


 アリアは疲れ切った様子で言った。


「或いは、狩人たち──つまり、あなた方こそが怪しいという者までいるようです」


 詫びる様子もなければ、私達を咎める様子もない。今のアリアには、その余裕すらないのかもしれない。ただただ淡々と私達を眺め、彼女は言った。


「私も、そしてアジタートも、これらの声を無視することはできません」

「無論、期間分の報酬はちゃんと払う」


 アジタートが続けた。


「五日ほど期限を設けます。引き継げるような者が組合にいるのなら、ぜひとも紹介していただきたい。そのあとも解決しないようならば、順々に入れ替えていくことになると思う。その際、また話がそちらに向かった時、我々に懲りていなければ、再度力を貸していただきたい」


 約束では一か月。その満額を考えると、ここで打ち切られるのはあまり良くない話だ。だが、別に悪い話というわけでもない。


「……分かりました」


 短く返事をして、私達は楽屋を去った。

 外に出てから、アンバーがぼそりと私にだけ聞こえる声で言った。


「ちょうど良かったじゃん。満月の前って思えば」

「……まあね」


 せっかくルージュが首を突っ込んできたのに、と、思えば歯痒さが強い。それでも、依頼主の意向となれば、従わざるを得ない。


「しょうがないからモリオンに連絡を取るかね」

「うん……」


 後ろ髪を引かれる思いのままに頷いたその時だった。コツコツと靴音が近づいてきたかと思うと、そのまま私たちへ声をかけてくるものがいた。


「狩人さん……」


 ヴィオラだ。血相を変えた様子で彼女は私たちに問いかける。


「噂に聞いたのですが──」


 と、彼女がそう言った時、楽屋の中からアジタートが顔を出してきた。


「ああ、ヴィオラさんか。ちょうど良いところに。たった今、うちの歌姫と一緒に狩人さんたちに説明をしていたところだ」

「やっぱり本当なんですね。担当を替えるって」

「彼女たちが来てから犠牲者は三人目だ。不安がる声をこれ以上無視できない」


 アジタートの言葉に、ヴィオラは首を振った。


「……だとしても、ここで人を変えてしまうのは良策とは思えません」

「魔物狩りに詳しいのかね?」


 怪訝そうなアジタートに対し、ヴィオラはまたしても首を振った。


「いえ……残念ながら。ですが、少なくともこれだけは言えます。彼女たちがアリアを守っていることで、オーバードは安心して曲を書けるのです」

「オーバード氏が?」


 その名前を出され、さすがにアジタートも声色を変えた。


「はい、これだけ恐ろしいことが起きていても、アリアは無事でいる。それは、あの人たちが守っているからだ。オーバードはその事を非常に高く評価しております」

「……だが、他の者たちが」


 迷い始めるアジタートに対し、ヴィオラは言った。


「せめて、今の曲が書き終わるまでは」


 鋭く、力強いその言葉に、アジタートはすっかり押されてしまったようだ。しばらく黙っていたかと思うと、大きく溜息を吐き、左右にいる私達に告げた。


「今聞いた通りだ。悪いね、狩人さんたち。さっきの話は一度忘れてくれるか?」


 それに対して断る理由も当然ながら、なかった。

 その後、アリアの身辺警護をアンバーに任せ、私はヴィオラに連れ出されていた。劇場の隅──人気ひとけの少ないテラスにて、ヴィオラは私に対して言った。


「すみません、呼び出したりして」

「いえ……それよりも、さっきは有難うございました。おかげで首が繋がるようで感謝しています」

「感謝されるほどのことではありません。オーバードのためですので」


 そう言いつつも、ヴィオラは私の表情を窺いつつ、続けた。


「ただ……代わりと言っては何ですが、お願いがあります」

「何でしょう?」

「コルネットを殺した犯人を、どうか必ず仕留めてください」


 眼鏡の下でその瞳が揺らいでいる。いつになく強い感情が秘められている。そう感じる眼差しだった。

 コルネット。彼女が変わり果てた姿で見つかった時の事を思い出した。あの時、誰もが衝撃を受けてはいたが、中でも非常に取り乱していたのが、ヴィオラだった。


「彼女とは……親しかったようですね」


 答える代わりにそう言うと、ヴィオラは静かに頷いた。


「同郷なんです。それで、昔から親しくて。まさか……こんな形でお別れになってしまうなんて」


 声を震わせながら、ヴィオラは私を見つめてくる。


「あなた方の経歴については、組合からいただいた資料で確認しております。ルージュ。口紅の吸血鬼を追いかけながら、各地で依頼をこなしてきたのですよね。もしも、コルネットを殺したのが本当に彼女であるのならば、私はあなた方に託したいのです。復讐したい……この気持ちを……」


 悲しむというよりも、怒りに震えているらしい。

 私達は復讐屋ではない。飽く迄も狩人だ。狩人がやる事は、獲物を仕留める事だけ。けれど、私は彼女に言った。


「この手でルージュを仕留める事。それは、私の生きる意味でもあります。もしも、そうすることであなたの気持ちが報われるのであれば、私としても本望です」


 そんな私の言葉に安心したのだろう。ヴィオラは少しだけ表情を緩ませ、そして私にそっと一礼をした。


「どうか、どうか、お願いします」


 それから、しばし共に過ごした後、ヴィオラは立ち去っていった。その後ろ姿を見送りつつ、そろそろ見回りに行こうかと思っていたちょうどその時だった。


「大事なお友達だったのね」


 気づけば背後に黒猫がいた。ダイアナだ。振り返る私の足元に近づいてくる。そんな彼女を抱き上げると、ゆらりと尻尾を揺らした。


「何か動きがあった?」

「ええ。モリオンがね、ここを目指している」

「モリオンが?」

「ルージュのためよ。彼が見張っていた場所での動きが弱まったの。本格的にアカリュース劇場に移動したのだと判断したみたいね」

「困ったな。引継ぎはナシの予定だったんだけど」


 ぼやく私に対し、ダイアナは首を傾げた。


「あら、今後を考えるなら、人手は多い方がいいんじゃない? あなた達の様子を少し話したら、彼もそう言っていたよ」

「話したの? 私達の事を?」

「成り行きでね」


 けろりとした様子の彼女に呆れつつも、少しだけ考えた。同じ組合から助っ人が来る事自体は何も悪くはない。だが、それがモリオンとなると問題だ。うっかり彼に先越され、ルージュを奪われでもしたら。


「そんな顔をしないで、カッライス」


 ダイアナは言った。


「さっきも言ったでしょう。人手は多い方がいいって。彼も心配していたわ。だって、もうすぐ満月だからって」


 満月。そう、満月。当日はアンバーも動けない。宿舎に押し込めることになるだろう。バレないか不安になるところだが、そこはうまく誤魔化すしかない。


「勿論、当日はあたしが彼女の事を見張っていてあげる。危なそうでもあたしの魔法があれば大丈夫。でもね、アンバーも不安がっているのよ。あなたが一人であれば、間違いなくルージュは近づいてくる。あなたは絶好の機会だと思うでしょうけれど、それは相手も同じだって」

「……もしかしてさ」


 と、私はダイアナを軽く睨みながら訊ねた。


「モリオンと話したのはアンバーの指示だったりする? 私に内緒で、彼も巻き込んで、一人にならないようにって」

「さあね。気になるのなら、アンバーと話してみればいいわ。とにかく、そういう事だから、満月の日はモリオンと一緒になるはずよ。そのつもりでね」


 そう言い終えると、ダイアナは器用に身を捩らせ、私の手から抜け出してしまった。まだまだ問い質したい事はあったが、どうやら許されないらしい。


「じゃ、あたしは再び情報集めに行って参ります」


 そう言い残すと、私が手を振る間もなく姿を消してしまった。

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