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CALLAIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
天才の恋人
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9.第三の事件

 コルネットの件があってから数日。

 またしてもアカリュース劇場には何事もない日々が訪れた。

 とはいえ、ドルチェの事件の後とは違い、二人目の犠牲者が出てしまったわけだ。

 今度ばかりは空気の重たさもなかなか変わらなかった。


 この劇場は、大丈夫なのだろうか。

 そんな不安は一部の者たちの中で苛立ちへと変わり、その苛立ちは事件をなかなか止める事の出来ない者たちへ向けられた。

 つまり、警察や、狩人なんかである。

 犯人が何者なのかさえハッキリしない。

 そんな状況で、私達を見る目が次第に厳しくなっていくことは実感した。


 ぴりぴりした空気に押し潰されそうになる。

 しかし、その中で私とアンバーは警戒を続けた。

 相手は、アリアへと疑いの目を向けさせようとしたコルネットだ。

 冷静に考えてみて、アリアが犯人であるとはどうしても思えない。

 劇場では常にアンバーが傍にいるし、帰ったあとも誰かしらの護衛や家人が傍にいる。

 その状況でどうやって人を襲うというのだ。

 となると、やはりコルネットこそが怪しく思えたのだ。

 アリアの警護をするふりをして、私たちはコルネットに注意を向け続けた。


 そして、数日が経ったある日の事、とうとう第三の事件は起きた。


 場所はこれまでと違う場所。

 関係者入り口とは反対側にある宿舎の入り口付近だった。

 時刻は昼過ぎ。

 白昼堂々の犯行だが、どうやら目撃者もいないらしい。

 三人目が出てしまった。

 その報せを受けて、焦りと共に一人で現場まで駆けつけた。

 すでに警察も駆けつけている。

 そして、彼らの間から犠牲者の顔を確認したとき、私はそのまま固まってしまった。


 ──コルネット……?


 変わり果てた姿で倒れていたのは、コルネットで間違いなかった。

 涙目になりながら、仰向けに倒れている。

 よほど怖かったのだろう。

 表情は引きつっていた。

 死因は先の二人と同じだろう。

 全身の血を抜かれてのことだ。


 ふと、コルネットの遺体のそばに書かれていた伝言に気づいた。

 これも先の二件と同じ。

 口紅で短い文章が書かれている。


「これで三人……ルージュ」


 小声で読み上げたその時だった。

 すぐそばで、耳を劈くような悲鳴があがった。

 見れば、そこにはヴィオラがいた。

 酷く取り乱した様子で倒れたコルネットの姿を見ている。


「コルネット……あ、ああ、そんな、嘘でしょう……?」


 きっと仲が良かったのだ。

 悲痛なその表情をそれ以上見つめ続けている気にもならず、私は逃れるように再びメッセージへと視線を向けた。

 ルージュ。

 その記名の傍に、もう一つ、落書きのように書かれているものがある。

 チェックマークだ。


「ヴィオラ!」


 と、その時、ヴィオラに駆け寄ってくる人物が現れた。

 鮮やかなドレスの色が視界に移り、視線が向いた。

 アリアだ。

 コルネットの姿からは目を逸らしつつ、いつになく取り乱しているヴィオラに寄り添おうとしている。

 アリアと共に来たのだろう。

 アンバーも、のしのしと疲れた犬のように私の傍へとやってきた。

 そして、共にしゃがみ込むと、私が確認していたメッセージを見つめた。


「臭うな」


 短く呟く彼女に、私は小声で問いかけた。


「……ルージュ?」


 すると、アンバーもまた周囲に悟られないような些細な仕草で頷いてみせた。

 驚きはしなかった。

 この筆跡、この記名、そしてこのチェックマークの書き方で分かる。

 私からすれば、明らかに先二件のものとは全然違った。

 この僅かな違いに気づける者はどれだけいるだろう。

 説明しろと言われたら、なかなか伝えられないこの違い。

 他人によっては信じてはくれないだろう。

 だが、私には分かる。

 少なくとも、このメッセージを書いたのはルージュである。


 では、先の二件はどうだろう。

 あの二件のメッセージは違う人物の仕業に思える。

 しかし、一体、誰なのか。


 その後、劇場内では警察による取り調べが開始された。

 私やアンバーも例外ではなく、わりと長い時間拘束される羽目になった。

 特に私たちは数日前にコルネットに呼び出されている。

 あの時の事を、宿舎の管理人が覚えており、しっかりと証言したため、根掘り葉掘り聞かれる羽目になった。


「これは、別に我々が疑っているというわけではないのですがね」


 と、刑事の一人が私に言った。


「劇場関係者の中には、あなた方が来てから明確な犠牲者が現れたと、これまた不安がる人がいるんですよ。いや、勿論、あなた方が怪しいって言いたいわけじゃなくてね。もしも、自分が魔物だとしたら、ハンターに化ける方が上手く身を隠せそうだなんていう人もいて。ははは……失礼ですよね」

「全くですね」


 くすりとも笑わず、私はそう返した。


「──ですが、魔物と思しき手掛かりも見つけられず、仕留める事も警護することもままならない私たちへの不満だと思うことにします」


 静かにそう言う私を前に、彼らは苦笑を浮かべた。

 私はと言えば、内心穏やかではなかった。


 ハンターに化ける方が上手く身を隠せそう?

 ああ、その通りだ。

 現にアンバーはそうしている。

 私はいい。

 どう調べたって人間であるのだから。

 だが、アンバーは違う。

 この取り調べで、妙に目をつけられでもしたら、と、びくびくしてしまった。


 私の不安の正体。

 それは、うわばみの都で出会ったドッゲのせいでもある。

 あの日、あの時、彼は私のことをどれだけ疑わしく思っただろう。

 狩人は身を隠すのが上手い。

 確実に獲物を仕留めるために、興味を失うふりをして、付きまとう事だってある。

 まさかとは思うが、この町の何処かに隠れでもしていたら。

 そして、私と同じ年ごろである月色の髪をしたアンバーを怪しく思っていたりしたら。

 少しでも隙を見せたらおしまいだ。


 考えれば考えるほど、拭えぬ不安が増大していく。

 アンバーの代わりにアリアの近辺警護を引き受けている間も、何処か放心してしまっていた。

 だから、アンバーが何事もなく帰ってきた時には、すっかり脱力してしまった。


「どうした、カッライス。刑事に絞られたりしたの?」


 けろりとした様子でからかってくる彼女に、私は言い返すことも出来なかった。

 心の中で冷や汗を拭いながら、私は彼女に答えた。


「まあね。でも、君もそうなんじゃないの?」

「役立たずハンターどもめ、魔物の仕業ならさっさと仕事しろ……みたいなことを、めちゃくちゃ丁寧に言われたよ。そんな事言われてもねえ」


 あっけらかんとしたその様子から察するに、アンバーがその正体について、より具体的に疑われるようなことはなかったのだろう。

 とりあえず、心を落ち着けてから、私はアンバーに言った。


「いずれにせよ、期待には応えたいところだね。先の二件はともかく、今回のコルネットは間違いなくルージュの仕業なんだから」

「そう焦るなよ。冷静さを欠いた方が狩られるんだ。吸血鬼は猛獣とは違う。分かっているだろう、相棒?」

「そうだけど……でも」


 言い返そうとする私に、アンバーはさらに小声で囁いてきた。


「それよりもさ、アタシはこの件の引き際をそろそろ考えたい」

「引き際……どういうこと?」

「こっちにルージュが首を突っ込んできたってことはさ、モリオンに引き継いでもらう事だって可能だろう?」

「可能か不可能かって言えば、そうかもしれないけれど……いや、駄目だよ。なんで引き継がせないといけない」


 ルージュが関わってきたとなればなおさらのことだ。

 だが、反論する私の肩をぎゅっと握り締め、アンバーはやや険しい表情で言い聞かせてきた。


「分からないか、カッライス。満月だよ」


 その言葉に、はっとした。

 満月の日。

 その日は徐々に差し迫ってきている。

 宿舎でやり過ごすことは困難かもしれない。

 この状況では特にそうだ。

 となると、いよいよ先程の不安がこみ上げてきた。

 この町にドッゲがいたら。

 ドッゲの仲間がいたら。

 いいや、そうでなくとも、アンバーが人狼であるという事がバレてしまったら。


「言っとくけどさ」


 と、アンバーは言った。


「うわばみの都のようにはいかないからね」

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