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CALLAIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
天才の恋人
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8.怪しい歌い手

 指定の時刻にアンバーと共に向かうと、コルネットはすでにそこにいた。

 無事な姿に安堵しつつ、近づいていくと、彼女はアンバーの姿にやや驚きつつも、すぐに表情を変えて駆け寄ってきた。


「ごめん、待たせてしまったかな?」


 私がそう言うと、コルネットは透かさず首を横に振った。


「ううん、私の方が早く来すぎてしまったの」


 そう言って、彼女はふと宿舎の管理人室を覗いた。

 あまり聞かれたくない話なのだろうか。

 そう思った矢先、アンバーがそっとコルネットに言った。


「もしよかったら、そっちで聞かせてくれる?」


 彼女が指さしたのは、宿舎の建物の影だった。

 人目を避ける場所として申し分ない。

 コルネットはホッとしたように頷き、軽い足取りで先に行ってしまった。

 踊り手ではなく歌い手だったと思うのだが、当然ながらダンスの練習もしているのだろう。

 まるで妖精のようだ。

 そんな事を思いながら、私も後を追った。


「お時間はあまりとらせないわ」


 管理人室から完全に見えなくなった位置で、彼女は開口一番そう言った。


「掻い摘んで話すから、よく聞いてね」


 そして、今一度、周囲を窺ってから、彼女は言った。


「ラルゴのことだけど、亡くなる前日の夜、アリアと話しているのを見たの」

「アリアさん……?」


 怪訝そうに訊ね返したのはアンバーだ。

 ここ数日、アンバーは常にアリアの傍にいた。

 劇場にやってきて、劇場を去るまで、アンバーは常に周辺で目を光らせている。

 だからだろう。

 けれど、コルネットは頷いた。


「そうよ。間違いなくアリアと話していた。急いでいたから、何の話をしていたのかは分からないんだけどね。お互いに、すごく深刻そうな表情だったから、割って入る勇気がなかったのよ。でも、その日の夜は、ずっと気になっていたの。ラルゴってほら、アリアの事を疑っていたでしょ。だから、悪いことを言われたんじゃないかって心配になって。だから、翌日、それとなくアリアに話してみて、慰めようかなんて思っていたんだけど……」


 けれど、そのラルゴが死んでしまった。


「彼の死を知った瞬間、私は怖くなったの。ひょっとして、彼の方が正しかったのかなって。そもそも、アリアと何を話していたんだろうって。だって、ドルチェも確か、最後に目撃された時は……」


 そう言ってコルネットは身震いした。

 青ざめたその顔色は、今にも失神してしまいそうで心配になる。

 だが、彼女はすぐに我に返ると、私たちに縋りつくように訴えてきた。


「とにかく、お願いよ。アリアを注意深く見張っていて欲しいの。彼女の警護をするふりをしてでも……」

「ああ、話は分かった」


 気圧されるようにアンバーは言った。


「参考にさせてもらうよ。貴重な証言をありがとう」


 その言葉に安心したのだろう。

 コルネットはようやく笑みを取り戻した。


「ありがとう。あなた達を信じているから。お願いよ」


 そう言うと彼女は立ち去ってしまった。

 軽やかに去っていくその背中を見送り、うんと離れてしまってから、アンバーは小声で私に囁いてきた。


「どう思う、今の?」

「分からない」


 私は正直に答えた。


「分かるとすれば、アリアさんはルージュでもないし、ドルチェとラルゴを殺したのもルージュではないってことかな。ただ、アリアさんがやったかどうかまでは分からない」

「奴の事ばっかりだな、あんたは」


 呆れたように呟いてから、アンバーは続けた。


「アタシの意見だけどね、犯人はアリアさんじゃない。そう考えている」

「それって自慢の嗅覚が根拠?」

「まあね。アリアさんのニオイは独特なんだよね。いつもファンの贈り物だっていう香水をつけているからなんだけど、これがまあ特注品らしくてさ。そこにアリアさん自身の匂いも混じっているから、簡単に見分けはつく。でさ、犯行現場ではそのニオイをあんまり感じなかった」

「……そっか。じゃあ、やっぱり違うんだ」


 呟くわたしに対し、アンバーはうんと小声で言った。


「アタシからすれば寧ろ、今のコルネットちゃんが怪しい気もするね」

「コルネットが? どうして?」

「さあね。狼の勘ってやつかな?」

「なんだそれ」


 呆れながら返したものの、私は心の何処かで彼女の言う勘というものを大事に心にしまっていた。

 アンバーは、私には分からないニオイが分かる。

 その勘の鋭さは、決して甘く見てはいけないだろう。


 さて、そんな事があった後、遅めの夕食をとってから狭い部屋へと戻ってみれば、窓辺ではダイアナがお待ちかねだった。

 窓を開けてみれば、彼女はすぐさま入り込み、猫の姿のまま興奮気味に私に前足をかけてきた。


「カッライス、朗報よ。モリオンが失敗した」


 無邪気にそう言う彼女を前に、アンバーは自分のベッドに寝そべりながら言った。


「ってことは、あの女はピンピンしているってわけだ」


 つまらなさそうなその声に、ダイアナは猫の姿のまま、うんと胸を張る。


「どっちかというと、モリオン坊がまだピンピンしているって言った方がいいわね」

「どういう事?」


 思わず問い返すと、ダイアナは深刻そうな顔で答えた。


「あたし達が思っているよりも、あの人はヤワじゃないってこと。あ、あの人って勿論、モリオンの事じゃないわ」

「ルージュか」


 その名を呟くと、アンバーは不快そうに溜息を吐いた。


「そう言う事。下手したら、あなた達の組合から一人殉職者が出ていたわね。と言っても、彼は分かっていないみたいなんだけど。せっかくあたしが守ってあげたってのに、イタズラ黒猫に邪魔されたって怒っていたから」


 やんなっちゃうわ、と、腹立たしそうに尻尾をブンと振る彼女に軽く笑いつつ、私は改めてそっと告げた。


「ありがとう、ダイアナ。おかげで助かったよ」

「いいってことよ。あ、それとね、このアカリュース劇場の人たちの話なんだけど、裏方の人たちが噂しているのを聞いたの」

「どんな噂?」

「今朝、また亡くなった人がいるのでしょう? その人に関することよ。ラルゴ、だったかしら。そのお兄さん、昨日の夜にコルネットって人と会っていたって」

「コルネット? アリアではなくて?」


 思わず問い返すと、ダイアナは少しだけ驚いたようにイカ耳になる。

 だが、すぐに落ち着き払って頷き、ニッと笑みを浮かべた。


「間違いないわ。少なくともアリアではなかった。アリアなんて超有名な歌姫の名前よ? 聞き間違えるはずもないわ。確かにコルネットって言われていた。聞き間違ったとしても、それに近い名前のはずよ」


 少なくとも近い名前という人物は思い当たらない。

 となれば、やっぱりコルネットだ。


「有難う。すごく有益な情報だよ」


 抱き上げながらそう言うと、ダイアナは嬉しかったのか、照れくさそうに笑ってみせた。


「なんてことはないわ。これもお役目だもの」


 そして、器用に身を捩って私の手を離れると、そのまま窓枠へと移動していった。


「さて、そろそろあたしも宿に帰らせてもらうわ。ここは狭すぎるし、どうせあたしはお邪魔でしょ?」

「たまには見てってもいいんだよ?」


 からかうようなアンバーの言葉に、ダイアナよりも私が先に咳払いしてしまった。

 ダイアナに至っては相手すらしない。

 私だけを見つめ、窓を開けるように催促してきた。

 それに従い、開けてみれば、夜風がふわりと入り込んできた。


「それじゃ、また明日ね、おやすみ、カッライス。それにスケベ狼さん」

「おやすみ。気を付けてね、ダイアナ」


 そっと送り出す私の後ろで、アンバーが「誰がスケベ狼だ」と、不快そうに吠える。

 正直言って、吠える資格など何処にもないと思うのだが、何も言わずに私はそっと窓を閉じた。

 室内がしんと静まり返ると、機嫌を損ねたままのアンバーが背後から声をかけてきた。


「さて、どうなることやら」


 その言葉に振り返り、私は彼女に問いかけた。


「やっぱり、コルネットが怪しいのかな……?」

「あんたはどう思うの?」

「まだ分からない。でも、君も疑っていたし、その上、今のダイアナの情報だ。警戒せずにはいられない」


 そんな私の言葉に、アンバーは溜息を吐いた。


「同意見だね。……となるとさ、捨て置けないことが分かってくるんだけど、あんたは自覚している?」

「自覚?」


 問い返すと、アンバーは近寄るように軽く指を動かしてきた。

 それに従うと、腕を掴まれ、思い切りベッドへと引きずられてしまった。


「アンバー……」


 文句を言おうとする私を抑え込み、静かにするよう口を塞いでくる。

 大人しくそれに従うと、彼女は私の耳元で囁いてきた。


「コルネットさ、あいつ、あんた一人を呼び出したんだ。ついてきたアタシの姿に、一瞬だけだが驚いていた。もし仮にコルネットが魔物だったとしたら……そこに隠されている意味が分かる?」


 言わんとしている事を徐々に理解して、私はじっとアンバーを見つめた。

 人間の姿をしていても獣のようなその目を軽く睨みつけると、アンバーは苦笑しながら私の口を解放してくれた。

 深呼吸をしてから、私は彼女に言い返した。


「そうだとしても、返り討ちにするだけだっただろうけどね」

「よく言うよ。そんな可能性も今の今まで頭になかったくせに」

「さすがに襲ってきた相手に対して、何もせずに捕食されるようなことはないさ」


 訴えてみたものの、アンバーに押さえつけられている今の状況では説得力がない。

 耳が痛くなる沈黙の末、私は軽く息を吐いてから呟いた。


「……でもまあ、コルネットとは今後二人きりにならないようにする」


 そんな私の誓いがおかしかったのだろう。

 アンバーは軽く笑い飛ばし、そして、すぐに目つきを変えて私を見下ろしてきた。

 飢えた狼のように吐息を荒くして、私の耳朶を軽く齧る。

 その刺激に思わず声が漏れる私を、抱きしめて、アンバーは小さく囁いてきた。


「それじゃ、そろそろいただくとするかな」

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