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CALLAIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
人狼狩りのハンター
70/133

14.音楽の都へ

 どんなに捜してもルージュは見つからなかった。

 収穫はゼロ。

 アンバーに嫌われる覚悟で飛び出したというのに、ゼロだ。

 重たい足取りの中、私は拠点へとすごすご戻っていった。

 夜行バスに揺られてようやく拠点まで戻れた時は早朝で、満月の一日もすっかり終わってしまっていた。

 これで、獣姿のアンバーに食い殺されるという心配はないだろう。

 とはいえ、人間の姿であっても人間を食えるのが彼らだ。

 本当に殺されるかも。

 そんな心配を頭のどこかで覚えつつ、私は拠点へと戻った。

 帰りを察したのだろうか。

 入り口には黒猫姿のダイアナが待ち受けていた。

 よく懐いた猫のように私の足にすり寄り、そっと見上げながら彼女は言った。


「まずはお帰りなさい。その表情だと、思うような収穫はなかったのね」

「……まあね」


 疲れと虚しさのまま返答し、野良猫にするようにその背を撫でていると、ダイアナはふと猫の手を私の手に重ねてきた。


「さっき姿が戻ったばかりなの。あと半日はそっとしておいた方がいいかも」


 的確な忠告だっただろう。

 だが、私は首を振った。


「たとえ本当に食い殺されたとしても、文句は言わないよ」


 そう言って、扉を開けてみれば、室内はしんと静まり返っていた。

 気まずすぎて、ただいま、と、声をかける気にもなれず、そのまま寝室へと向かってみれば、ダイアナの言った通り、アンバーはすでに人の姿に戻っていた。

 こちらに背を向けて、黙って座っている。

 私の存在には気づいているだろう。

 だが、振り向かない。

 振り向かずとも、怒っていることだけがよく伝わってきた。


「……アンバー、あのさ」


 と、手探りながら声をかけてみようとしたその時、向こうもまた口を開いた。


「いい度胸だよなぁ、あんた。わざわざアタシに食われに戻って来るなんてさ」


 そう言って腕を組む彼女へと私は近づいていった。


「君がそうしたいのなら、そうしてもいい。最大のチャンスを私は活かせなかったんだ。抵抗する気にもならない。だけど、私を食う前に、ちょっと耳に入れて欲しい事がある」


 睨みつけてくるアンバーの手を、私はそっと握りしめ、そのまま告げた。


「ドッゲが君を捜しているみたいだ」


 その言葉に、アンバーの表情が少し変わった。


「会ったのか」

「うん。たまたまだけどね。私のことも知っていたらしい。うちの組合の事を探っているみたいなんだ。君の毛皮を狙っているらしい」


 不快そうにアンバーは溜息を吐いた。

 命を狙われる恐怖というよりも、苛立ちなのだろう。

 それに加え、下に見ているのだろう私に心配されている事も、もしかしたら気に食わないのかもしれない。


「今後、ルージュが、この事を都合よく利用するかもしれない。ねえ、アンバー。君はやっぱり師匠の所にいた方が──」


 と、その時だった。

 急にアンバーが動き出し、私の体をベッドに押さえつけてきた。

 仰向けに押し倒され、怯む私を睨みつけ、アンバーは囁いてきた。


「遺言はそれだけか、子猫ちゃん。じゃあ、そろそろ食わせてもらうよ」

「ちょっ……と待って、話はまだ──あっ」


 しかし、言葉を発せたのはそれまでだった。


 それから小一時間後、私はようやく解放され、シャワーを浴びる事を許された。

 ある意味で食われたようなものだったが、ひとまず食い殺される事はなかった。

 その事に感謝してから体を清め、落ち着いてから私たちは再び向き合った。

 アンバーは椅子に座っていた。

 不機嫌そうに唇を尖らせつつ、正面に座る私に言った。


「前も言ったはずだ。あんたが戻らないなら、アタシも戻らない。ドッゲがなんだ。そんな奴に怯えて狩人なんて出来るかっての」

「で、でも、あいつ、ベテランなんだよ。どうやら勘も鋭いみたいだし、もしも鉢合わせでもしたら……」

「あのさぁ、カッライス。言わせてもらえば、アタシだって、あんたには師匠のもとに戻って欲しいんだ。今日は無事に帰ってきたけど、次は分からない。今度こそ、奴に食い殺されるかもしれない。あんたの実力だとね」


 煽られるようにそう言われ、私は思わずムキになってしまった。


「言わせてもらうけど、今回は本当に惜しかったんだ。あの時、邪魔さえ入らなければ、今頃、ルージュの命は私の──」

「たらればなんて見っとも無いね。さっきだってアタシに力負けしたくせにさ」


 それを言われてしまえば、何も言い返せなかった。

 黙り込んで腕を組む私を見つめ、アンバーは苦笑を浮かべた。


「あんたも頑固だよなぁ。だけど、そう悲観するなよ。自分の身くらい自分で守る。あんたもそのつもりなんだろう。じゃあ、御相子だ。アタシも止めないし、あんたも止めない。それでいいか」

「……分かったよ」


 きっと、同じような口喧嘩は今後も続くのだろう。

 思えば一方的に言われる側だった私が、言う側にもなったという事でもある。

 立場が変われば何とやらで、この時になってやっと、私はルージュを追う事を口煩く咎めてくるアンバーの気持ちが分かったような気がしたのだ。

 それでも、彼女の言う通り、これは御相子なのだ。

 私がルージュを追う事を止められないように、アンバーがついてくる事を止める事は出来ない。

 互いの腕を信じ、共に生き延びる事を願い、努めるだけ。


 幸いなことに、この拠点へドッゲが訊ねてくるような事はなかった。

 さすがに他の組合の敷地まで押し掛けるような真似は出来ないのだろう。

 だが、もたもたしてはいられなかった。

 アメシストの話によれば、ジルコンは間もなくやって来る。

 その前に、ここを去りたいところだったのだが、問題はどこへ向かうべきか、だ。

 うわばみの都に戻るべきか。

 そう思っていた矢先、ダイアナはその情報を運んできた。


「……音楽の都?」


 アンバーは問い返す。

 いかにも興味がなさそうな口調だった。


「そうよ。確かにそう言っていた。そこにハニーの持ち物件があるのですって。しばらくそこに身を潜める予定みたい」

「あー、やだやだ。金持ちって」


 ばたっとベッドに倒れながらアンバーは言った。

 そんな彼女の姿を横目に、私はダイアナの持ってきた情報を一度、頭の中で整理した。


 満月の夜、ルージュはきっと私の血を吸えると信じていたのだろう。

 だが、一滴も吸わしてはやらなかった上に、彼女にとっては不都合な展開まで持ち込めた。

 その結果、ルージュは逃げる他なく、狩りをしなければならなくなったというわけだ。

 あの夜、ドッゲたちは人狼男を仕留めそこない、三名の犠牲者が出たらしい。

 だが、そのうちの一人はルージュによるものではないかと私は睨んでいた。

 今は人狼の仕業だと思われているが、いつまでも誤魔化せないだろう。

 だから、移動するというわけだ。


「分かった。明日にでも向かおう」


 私がそう言うと、アンバーは心底いやそうに身を捩った。


「あーあ、最後にまた上手い酒を飲みたかったなぁ」

「あら、音楽の都だっていいお酒くらいあるわよ」


 不貞腐れるアンバーに対し、ダイアナが軽く尻尾を揺らしながら言った。


「とにかくオシャレな場所でね、歌劇を楽しみながら美味しい料理とお酒を楽しめる劇場なんかもたくさんあるのですって。せっかくだし二人で行ってみたら?」

「考えておくよ」


 劇場というものは、これまたあまり縁がない。

 楽しめるかどうかさえも未知の領域だ。

 アンバーの方は、恐らく興味がないのだろう。

 だが、そのくらいがちょうどいいのかもしれない。

 それだけルージュ捜しに集中できるということだから。


「にしても、音楽の都かぁ。ちょうどあたしも行ってみたかったの。ずっと気になっていたマタタビ酒の味も知った事だし、移動するにはちょうどいい時期ね」

「おや、お試しなすったのか。で、どうだった?」


 アンバーの問いに、ダイアナは猫ながら不思議そうに首を傾げた。


「それがね、思っていたのとはちょっと違ったみたい。アンバーの作る香水の方がずっと楽しい気分になれる気がするわ。そもそも、あのお酒って、オトナの男女が、楽しい気分で盛り上がるのを手助けするってのがお役目だったみたいなんだけど、あたしにはさっぱりで」

「ほう、つまり、ダイアナちゃんには効かなかったっていうわけなのか。なるほどなるほど。面白いデータだ。なぁ、カッライス」


 揶揄われるようにアンバーに言われ、私はすぐさま目を逸らした。


「私に振るな」


 小さくそう吐き捨ててから、私は改めてダイアナに訊ねた。


「それはいいとして、音楽の都では何が気になっているの?」

「それは勿論、天才作曲家のオーバードよ。婚約者の歌手アリアのために、一度聴いたら忘れられない名曲をたっくさん生み出しているのですって。おまけに、とんでもないイケメンらしいわ。これはぜひとも、この目に焼き付けておかないと」

「……なるほどねえ」


 アンバーはいかにも興味なさそうに相槌を打った。


「つまり、イケメンを見たいわけだ」

「なによ、何か文句ある? いいじゃない。あたしだって、いつ死ぬか分からない身なのよ。生きているうちに、見ておかないと」


 尻尾をやや膨らませながら、ダイアナは言った。


「まあ、ダイアナも行きたい理由があるのならちょうど良かった。あとは、アンバーかなぁ。興味ないなら、無理について来なくてもいいんだけどなぁ」

「はあ、アタシだってちょっとくらいは興味あるし。何だっけ。一度耳にしたら忘れられない音楽だっけ? 面白い。聞いてやろうじゃないか」


 そう言って、アンバーはにやりと笑った。


「なら、文句はないね。明日、ここを去ろう。ジルコンが来てしまう前に」


 かくして、私たちの行先は定まったのだった。


 うわばみの都。

 結局、私はこの町の良さをあまり理解できずに終わってしまった。

 むしろ、好みではない雰囲気に、ドッゲとの出会いと、アンバーへの心配が重なり、あまり良い思い出とはならなかった。

 それでも、この都の風景を思い出す際、私の中で一つだけ自信に繋がる記憶は残されている。

 それが、ルージュとの対決の時の記憶だ。

 前は一方的にやられ、アンバーが来なければそのまま殺されていたかもしれない。

 けれど、この都での対決の際は、そうならなかった。

 運を味方につけたとはいえ、一滴も血を吸えず、薄っすらと悔しそうな表情を浮かべるルージュの顔を思い出すと、痛快な気持ちになる。

 仕留められなかったのは私も同じではあるが、もともと、圧倒的な実力の差、種族の差があった私たちだ。その距離が少し縮まったように感じられた。


 では、次はどのくらい近づけるだろう。

 音楽の都。その場所こそが、彼女の死地となる事を今から願っておこう。

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