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CALLAIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
人狼狩りのハンター
67/133

11.喧噪の中で

 アンバーを残した拠点から、うわばみの都までの距離は近くて遠い。

 明朝に拠点を後にして、もしも徒歩で向かうとなれば、休憩も入れて半日ほどは掛かってしまう。

 一応、バスなんてものもあるが、拠点から一番近いバス停がすでに遠く、待ち時間も長く、どの道、私がうわばみの都に辿り着く頃には、辺りはすっかり日が暮れていた。

 都の酒臭い苦手な空気がさらに増すこの時刻。

 空を見上げ、見事な満月を確認してから、私は町の片隅でそっと例の指輪の力を借りた。

 途端に脳裏に浮かぶのは、前に向かった時よりも少し賑やかなアヴァロンの情景だった。

 片隅のテーブル席。

 目の前には葡萄酒の入ったグラス。

 そのグラスに映る人物の姿に、私は息を飲んだ。


 ──ルージュ。


 約束通り、彼女は今、アヴァロンにいる。

 そうとなると、ここまでの疲労も、この都の酒臭ささえも全く気にならなくなった。

 遠くからでもよく見える黄金の林檎像へ足早に近づいていき、逸る気持ちを抑えながらアヴァロンへと入ってみれば、指輪の見せてくれた通りの景色がそこにあった。


 ルージュは、いる。

 店の隅のテーブル席に一人きりで座っていた。


 太陽のように輝かしい黄金の髪を、遠くからでも良く目立つ色合いの赤いフードで隠している。

 さり気なく座るその様は、美しいが近寄りがたい雰囲気がある。

 その為だろう。

 店内はアヴァロンらしくないと思ってしまうほど賑やかだったが、誰一人として彼女にちょっかいを出す不届き者はいなかった。

 私以外に見えていないわけではあるまい。

 けれど、これもまた吸血鬼のなせる技なのだ。

 必要としない者とは関わらない、関わらせない。

 だから、吸血鬼を追い詰め、狩るにはコツがいる。

 彼らを手っ取り早く仕留めるには、彼らが興味を持つ相手とならねばいけない。

 その点では、私は資格があるかもしれない。

 だが、アンバーが不安視するだけあるのだろう。

 ルージュの姿を目にした瞬間、心臓を直接握られたような苦痛が生じた。

 同時に沸き起こるのは焦燥感だった。

 ルージュに会えた喜びと、彼女の元へ戻らねばならないという焦りが沸き起こる。


 ──殺されたいのではない。


 近づく前に、私は自分に言い聞かせた。


 ──私は、彼女を殺したいのだ。


 その後、店員に声を掛けられる前に、私はルージュの元へと近づいていった。

 来ている事はすでに分かっていたのだろう。

 近づいてみても、目の前に座ってみても、彼女はさほど反応を見せなかった。

 葡萄酒に軽く口を付けて、ことりとグラスを置いてから、正面に座る私をじっと見つめてきた。


「そう焦らないで」


 その囁きは、喧噪の中でも不思議とよく聞こえた。


「まずは何か食べなさいな。愛しい狼を閉じ込めたあの場所から、ここまではなかなか遠かったでしょう?」

「食事なら後だ。君を仕留めた後でいい」

「面白い人。まだ、私を殺すつもりなの。こうして、私の方から誘わないと会う事すら出来なかったというのに」


 煽るように彼女は言った。

 だが、今更その挑発に乗る気にもなれない。

 それよりも、私は彼女の言動を注視していた。

 特に見たかったのは、彼女の手だ。

 グラスを持つのは左手。

 右手はテーブルの上に置いたまま動かそうともしない。

 その事だけを頭に入れた上で、私はルージュに問いかけた。


「仕留める前に、わざわざ此処に呼び出した理由くらいは聞いておこうか」

「言ったでしょう、カッライス。焦らないで。物事には順序ってものがあるの。あなたも何かお頼みなさいな」


 威圧的な彼女の眼差しを受け止めきれず、視線を逸らすと、そこへ水が運ばれてきた。

 そこで前にも口にした林檎酒を頼むと、ルージュは満足そうに目を細めた。

 店員が去るのを待ってから、彼女はようやく切り出した。


「呼び出したのは、あなたとお話をするためよ。あの狼抜きでね」

「……話?」

「ええ。カッライス、そろそろお戻りなさい。もう十分、楽しんだでしょう」

「何を言うかと思えば」


 鼻で笑いつつ、私はそっと視線をテーブルへと落とした。

 ルージュはずっと私を見ている。

 私の目を見ようとしている。

 その事に気づいたのだ。


「釣れない人ね。本当は私に抱かれたいくせに。ねえ、この後、私の部屋に来ない? 二人きりでじっくりと、誰にも邪魔されずに、お話しましょう」

「残念だけど、その術は通用しない。今の私はアンバーの奴隷だからね」


 はっきりとそう言うと、ルージュは軽くため息を吐き、葡萄酒に口をつけた。

 また左手だ。

 左利きではなかったはず。

 右手は相変わらずテーブルの上に置いたまま。

 手の甲の半分ほどが袖で隠れているが、よく見ると少しだけ彼女の美しい手に醜い傷跡が残っていることが確認できた。

 やっぱり、ダイアナが言ったのは本当だったのだろう。

 と、そこで、ルージュはすっと右手を引っ込めた。


「下ばかり見ていないで、私の目を見なさい」

「……断る」

「あら、怖いの? 臆病な人ね。毎晩、熱く確かめ合っているあの若狼との絆の力とやらが、私の魔術に敗けるかもしれないと思っているのかしら」

「その手にも乗らない。私は君を殺しに来たんだ。殺されに来たんじゃない」

「殺すだなんて、物騒な事。誤解しないで。私はあなたを殺したいわけじゃない。取り戻したいだけよ。ハニーに聞いたのでしょう? あなたが生まれる事を望んだのは私。生みの母親の忘れ形見として、とっても大切にしてきたのよ」

「……その生みの母親だって、殺したんだろう?」


 声を押し殺してそう訊ねると、途端にルージュは目を輝かせた。


「ええ、そうね」


 冷たい声で彼女は言った。


「深く知りたい? 教えてあげましょうか」


 興奮気味に訊ねられ、私はとっさに答えられなかった。


「──いらない」


 絞り出すようにそう言ったが、本心ではどうだっただろう。

 両親の事。

 それは、ハニーに言われるまで、さほど考えなかった事だ。

 考えないようにしていたと言ってもいい。

 幼い頃はルージュがいればそれでよかった。 

 だが、それが偽りだと分かってからは、自分の両親がどんな人だったのか気になってしょうがなかった。

 しかし、この話は聞かない方がいいかもしれない。

 聞くことで、動揺すれば、必ずそこをルージュに突かれるだろう。


「聞きたくない」


 突き放すようにそう言って、私はさり気なく、マントの下に忍ばせた銃に手を振れた。

 そのさり気ない動作が見破られたのだろう。

 ルージュは声色を変え、私に告げた。


「ここではお止しなさい」

「目敏いね。さすがにこの銃が怖いのか」

「ええ、怖いわ。死ぬつもりなんてないのだから当然でしょう。でも、それだけじゃないの。止めた方がいいわ、ここで騒ぎを起こすのは。周囲をよく見て。ほら、あの集団」


 ルージュは軽くグラスを傾け、ここと反対の場所に集っている団体の姿を映した。

 男女数名の集団だ。

 軽く視線をそちらへ向けると、確かに彼らはそこにいた。

 私と同じような身なりをしている。

 マントの色合いと、肩のあたりの紋章。

 そこまで見たところで、私はその身分を察した。


「彼らは……」


 思わず呟く私に、ルージュは言った。


「ドッゲ。中央にいる背の高い男がそうよ。人狼狩りの名手。けれど、その動機は決して人々のためではない。彼は誰よりも人狼を愛しているの。だから、狙った獲物は自分の手で殺したい。この町にも、本当は一人で来たかったのですって。だから、不満そうな顔で仲間をお喋りしているでしょう?」

「詳しいんだな。この人狼騒動、全て君が関わっていたりしてね」

「そこまで策士じゃないわ。全ては偶然。私やあなたがこの町に来たタイミングと、あの人食い狼がここへ来たタイミングが重なっただけの事」


 彼女がそう言った時、頼んでいた林檎酒がやって来た。

 店員が去ると飲むように視線で促され、大人しく従った。

 甘酸っぱい味が口に広がる。

 その刺激に、抑え込んでいる闘志が一瞬だけ弾けそうになった。

 ぎりぎりで抗い、丸ごとごくりと飲み込むと、ルージュは口を開いた。


「ドッゲにはね、昔からの友人を何人か殺されてしまったの。だから、詳しいのよ。避ける方法も、利用する方法も」

「……利用、か」

「ええ。もしここで、騒ぎになれば、彼は私たちに興味を抱く。そこで、私が彼に伝えるの。この人の恋人は人狼かもしれないって。当然、彼はあなたの身分を確かめるでしょう。そして、思い出すでしょう。かつて、宝石の名を持つ同業者たちに獲物を横取りされた事。その際、毛皮にするには小さすぎた赤ん坊の処遇が隠されている事を」


 言わんとしている事は分かった。

 これも想定内ではある。

 きっと、この騒動はルージュの武器となるだろうと。

 だが、想定で来たところで、こちらに成す術などあるだろうか。

 大人しく銃から手を放し、私はルージュに訊ねた。


「……望みはなんだ」

「二人きりになりたい。別に私の部屋じゃなくてもいいわ。そこは譲歩してあげる」

「分かった。外に出よう。人気ひとけのない場所へ」


 即答する私に対し、ルージュは静かに微笑んだ。

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