表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
CALLAIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
人狼狩りのハンター
63/133

7.起きて欲しくなかった騒ぎ

 大丈夫じゃないだろう、そんなアンバーの予想は残念ながら当たってしまった。

 その報せを真っ先に運んできたのはダイアナだった。

 時刻は早朝。

 窓を軽く叩くその音で、私は目覚めた。

 アンバーはまだ鼾をかいている。

 その横で脱ぎ捨てられた衣服を拾い上げ、手早く着てから窓を開けると、途端に冷たい風に迎えられた。

 黒猫姿のダイアナが入ってすぐに閉めたものの、その冷たさに身震いしてしまった。


「やっと起きてくれた。あんまり遅いなら魔法で開けるところだったわ」


 黒猫姿のまま、後ろ足で耳の付け根を掻きながらダイアナはそう言った。


「おはよう、ダイアナ。新しい情報はある?」

「ある。というか、その話で町は騒ぎになっている」

「騒ぎ? ルージュの事で?」

「いいえ、違うわ。別の魔物よ」

「別の……?」


 と、寝惚けた頭で問い返したものの、私はすぐに昨晩の事を思い出して青ざめてしまった。

 すぐさまベッドへと駆け寄り、鼾をかき続けている相棒の体を揺さぶった。


「アンバー、ねえ、アンバー、起きて」


 そんな私の様子を見て、手伝おうと思ったのかダイアナも近づいてきた。

 猫の姿のままベッドへちょこんと飛び乗ると、だらしなく眠るアンバーを見つめ、猫ながら不敵な笑みを浮かべた。


「ふふん、どうやらあたしの腕の見せ所ね」


 と、言いながら爪をシャキンと伸ばしたところで、アンバーは目を覚ました。


「ん? んああ?」


 急に動いたものだから、その腕がダイアナの小さな体にぶつかった。

 そのまま寝惚けていたのだろうか。

 アンバーは「うへへ」と妖しい笑いを口にしながら、ダイアナの体をぎゅっと抱きしめ始めた。


「うぐう、何すんのよ、放して、放しなさーい!」

「あ? ああ? あれ、ダイアナじゃん。もうそんな時間なの?」


 目を擦りながら起き上がるアンバーに、私はそっと答えた。


「いつもよりまだ早いよ。でも、ダイアナが……」


 と、ダイアナへ視線を送ると、彼女はどうにかアンバーの腕から抜け出してから、アンバーと私の前でちょこんと座った。

 小さいながらもまるでお偉いさんのよう。

 そんな表情で、ダイアナは私たちに告げた。


「簡潔に言うから、よく聞いてちょうだい。昨晩の間に町で殺人事件があったの。それも、ただの殺人じゃない。被害者は女性で、ところどころ肉を噛み千切られていたそうよ。どう考えても人間の仕業じゃない。魔物がやったんだってさっそく騒ぎになっているの」


 それで、と、ダイアナはその目でじっとアンバーを見つめた。


「で、犯人と思しき種族として名前が挙がっているのが、人狼ってわけ」

「……人狼」


 アンバーはその単語を繰り返す、寝癖で乱れた髪をさらにかき乱した。

 苛立った様子で顔をしかめ、そして唸るように呟いた。


「アイツだ……アイツがやったんだ」

「アイツ?」


 首を傾げるダイアナに、私はすぐさま答えた。


「昨晩、怪しい人狼の男に会ったんだ。女性に乱暴しようとしていたところへ割り込んで、トラブルになった。多分、そいつが犯人だと思う」

「──なるほどね。可能性は高いわね」

「これからどうなりそう?」


 私の問いに、ダイアナは猫ながら険しい表情で答えた。


「事件は警察が捜査するはずだけれど、人狼探しについては民間人も疑心暗鬼になりかねないわ。うん、悪いことは言わない。あまり目立つような事をしては駄目。特にアンバー。出来るだけ外出は控えた方がいいわ」

「分かったよ」


 素直に返事をするアンバーに少しだけ安心しつつ、私はそっとダイアナに問いかけた。


「情報はそれだけ? ルージュの事は?」

「心配しないで。ちゃんとあるから。ルージュは相変わらずアヴァロンにいるわ。血は吸っていないみたい。この騒ぎですもの。彼女もそう目立った動きは見せないはず。もしかしたら、アヴァロンの付近から出てこない可能性もあるわね」

「そっか。やっぱりアヴァロンか……」


 悩む私に対し、ベッドの上からアンバーの声がかかった。


「おい、まさかとは思うけどさ、今日は行かないよな?」

「……どうしようか迷っている」

「行かないよな?」


 求めていた答えじゃなかったのだろう。

 再度問い返してくるアンバーに、私はため息交じりに視線を向けた。


「行って欲しくないってこと?」

「行くなってこと」

「どうして?」

「どうしてって、あんた、こんな状況だぞ。目立った行為はよくないだろう?」

「君はね。だけど、私は違う。アンバーはここで待っていてよ。すぐに帰って来るし、夕飯は一緒に食べるからさ」

「駄目だ。どうしても行くっていうのなら、アタシも一緒に行く」

「アンバー……」


 諭すように名前を呼んでも無駄だ。

 こういう時の彼女の願いは一つ。

 私の方が折れる事だ。

 だが、そういうわけにもいかない。

 私の方にだって譲れないものはあるのだから。

 と、彼女と本格的に向き合おうとしたその時、ダイアナが間に割って入ってきた。


「アンバー、よく聞いて。カッライスは大丈夫だとしても、あなたは違うわ。今の状況は危険すぎるし、オススメできない。それに、カッライスなら一人でも大丈夫よ。彼女だってプロの狩人なのだし」

「──そうだけど」


 と言いながら、アンバーは激しく頭をかき乱した。


「ああ、もう。どうして。どうしてこんな事に」


 そう言って彼女は項垂れてしまった。

 これ以上、彼女にストレスはかけられない。

 そう思い、私は一度冷静になった。

 アンバーだって分かっているだろう。

 それに、この状況は決してアンバーのせいではない。

 全てはあの男。

 昨日、出会ったあの男のせいだ。


 ──あの時、拘束出来ていれば。


 だが、何の罪でそうできただろう。

 あの時はまだ、証拠なんてなかった。

 彼が人狼という事が分かっただけだった。

 それだけで彼を殺していいのならば、同じようにアンバーが傷つけられる事も許されるという事になってしまう。

 本当に、どうしてこんな事に。


 沈黙する私たちを、ダイアナは見比べる。

 そして、こほんと小さく咳払いをしてから、私たちに言った。


「とにかく、あたしは今後、ルージュの事に加えて、この人狼騒ぎについても追いかけてみるわ。そして、情報が分かったらいち早く報せに来るから。あ、そうそう、念のためだけど、今朝の新聞でもこの事件の事が取り上げられているはずだから、読んでみた方がいいかもね。ま、今の時点では、あたしが言った事とあんまり変わらないと思うけれど」


 得意げに笑うダイアナを抱き上げながら、私は彼女に頷いた。


「分かった。お願いするよ。でも、気を付けて。人狼騒ぎでパニックになっているのだとしたら、皆、過敏になっているかもしれない。君が魔女だって分かったら、危害を加える人が現れるかも……」

「大丈夫よ。そんなピンチ、何度も潜り抜けてきたんだから。人前で変身しなければ大丈夫だし、不用意に喋らなければいいだけ。魔法だって色々なものがあるわけだし」

「それなのに吸血鬼には捕まったんだなぁ」


 気怠そうなアンバーの言葉に、ダイアナはブンっと大きく尻尾を振ってから答えた。


「あの時は未熟だったの。でも、今は違うんだから。ねえ、そんな事よりも、そろそろ朝ごはんにしましょうよ。あたし、お腹ペコペコで帰ってきたんだから」

「朝ごはんか。ねえ、アンバー。何を食べたい?」

「別に。何もいらない。お腹空いたら自分で買いに行くよ」

「……ねえ、アンバー。怒っている?」

「怒ってない」

「怒っているでしょ」

「怒ってないって言ってるだろう!」


 怒った。

 いや、ここは怒らせたのが正解だろう。

 むしゃくしゃしてしまうのも分かるのだが、けれど、彼女の望みを叶える気にもならない。

 どうしようもない空気が流れる中で、ダイアナは呆れたような表情を見せ、ぴょんと私の腕からすり抜けた。

 そのまま項垂れるアンバーに体をぴたりとくっつけた。


「アンバーの事はあたしに任せて、カッライスはご飯買ってきて」


 そう言って胸を張る小さな黒猫の存在が、今はかなり有難かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ