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CALLAIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
人狼狩りのハンター
61/133

5.常連らしき女性

 世の中、結局は金なのだろうか。

 そんな事を思いながら、私は着替えていた。

 せっかくアヴァロンまで行ったというのに門前払いに近い事をされて、屈辱ながらに帰ったのは昨日の事。

 文句を言い続けるアンバーを宥めつつ、私だってその十倍は文句を言いたい気分だった。

 あのまま滞在できればどんなに良かったことか。

 少なくとも張り込むことでルージュと思しき女性を目撃できたかもしれないのに。

 しかし、それは叶わなかった。

 私たちに許されたのは前日と同じ安い酒場での夕食と、すでに馴染みつつある硬めのベッドでの睡眠だった。

 高級ホテルの柔らかいベッドというものも興味はあるが、幸いにも体はスッキリしている。

 ぐっすり眠れたからだろう。

 アンバーのお陰ではある。

 体力お化けの彼女に付き合わされれば、どうしたって眠気は強くなるものだ。

 その為、昨晩はすぐに眠ってしまい、そのせいもあるだろう、アンバーは何処か不満そうだった。


「ねえ、本当に行くのー?」


 気怠そうに問いかけてくるアンバーに、私は答えた。


「せっかくだし、アヴァロンで夕食でもどう? 昨日はちょっと無理だったけれど、一時間程度なら無理ではないんじゃないかな」


 勿論、時間帯で価格が大きく変わらなければの話ではあるが。

 だが、いずれにせよ、アンバーの食いつきは悪かった。


「どっかでご飯買ってきて、今宵はこの宿で過ごすのも悪くないんじゃないかなぁ」

「具合でも悪いの?」


 満月の日はまだ先だ。

 しかし、思い当たるのはいくつもある。

 飲みすぎ、食べすぎ、いずれも常日頃のアンバーから容易に想像できることだ。

 だが、どうもそういうわけでもないらしい。

 悪いのは体調ではなく機嫌なのかもしれない。


「だってさぁ、どっかの誰かさんが昨日すぐに寝ちゃうんだもん。お陰でこちとら物足りないよ。狩りがしたくてウズウズしているんだ」

「……そういうことか」


 人狼の狩猟欲求というものがどういうものなのか。

 その実際は今でもよく分からない。

 恐らくアンバーの訴える欲求は、アンバーにしか分からないものなのだろう。

 私に出来る事は、ともかくアンバーの心がすっきりするまで付き合う事。

 しかし、あまり時間を浪費するようなら、それも難しい。


「帰ったら存分に付き合うからさ。辛抱してよ」

「うーん、それはいいんだけどぉ」


 だらだらする彼女を見つめ、私はそっと告げた。


「気が乗らないなら、留守番していてもいいんだよ。私一人で行ってくる。何なら、独りの方がいいかもしれない。君が一緒だと、ルージュは警戒するみたいだから」


 すると、その言葉に反発を覚えたのだろう。

 あれほど、だらだらしていたアンバーが、突然起き上がった。

 そして、無言のまま私の傍まで近寄ってくると、ガシっととんでもない力で両肩を掴んできたのだ。

 その強さに一瞬表情が歪んでしまった。

 だが、誤魔化しつつその顔を見上げると、アンバーは言った。


「一緒に行く」


 ぶすっとした様子でそう言われ、私は静かに頷いた。


 さて、そんなやり取りがあって一時間後、日の沈みゆく町を私たちは歩いた。

 高台から見つめる先で、アヴァロンのシンボルであるリンゴの像がギラギラとした明かりに照らされているのが見えた。


「あーあ、気分が悪いなぁ」


 アンバーはそのリンゴを見つめながら言った。


「遠吠えしたい気分だよ。アヴァロンのオーナーは、人食い女なんだぞーって」

「アンバー……」


 咎めるようにその名を呼ぶと、アンバーは苦笑しながら言った。


「大丈夫、誰も聞いてないって。でもさ、嫌になんない? 悪い奴なのに、堂々としていてさ、こっちは手出しも出来ないなんてね」

「仕方ないよ。組合の件もあるし……」


 オブシディアン組合長とハニーのやり取りについては、ほんの少しだけ耳にする機会があった。

 向こうがその気になれば、組合ごと潰されかねないのは本当らしい。

 そんなまさかと言いたいところだが、金絡みの縁はそれほどまでに厄介であるという。

 勿論、潰すといっても、いきなり解散させられるわけではない。

 ハニーの人脈を中心に、仕事が激減していく事から全ては始まるのだという。

 そうなれば、私やアンバーだけの問題ではなくなってしまう。

 だから、ハニーに対しては、正体が分かった今であっても手出しできないままだった。

 だが、幸いなことに、ルージュはその限りではない。

 すでに彼女は有名になりすぎている。

 ハニーが庇いきれないまでに、ルージュの噂を耳にし、狙い始めているハンターは存在している。

 その為、ハニーがルージュのために出来る事は、せいぜい身を隠せる安全な場所を確保することだけ。

 その一つが、あのアヴァロンなわけだが。


「ともかく、行こう。今はルージュを探すことに集中するんだ」

「了解」


 その後、夜の喧騒の中を進みながら、私たちはアヴァロンへと急いだ。

 ここへ来た日からずっと思っている事だが、やっぱりこの都の夜の雰囲気は私好みではない。

 どこもかしこもギラギラしていて、気分が落ち着かなかった。

 だが、アヴァロンは違った。

 リンゴを照らす光はこの都の夜に相応しいまでにギラギラしていたが、酒場に足を踏み入れてみれば、緊張感を覚えるほどにしんとしていた。

 控え目な音楽が隅のピアノから奏でられ、テーブルを囲む人々の話し声もかなり抑えられている。

 昨日の昼に訪れた時よりもだいぶ客は多い。

 それなのに、静けさは同じくらいであるものだから、びっくりしてしまった。

 カウンター席を見てみれば、昨日とは違う男性がそこにいた。

 近寄ってみれば、彼は私たちを見るなり、声をかけてきた。


「昨日来たという狩人さんたちでしょうか」

「ええ、その通りです」


 すぐさま身分を証明するナイフをケースごと示すと、彼はその印を確認してから、私たちに笑みを向けてきた。


「すみませんね、昨日は予定があったもので。話は聞いております。何でも、うちの店に訪れるお客様の件でお訪ねになったとか」

「はい。ルージュという吸血鬼を探しております。金髪に葡萄酒色の目の女性です。この店に出入りしているという話を聞いて、やって来たのです」

「なるほど」


 彼はそう言うと、小さく溜息を吐いてから、声を潜めた。


「吸血鬼かどうかは分かりませんが、確かに金髪に赤みがかった目をした綺麗な女性はよくお越しになります」

「その人は、今は……?」


 と、思わず周囲を窺う私に、彼は言った。


「今日はお見かけしておりません」

「……そうですか」


 このまま待てば、いつかは来るだろうか。そう思いつつ、私は店主を振り返った。


「彼女の事で、何か変わった事などありませんか」

「変わった事……ですか」


 困ったように考え込み、やがて彼はふと思い出したように答えた。


「そういえば、彼女が初めてこの店に来た時、奇妙なやり取りをしましたね」

「奇妙なやり取り?」


 アンバーが問い返すと、彼は頷いてから答えた。


「どうやら前の店主を訪ねてきたようだったのです。お酒も預けていると言って、しかし、その前の店主という人は、十年も前に亡くなっているのです。ですが、彼女の見た目の年齢からすれば、数は合わない。恐らくお母様が、彼の時代の常連だったのでしょうとその時は思っておりましたが……。ですが、吸血鬼ですか。俄かには信じられませんね。とてもそのように見えませんが」

「その方がルージュであるとは断言できません。ただ、念のために確認したいのです」


 私の言葉に、彼は静かに頷いた。


「ええ、私としても、確認していただきたいのは同じです。彼女は、決まった時刻にいらっしゃいます。お預かりしているお酒をいつもお出ししています」

「それって、だいたい何時ごろですか?」

「もうそろそろ……だとは思うのですが、確かではありませんよ。宿泊されているようですからね。気分次第では客室でお飲みになるでしょうし」

「……そうですか」


 もう一度、私は店内を振り返った。

 やはり、来てはいない。

 見渡してみても、それらしき人物は何処にもいなかった。

 そのまま黙っていると、アンバーがふと店主に言った。


「オススメのお酒をグラス一杯ずついただけますか? そろそろ、ということでしたら、ちょっと待ってみます」

「ええ、分かりました。では、黄金の林檎と呼ばれるお酒をご用意しましょう」


 その価格は、決して安くはなかった。

 それでも、時間をかけて飲むにはちょうどいい酒ではあった。

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