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CALLAIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
人狼狩りのハンター
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4.高級酒場アヴァロン

 アヴァロンまでの道は良く知っている。

 というか、迷う心配なんてないだろう。

 少し高台に行けば、その店の象徴であるリンゴの像が目に入る。

 何処かギラギラとした雰囲気は、正直に言って近寄りがたいところもあるのだが、ルージュが滞在しているとなれば話は別だ。

 見晴らしのいい高台より、手すりを握りながらその姿を睨みつけていると、不意に冷たい風が吹いて手首に沁みた。

 そっと抑えると、隣にいたアンバーがすぐに気づいた。


「おや、まだ沁みるかい?」

「ちょっとだけね」

「はは、安心しなよ。沁みるってことは効いているってことさ。にしても、あんたらしくないなぁ。ああやって可愛い黒猫ちゃんに引っ掛かれるのはアタシの役目だってのに」

「自覚あったんだ……」


 小さくツッコみながら、私は軽く右手をさすった。

 薬を塗って、包帯を巻いてくれたのは他ならぬアンバーである。

 なお、そのきっかけを作った張本人──ダイアナについては、約束通りの金を渡したことで、どうにか機嫌が戻った。


「まあ、分からないでもないけどね。猫じゃないあんたがアレなんだもん。ダイアナはどうなっちゃうんだろうね」

「町中で正体を晒したりしないといいけど……」


 現在において、魔女はただ不思議な力を持った人間という事にはなっている。

 かつてのように魔女というだけで火炙りにされるような恐ろしい時代ではないし、そこは人狼などとは違うだろう。

 とはいえ、全く警戒されないわけじゃない。

 人の心──とりわけ恐怖心というものは、なかなか制御できないものだ。

 たとえ、怪しい力を持っていたとしても、人を殺してはならないという決まりが、どれだけダイアナを守れるかどうかは分からない。

 それに、そもそも、彼女だってルージュに死刑宣告されている身だ。

 目立ったことになってはいけない。

 と、そのような事情を考慮した結果、マタタビ酒はオススメ出来ないという結論に至ったわけなのだが、私の気持ちは伝わらなかったらしい。


「ダイアナちゃん、マタタビ酒のこと、ずっと楽しみにしてたからねえ。その気持ちを台無しにされたら怒っちゃうのも仕方ないさ」

「んー、なるほど。勉強になった」


 他人の気持ちを理解するということは、時に私にとって大変難しい。

 何なら、あらゆる怪物と対峙して、次に獲物がどう動くかを読む時よりも難しい事がある。

 ひょっとしたら、育ちが特殊すぎたせいかもしれない。

 ルージュのもとにいた頃は、ほぼ二人きりの世界だった。

 客人はいたし、ハニーのようにしばらく滞在する者もいたはずだが、人間の子らしく育ったわけではない。

 一応、ペリドットに引き取られてからは、アンバーと成長する上で、色々学べたとは思うのだけれど、時折、私はこの育ちが足を引っ張っていることを自覚することがある。

 とはいえ、それもダイアナからすれば言い訳に過ぎないだろう。

 ヒリヒリする手も学びの一つ。

 そう思いながら、私はアヴァロンの姿を眺め続けた。


 外観はアトランティスによく似ている。

 シンボルとなるものが違うだけだろう。

 煌びやかな黄金の塗装は、蜂蜜をイメージしているのかもしれない。

 アトランティスの時は事情を知らなかった事もあり、何も思わなかったのだが、今回はさすがに違う。

 あそこもまた敵陣のようなものだ。

 末端で働く人々は何も知らないと信じたいところだが、そこにいる全員が無害であるとは限らない。


「アヴァロンかぁ」


 ふと、アンバーが呟いた。


「飲みたい?」


 そっと訊ねると、彼女は苦笑を浮かべた。


「うーん、どうかな」

「意外だね。即答で『勿論』なのかと思った」

「おいおい、アタシを何だと思ってるのさ。いや、なんつうかね、ああいう酒場はちょっと苦手かもって思ったんだ。金持ちばっかりがいるからかな。堅苦しくてむずむずしちゃうんだよね」

「そうなの? 私はよく分からないや。縁もないし」

「アタシもそうだよ。ただ、ほら、前にアタシ、お金持ちだった時期があったじゃんか。あの時に観光がてら金持ちしか入らないような店もいくつか行ったんだよ。そこで強く感じたってわけ」

「ずるいなぁ。一人でしっかり楽しんでいるんだもん」

「おい、あの時、あんたをいくら誘ってもルージュに首ったけだっただろうが」

「まあね」


 そして、今もまたそれは変わらない。


「ま、とにかくさ、そう言う事だから出来れば行きたくないのよ、アヴァロンみたいなとこ。あー、参ったなぁ。違う店に行きたいなぁ」

「嫌なら別について来なくていいんだよ。私一人で行くから」

「そういう訳にはいかないの」

「……面倒な奴」


 しかし、アンバーからすれば、私こそが面倒な奴なのかもしれない。

 文句を散々言いながらも、結局のところ彼女は私を物理的に止める事もなく、アヴァロンまでついて行った。

 その道すがら、視界に映る店をいちいちアピールするなどこちらの足を止めようとはしてきたけれど、ただのちょっかいみたいなものだったのだろう。

 相手をしないでいると、大人しくついて来るようになった。

 そうして、そう時間もかからないうちに、二人一緒にアヴァロンまでたどり着いた。


 門前払いをされたらどうしようと一瞬だけ不安になったが、どうやら酒場の方は誰でも入れるらしい。

 呼び止められる事もなく、二人一緒にカウンター席まで向かう事が出来た。

 店内の客はまだ少ない。

 これは時間帯のためだろう。

 ただ、賑やかになったとしても、昨日、アンバーと夕食を楽しんだ店とはだいぶ違う雰囲気であることはよく分かった。

 カウンター席の向こうでグラスを拭いている若い男性店員も、どこか気取った様子だった。


「あの……ちょっといいですか」


 と、私は彼に声をかけた。


「何でしょう」


 やや冷たい声が返ってきた。

 とりあえず、聞いてくれる気はあるようだ。

 そこに安心しつつ、私は懐からあるものを取り出した。

 ケースに収めてあるナイフである。

 刻まれているのは私の名前とマークであった。

 それこそが私の身分を証明するものにもなっている。

 この意味を理解できない一般人がいる事も確かだが、さすがにこういう店で働く大人はそれなりの教養があるものだ。

 彼もまた、一瞬にして私たちの身分を理解したようだった。


「魔物狩りのハンターさんたちが、この店に何の用でしょう」


 怪訝そうに尋ねてくる彼に、私は小声で説明した。


「この店に、魔物が出入りしているという情報を聞いてきました。ルージュ。その名前をご存知ではありませんか。口紅の吸血鬼とも言われる、凶悪な魔物です。葡萄酒色の目に、金髪の美しい女性。憶えはありませんか?」


 その言葉を彼は静かに聞き、しばし黙り込んだ。

 グラスを拭きながら何かを考え込むと、少し困ったような表情で答えた。


「申し訳ございませんが、現時点では私にはお答えできません」

「どうして?」


 アンバーが思わず口を挟む。


「まさか、吸血鬼の肩をお持ちになる?」


 どこか大袈裟で、厭味ったらしいその言葉を受けても尚、彼はただただ困惑した様子のまま弁明してきた。


「生憎、本日は店主が不在なのです。そういうお話でしたら、店主に直接していただけますか。明日の夜にはいるはずですので」

「明日……ですか」


 無駄足とまではいかないが、だいぶ肩透かしだった。


「それならまあ、話は聞かずとも、今日の夜までここに居座らせてもらおうかな。吸血鬼が現れたら大変ですし」


 そう言って、アンバーがカウンター席に座ると、彼は困ったような表情を見せた。


「ええ、それは構いませんよ。ただし、ご滞在なさるのでしたら、相応のご注文をいただくことにはなりますが」


 と、彼はすっとメニュー表を差し出してきた。

 そこに書いてある金額をさり気なく確認すると、途端に頭が痛くなってきた。


「この店の決まり、というわけではないのですが、長くお寛ぎいただく場合、だいたいのお客様は一時間ごとに三品はご注文なさいますね」


 にこにこしながら彼は言う。

 回りくどい言い方だが、要するに注文しないなら帰れということだろう。

 アンバーも私と同じくメニューに目を通し、一瞬だけ動揺して見せた。

 だが、私たちの反応を見てどこか見下すように目を細めた店員の様子に気づくと、むきになり始めた。


「おお、さすがはアヴァロンさんだぁ。素晴らしい品揃えじゃないですか。いいでしょう、このまま夜まで飲み明かすとしましょ──」

「あ、あの、申し訳ありませんが、明日の夜また伺います」


 そう言って私は慌ててアンバーを引きずり、逃げるようにその場を後にした。

 お陰で破産は免れたが、収穫はゼロ。

 すごすご去っていくその間も、アンバーは実に不機嫌そうに唇を尖らせていた。

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