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CALLAIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
人食い領主の子孫
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13.組合の拠点にて

 ミエール城からの使者が組合の拠点へやってきたのは、奇跡の脱出劇からほんの数日後のことだった。

 荷物も犠牲になったし、恐らく無報酬。

 だが、命あっての物種。損はしただろうが、ただ働きでも構わない。

 そんな事をすっかり思っていたところだったので、訪問を受けた際は面食らってしまった。

 遣わされたのは、森の怪人を仕留める際に見届けたあの顔色の悪い男性だった。

 恐らく彼らもハニーと同じ一族の者たち。

 いったいどの面を下げてやって来たのかと問い質したいところだったが、生憎、拠点に駆けつけていたベテラン狩人の存在が、そんな私たちの良きストッパーとなった。


「相談事でしたら、私も同席させていただきますよ」


 そう告げたのはそのベテラン狩人──オニキスだった。


「同じ組合の上司として、イレギュラーな取引が生じる際にはきちんと見届けなくてはならないのです。それに、この子たちは一人前ではありますが、幼い頃から知る親戚の子のようなものでしてね。直系の弟子というわけではありませんが、何かの間違いが起こっては困りますからね」


 陽気な笑みと朗らかな口調でオニキスはそう言った。

 だが、その表情と声色に反して、言葉には牽制が見え隠れした。

 それもそのはず、ミエール城でのことは報告済みだ。

 オニキスがやってきたのは、近くで仕事があったからに過ぎないが、彼らが何者であるのかはここへ駆けつけて来た時から既に把握していた。

 魔物狩りの狩人として経験豊富であるだけに、オニキスもまたミエール城やハニーの一族に関する黒い噂こそ知ってはいたが、ここまではっきりと聞かされるのは初めてだったらしい。

 だが、彼の言葉通り、ペリドットの弟子である私たちは親戚の子のようなものなのだろう。

 さほど疑う事もなく、彼は信じてくれたのだ。


 一方、ミエール城の使いの方の反応はというと、これまた感情が全く読めなかった。

 具体的な名前も明かさないまま、彼は短く頷いてみせた。


「ええ、構いません。その方が色々とご都合もいいでしょう」


 淡々と彼は言った。


「ですが、どうか、お疑いなく。私はここへ争いに来たわけではございません。城主であるハニーはこの度のトラブルに対し、平和的解決を望んでおります。勿論、それとは別に、手続き済みの報酬に関しても、しっかりと御組合に支払う意思がございます」

「なるほど」


 アンバーが真っ先に口を開いた。


「で、平和的解決っていうのは?」

「ミエール城より、あなた方、ひいては御組合全体に対しての世間的扱いについての取り決めです。この度の件──あなた方のミエール城内での態度について、もしもハニーがその気になれば、御組合は多大なる不利を被る事になるでしょう。しかし、そのような手は好ましくありません。ですので、あなた方が城内であったことを決して口外しないと約束してくださるのであれば、そのようなことは致しません。それを約束するために、私はここへ参りました」


 つまり、ハニーが人食いであることを口外しようものなら、組合を潰すということだろうか。

 それほどの力があるのかと疑いたくもなるところではあるが、アトランティスの経営やその交友関係を考えるに、あり得るかもしれないという気持ちにはなってしまう。

 何よりも、自分たちの一存で、オブシディアンを始めとした同組合員の狩人たち──特に師匠であるペリドットに迷惑をかけるわけにはいかない。

 即答なんて出来るはずもなく黙ったまま思案を続けていると、端で聞いていたオニキスが今度は口を開いた。


「なるほど、話はよく分かりました。この件は組合長と相談せねばなりませんので、お返事はこの場では出来かねます。後日改めて返事をミエール城に送るということでよろしいでしょうか」


 オニキスの言葉に対し、ミエール城の使者は表情一つ変えぬまま頷いた。


「ええ、構いません。そのようにハニーへお伝えしましょう」


 こうして、緊張の時間は終わった。

 彼らを見送ってすぐに、オニキスは言った。


「いいか、二人共。今のような時は、その場で勝手に判断してはいけない。必ず、本部に連絡を入れ、組合長に確認すると伝えるんだ。今回の件も、まずは手紙で報告するといい。その返信はオブシディアン組合長が直々にミエール城へ伝えるはずだ。後はそちらに任せ、君たちはその後の狩りに集中すればいい」


 釘をさすようにそう言われ、アンバーも私も静かに頷いた。

 その日のうちに、拠点から程近い集落に立ち寄って本部宛てに手紙を送ると、あとはもうやる事がなくなってしまった。

 だが、すぐに何かしらの依頼を受け、ここから移動するつもりはなかった。

 何故なら、今こうしている間にも、ダイアナがルージュの様子を探っているからだ。


「で、いつまで此処にいるつもり?」


 共に使っている寝室の一つで寛ぎながら、アンバーは訊ねてきた。


「賞金首のルージュを追うのは結構だけどさ、仕留めるまでだって生活費は必要じゃん。いつまでもこうしているわけには──」


 と言いかけた彼女に、私は複数の依頼書を見せつけた。

 持ってきたのはオニキスだ。

 ここに記されているのは、この拠点から近い位置で可能かつ、さほど難しくのない依頼ばかりだった。

 ここでしばらく日銭を稼ぎ、組合から白い目で見られる事を避ける事は十分に出来る。

 アンバーはどこか呆れた様子で依頼書を受け取ると、その一つ一つに目を通していった。

 そして、短く息を吐いてから言った。


「どれもこれも今日明日で出来そうなやつばっかりだね」

「そうやって油断して、大怪我しても知らないよ」

「はは、大丈夫さ。何なら人狼にとっちゃ獲物でしかない奴も紛れてら」

「だとしても、気を付けないと。その中には人狼狩りも含まれているみたいだ。違う組合の狩人が、君を狙う事だってあり得るかもしれないでしょ」


 そんな事は絶対にないと、自分で自分を否定したいところだったが、人狼狩りというものは相手が人狼であると分かっただけでも討伐対象となる。

 その人狼が善良に生きているか、本能に従って人狼らしく生きているかなんて全く関係ない。

 もしも、アンバーが人狼であると知れ渡るような事があれば。

 そんな危険性を彼女も理解したのだろう。


「た、確かに……」


 ばつが悪い表情でそう言うと、依頼書を私に返してきた。


「ここにしばらくいるつもりなら、警戒しすぎるくらいがちょうどいいかもな。分かったよ。あんたの言う通り、いつも以上に気を付けるよ」


 いつになく素直なその言葉に、私はホッとして彼女へ視線を向けた。

 そして、その後ろの窓際に現れていた影に気づいて、すぐに立ち上がった。

 窓辺にいたのは猫だ。

 そう、黒猫である。

 静かに窓を開けてやると、猫はするりと入り込み、寝室の床に着地してから後ろ足で頬を掻き始めた。

 私が窓を閉めると、猫はようやく口を開いた。


「今日、ここに奴が来たでしょう」

「来たよ。向こうでは何か言っていた?」

「ええ、あの男の報告の様子を盗み見ることが出来たわ。心配しないで。ハニーは下手に動いたりしない。ただし、あなた達が約束を破ろうものなら、すぐに動くでしょうね。特にアンバー」


 と、ダイアナは猫の手でアンバーを指さした。


「あなたの正体はとっくの昔に把握されているわ。その事を彼女が利用しないはずがない。ただでさえ、あたしがいた頃から、やがて手に入るだろうあなたの毛皮でいつどのくらい儲けるか、わりと具体的に計算していたくらいなんだから」

「おいマジかよ。奴ら他人の毛皮を勝手に──」


 ぐぐぐ、と、握り拳を作るアンバーに呆れながら、ダイアナは言った。


「とにかく、彼女たちを甘く見ては駄目よ。あの男が言っていた約束は、きちんと守って。そうしたってこっちにも出来る事はある。彼女たちにとって、ルージュの存在はアキレス腱なの。さすがに彼女を表立って庇うには難しい状況ってわけ」

「つまり、このままルージュを狙う分には問題ないってことだね」


 私の問いに、ダイアナは頷きつつ呆れた様子で言った。


「あなたはあなたで、ルージュのことしか頭にないのね」


 そして、尻尾をぶんとひと振りしてから、澄ました様子で彼女は告げた。


「では、そろそろ今日のメインの報告をいたしましょうか」


 その後はいつものように、その猫の目で見てきたルージュの事について教えてくれた。

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