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CALLAIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
人食い領主の子孫
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2.人食い鬼の退治

 かねがね言われている通り、ミエール城とその城主一族には不吉な噂が付きまとう。

 領民が姿を消すたびに、彼らがその血肉を食しているのだと言われ続けてきた。

 かつては本当に訴えが起こり、取り調べを受けた過去もあったらしい。

 だがやはり、確たる証拠というものはなく、ミエール城の城主は今も変わらずその末裔が引き継いでいる。

 時代が変わっても、彼らの権威は変わらない。

 けれど、それと同時に、彼らにまとわりつく人食い伝説もまた色褪せずに残り続けているのだ。


「時代が時代ですし、きっと今では考えられないような軽い罪でとんでもない罰を受けた領民もいたのでしょうね。そうした行為への不満や恐怖が人食いという陰口に繋がったとしても不思議ではありません。ただ、それだけではありません。この地はとても美しく、誇り高く思っているのですが、その一方でかねてから住み着いている魔物に悩まされてきたのです」

「何の魔物です?」


 アンバーが問いかけると、ハニーは目を細めて静かに答えた。


「人食い鬼ですよ。色々種類がいると聞きますが、その中でも獣に近い種族のもの。名前は存じませんが、全身が黒い毛で覆われていて、遠目だと巨大な熊のように見えるのだとか。一人きりでいる者を襲い、攫ったあとは骨まで食べてしまう。命からがら逃げおおせた者が、この存在を私どもに教えてくれたのです。きっと、古くから伝わる噂話の犯人は、彼らなのでしょうね」


 熊のような毛で覆われた人食い鬼。

 その特徴に一致する魔物は幸いにも知っていた。


「恐らく森の怪人と呼ばれる魔物ですね」


 この地域のみならず、手つかずの山林にはいるものだ。

 確かに彼らが古くから住み着いているのならば、と思わなくもない。

 ──だが。


「森の怪人、ですか。全く困ったものですよ」


 私の言葉に、落ち着いた様子で苦笑しつつ、ハニーは言った。


「何せ、今でも私どもが人食いなのだと信じる者もいるそうですので。幸いにも、だからと言って魔物扱いされて危害を加えられた事はありませんが、そろそろ平穏に暮らしたい」

「それで、駆除して欲しいと」


 アンバーの問いに、ハニーはゆっくりと頷いた。


「時代の変わった今でも、この辺りの住民や観光客が行方不明になってしまう事件があります。その度に、私たちが食べたと思われるのはこりごりなんです。それに、これ以上の犠牲を出さないためには駆除しかない。勿論、それなりの報酬は用意させていただきますよ」


 森の怪人の駆除となると、大仕事ではある。

 二人で取り掛かって山分けするとしても、しばらくは金に困らない暮らしが出来るだろう。

 そう考えれば労力に見合う魅力的な依頼内容に思えるのだが、それでもやはり心の中のつっかかりは消えなかった。


「ご依頼の内容は分かりました。予定通り引き受けましょう。その代わりと言っては何ですが、少しお聞きしたいことがあります」

「はい、何でしょう」


 にこやかに訊ねてくるハニーを見つめ、私は単刀直入に問いかけた。


「確かあなたは、アトランティスのオーナーをされているのでしたよね」

「ええ、そうですね。それが何か」

「別件で追いかけている賞金首の吸血鬼がいるのですが、彼女がアトランティスに滞在していた形跡があるのです。ルージュという吸血鬼の女性ですが、ご存じありませんか?」


 我ながら思い切り過ぎたかもしれない。

 だが、絶好の機会を逃すことは出来なかった。

 そんな私に対し、ハニーは表情を全く崩さない。

 しばし考え込んだ後、彼女はようやく答えてくれた。


「賞金首の吸血鬼ルージュ……その存在は確かに聞いたことがあります。被害者の傍にはいつも口紅で何かしらの伝言が遺されているのだとか。アトランティスのあるあの町でも、彼女の仕業とされる殺人事件で揺れていた時期がありました」

「その頃に私たちはあの町にいたんです。そして、アトランティスで彼女を──」

「残念ですが、それについてお答えできることはありません。ルージュの話は飽く迄も噂程度にしか存じませんので。ご協力できず申し訳ない」

「……いえ、それならいいのです」


 ハニーの表情は全く変わらない。

 もしも、指輪の事がなければ、本当に知らないのだと思ってしまいそうなほど。

 だが、私はあの指輪を見ている。

 それに、アトランティスには確かに彼女がいた。

 彼女の存在が不思議と隠されていた。

 そして何より、指輪の幻影の中で、ルージュは彼女に対して親しげに呼びかけていた。

 この人は、何かを隠している。


「どうしても気になるのでしたら、こちらでも詳しく調べてみましょうか。もしかしたら、あなたの求める情報が見つかるかもしれませんので」


 表情を変えぬまま申し出る彼女に、私もまた内心を悟られぬよう表情を必死に固めながら頷いた。


「お願いします」


 勿論、期待はしない。

 しないというか出来なかった。

 とはいえ、まだ彼女に裏があるという確証もない。

 それに、少なくとも表面上は敵意もないようだ。

 ただでさえ金も権力もあるような相手に、こちらからむやみやたらと敵意を向けるのは愚かとしか言えない。

 ただ、不安だった。

 自分が演技力というものに全く恵まれていない事は嫌というほど分かり切っている。

 果たして、こちらの思惑をどれだけ隠せているだろう。


「アトランティスといえば」


 と、そこへ、アンバーが話に割り込んできた。


「あの町に滞在している時、一度泊まってみたかったんですよね。ただ、恥ずかしながら、アタシたちの手持ちではちょっとばっかり足りなくて」


 お茶を濁すように笑う彼女に救われる形で、私は口を噤んだ。

 ハニーは満面の笑みをアンバーに向けて応じる。


「そうでしたか。それでしたら、依頼の件が無事に片付いたあかつきには、報酬と共にご招待いたしましょうか。二泊ほどすれば、その噂の吸血鬼がいたという場所も確認できるかもしれませんしね」

「いいんですか? 光栄ですね。そうとなればとんぼ返りしなきゃいけない」


 喜ぶアンバーだったが、ハニーはそんな彼女に静かに告げる。


「ちょうど毎月、満月の前後にイベントがあるんです。その時で良ければ」

「ま、満月の前後ですか……!」


 動揺を隠しきれないアンバーに、ハニーは軽く目を細めた。


「アトランティスから眺める月夜が売りの一つなのですよ。……それとも何かご都合が悪かったでしょうか」


 さらりと問われ、アンバーは狼狽えてしまう。

 いつもの調子がすぐに戻らない彼女に代わり、今度は私が答えた。


「せっかくのお心遣いですが、応じられるかどうか分かりません。まずは依頼を無事にこなさないと。それに加えて、ルージュが次に何処で目撃されるかも分かりませんので、アトランティスまで戻れない可能性もあります」


 静かに断ると、ハニーもまた落ち着いた様子で頷いた。


「そうですか。残念ですが、おっしゃる通りですね。まずはその……森の怪人でしたっけ、やつらを駆除していただかないと。聞くところによると、獣に近いタイプの人食い鬼は、クマ狩りよりも厄介だとか。しばらくかかるでしょうし、宜しければこの城に滞在しながら取り掛かっていただきたい。逐一、報告していただければ助かるのです。その内容次第で、報酬に上乗せが発生するかもしれませんので」


 即答できずにしばらく黙っていると、ハニーは付け加えるように言った。


「勿論、食事などはこちらで用意させていただきます。拠点も近いとは聞いておりますが、あなたにとって悪い話ではないはずですよ」


 妙に含みがあるように感じ、私はじっとハニーを見つめた。


「有難い話ですが──」


 と、アンバーが断りかけたところで、私は割り込んだ。


「有り難い話です。それではしばらくお世話になります」


 真横で息を飲むアンバーには目もくれず、私はハニーの表情だけを見つめていた。

 その蜂蜜のような目の奥。

 そこに隠された表情を読み取ろうとしたが、どうにもうまく行かなかった。

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