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CALLAIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
傀儡の館の死人使い
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14.次なる依頼

 アンバーの期待通り、その後の仕事は順調に進んでいった。

 すっかり脅威の消えた館はただ不気味なだけの場所になり、遺体の収容も問題なく完了した。

 その多さと、人形に作られかけていた遺体の有様に、町長はだいぶ参っていたようだ。

 おまけに彼の先祖も暮らしていた館とその財産と言うべき作品たちも死臭がこびりついているとなれば尚更だろう。

 それでも、安全になったのは間違いない。

 この死臭さえ何とかなれば、彼が心のどこかで抱いている観光用としての道も不可能ではないかもしれない。


 いずれにせよ、ここから先は私たちの介入すべき事柄ではない。

 契約期間いっぱい、私とアンバーは町の周囲を探り続け、死人使い以外の脅威──つまり、町の女性を殺した張本人であるルージュが再び襲ってこないか警戒し続けた。

 だが、たった一人分の吸血で満足してしまったのだろうか。

 六日以上経っても、彼女は現れなかった。

 さらに一週間、二週間と過ぎる頃には、私たちも町の人々も悟り始めていた。

 吸血鬼はもう近くにいない。この町には安全が戻ってきているのだと。

 こうなると、いよいよ私たちはお払い箱だった。

 もともとの契約は間もなく終了する。

 更新されないだろうと分かってくると、私の意識はここを去った後の事へと向いていた。


 今後の事を決めるにあたって、私はしばらく静かに悩んでいた。

 前にいた町でシャローズ刑事に教えて貰った情報を頼りに進んでみたいところだが、もしもそちらにルージュが進んでいないとなれば、話は変わってくる。

 ルージュはやはり手強いし、ちょっとの事では命を落としたりしないだろうという妙な信頼もある。

 とはいえ、過信は出来ない。

 彼女に執着する者がよりによって同じ組合にいると分かっている状況で、ルージュの気配から離れることは怖かった。

 ならば、何処へ行くべきか。

 少し前までなら、私が頼ったのはアメシストだった。

 面白がっているのか、彼女なりの気遣いなのか、ルージュにまつわる情報があれば、彼女はモリオンよりも先に私の方へと持ってきてくれる。

 私が手いっぱいであれば、モリオンの方に回るそうなのだが、どちらにせよ優先してもらえるのは間違いない。

 だから、何か依頼はないかと連絡を取ってみたのだが、あいにく、今は彼女自身が手いっぱいだったらしい。

 こうなると、私の味方は一気に減ってしまう。

 ルージュを同じく追っているはずのモリオンが今どこにいるのかさえもはっきりと分からない。

 ペリドットやオニキスに聞いてみるのも手だが、何となく説教付きで返ってきそうで気が引ける。

 そんな悩みをしばらく引きずったある日、ルージュの情報を得られない事をぽつりと零した私に、アンバーは何故か上機嫌で言ったのだった。


「情報がないなら仕方ないにゃあ。別のお仕事を優先して移動するしかないね」

「うん、それもそうなんだけどさ」

「だけど?」

「前の町でシャローズ刑事に聞いた話もある。アトランティスのオーナーの事さ。人食い領主の子孫とか言われている女性でさ、ここからそう遠くないお城に暮らしているんだ。あのアトランティスだよ。ルージュを匿っていたはずの高級ホテル……」

「ふーん、あのアトランティスのオーナーね。でも、用もなく会えるようなお方じゃないだろうし」

「それがね」


 と言って、アンバーに差し出したのは、組合から届いた依頼の一覧だった。

 届けてくれたのはオニキスで、この町から少し離れた場所の拠点に滞在している。

 彼が次の仕事のために立ち去るらしいちょうどその頃に満月の日がやって来るので、この町を離れた後は私たちもそちらに向かう予定となっていた。


「バツ印がつけられているのがオニキスの担当予定の依頼。それ以外はまだ担当者が決まっていない新規のものなんだって」

「うん、それで……?」


 そう言いながら、アンバーは一覧に目を通す。

 そして、ある項目でふと視線を止めた。


「ミエール城……ハニー……。アトランティスの……オーナー……?」


 一覧を見つめたまま呟く彼女に頷いた。


「その通り。彼女からの依頼があって、担当者がまだ決まっていない」


 そう言うと、アンバーは黙って一覧を返してきた。

 先程と打って変わって不機嫌そうな表情で私から目を逸らすと、ソファに寝そべりながら大きく溜息を吐く。


「出来すぎじゃないかな。なんでこう都合よく。まさか、罠だったりして」

「そうだとしたら、尚更の事。無視なんて出来るはずもない」

「はあ。担当者ゼロねえ。今からでもモリオンに告げ口してやろうかな」

「出来るものならやってみなよ。でも、どちらにせよ、もう遅いよ。オニキス伝いで今頃本部に連絡が入っているはずだからさ」

「はあ? アタシに相談なく勝手に受諾したっていうの?」


 文句を言うアンバーに対し、私もまた強気で返した。


「嫌ならついて来なくたっていいんだよ。私が決めたんだ。私一人で行くよ」

「……やれやれだよ、全く。そんな事、させられるわけないだろう? いいよ、分かったよ。アタシも一緒だ」

「良かった。君が一緒なら、お偉いさんと会うのも緊張しなさそうだ」


 そう言って微笑みを向けると、アンバーは目を逸らしつつ呟いた。


「くっ、これじゃあ、どっちがご主人様だか分かんねえ」


 そんな愚痴を言いつつも、その後のアンバーはあっさりと準備を進めてくれた。

 そして、契約が切れる当日、私たちは町を後にした。

 次に向かう先は組合の拠点の一つ。

 予定通り、オニキスと入れ替わる形で辿り着いた翌日、満月の日は訪れた。


「……全くさあ」


 ベッドの上で、頭から毛布をかぶったアンバーが、呆れたように呟いた。


「ついこの間、この姿になったって言うのにさぁ、きっちり時間通り変身とは。ほーんと、嫌になっちゃうよ」

「その姿の君も私は好きだけどね」


 慰めにもならないだろうと分かっていながらも、私はそう言った。

 アンバーはしばし黙り込み、溜息を吐いた。


「あんたが好きって言ってくれるのは嬉しいけどさ、アタシは情けないよ。足を引っ張っていることくらい分かっているわけだし」

「大丈夫だよ。一日くらい休みは必要だ」


 そう言ってから立ち上がると、アンバーは毛布の下から不安そうに此方を窺ってきた。


「何処に行くの?」

「ちょっと外の空気を吸いたいだけだよ」

「今から? もう夜だよ?」

「大丈夫。すぐに戻るからさ」

「……分かった。いってらっしゃい」


 俯いたままのアンバーの姿は、見ているだけでもこちらまで辛くなる。

 満月の日を二人きりで過ごすのは慣れてきたものだけれど、この時みたいにアンバーの気持ちが特に落ち込んでいるような時は、ペリドットの存在が恋しくなってしまう。

 町や村の宿屋であれば、ここへさらにアンバーの正体が誰かに知られてしまうかもしれないという恐怖が付きまとう。

 それに比べれば、組合の拠点はまだマシだ。


 アンバーを残して寝室の扉をしっかりと閉めて、拠点の外に出た後で私は深呼吸と共に周囲の気配を探った。

 人の気配は全くない。

 獣や魔物も息を潜めている。

 そんな中で、私はマントもポケットからあるものを取り出した。

 ルージュから握らされたあの指輪だ。

 そう、今宵は満月。

 いまだアンバーに話せていないこの指輪の真価が発揮される日でもある。


 ──ルージュ。


 その顔を思い出しながら、私はそっと左手の薬指に嵌めてみた。

 その瞬間、指輪がキュッと締まり、心臓を鷲掴みにされたような苦しみが生じた。

 過去の出来事が無性に懐かしく、恋しくなる。

 その記憶に意識を引っ張られながら脳裏に浮かぶのは景色と声だった。

 美しい古城。

 絵画のような森林。

 見た事のない若い女性の顔。

 それらが浮かび上がったあとで、聞こえてきたのはルージュの声だった。


 ──ミエール城はいつ来ても変わらないわね。ハニー、あなたと同じで。


 ハニー。

 ミエール城。

 その名前が脳裏に浮かび、確信に変わった。

 指輪が見せてくれる光景がただの幻影でなく真実であるならば、やっぱりあの依頼には何か裏がある。

 私が行くとは限らないことは重々承知しているだろう。

 だから、罠とは限らない。

 ただ、ルージュと関係のある人物であるのは間違いない。


「いいじゃないか。行ってやるよ」


 一人呟き、私はすぐに指輪を外してポケットにしまった。

 この先に何が待ち受けているのか、予想すら出来ない。

 だが、どんな未来が待っていようとやるべきことは一つ。

 ルージュを見つけ出し、今度こそ仕留める。

 その命は、他の誰にも渡さない。

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