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CALLAIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
傀儡の館の死人使い
36/133

8.不思議な黒猫

 話せる相手がいるだけで、こんなにも安心するものなのだろうか。

 アンバーと合流できてからは、認めざるを得なかった恐怖心もだいぶ和らいでいた。

 狼姿のままとはいえ、アンバーはいつだってアンバーだ。

 こんな状況だというのに、いつもの調子で話してくるし、まるで怯えるという事とは無縁のよう。

 そんな彼女の隣にいながら、私はある意味でびくびくしていた。

 少しでもビビっていると悟られれば、絶対に揶揄われるだろうから。

 しかし、幸いなことに、この時のアンバーの関心は、尻尾をぴんと立てて得意げに道案内をする黒猫の方に向いていた。


「変わったお嬢さんだよな、あの猫ちゃん」

「あの子、メスなんだ?」


 そう問い返すと、アンバーもまた猫と同じように得意げな表情を浮かべた。


「ニオイですぐに分かった。それに、ほら。今ならひと目でわかるだろ?」


 そう言ってアンバーは猫に視線を向ける。

 たしかに、尻尾をぴんと上げている今なら、どっちの性別なのか丸分かりだった。


「いや、その。猫とはいえ、そういうところをあんまりジロジロ見るのは失礼かなって」

「なに、恥ずかしがってんの。それも、猫相手にさ」

「アンバーこそ、あんまりそういう事言わない方がいいよ。今の君、下着すら履いていないんだからさ。変に意識しちゃう」

「あらやだ! カッライスのエッチ!」

「声がでかいよ」


 冷静に咎めると、アンバーは両耳を倒しつつ笑ってみせた。


「冗談は置いといて、この姿だとお尻丸出しでも恥ずかしいとかあんま思わないんだよね。人間の姿になってから狼の時の事を振り返っても別に何ともって感じ。たぶん、猫もそうなんじゃないの?」

「そんなもんなの? なんだか想像もつかないなぁ」

「羞恥心ってやつだね。ま、アタシと一緒の夜は、あんたのその羞恥心ってやつもだいぶ薄まってしまうようだけれど」

「それは……君と私の仲だからってだけさ」

「嬉しいねえ。無事に帰ったら、遅めの夕食の後で、お楽しみと行きたいところだよ」

「無事に帰ったらね。それと、その姿が無事に戻ったら。オオカミと寝る趣味はないからね」


 照れ隠しに素っ気無くそう答えたところで、先を歩いていた黒猫が振り返ってきた。

 にゃおん、と鳴くその表情と声色がどこか呆れているように見えるのは気のせいだろうか。

 それはそうと、猫が立ち止まったところには扉がある。

 先程の扉だ。

 螺旋階段からわき道にそれる通路への扉。

 開けてやると、猫はさらに前へと飛び出していった。

 どこへ向かっているのかだいたい分かった。

 たまたま見つけたあの裏口だろう。


「そういえば、アンバーの私物なんだけど、奴に襲われた辺りに置いてきちゃってさ」

「銃とかそういうやつ?」

「うん。脱ぎ捨てられていた着替えと、あと、これは持っているんだけどね」


 そう言って彼女に見せたのは懐中時計だった。


「これを拾ったから、近くに君がいるって分かったんだ」

「はあ、なるほどね。役立たずの不良品って思っていたけれど、まさかこんなところで活躍してくれるとは」


 感心してからアンバーは首を傾げつつ続けた。


「ううん、確かに置いてきた私物は気になるところだけれど、日もすっかり落ちてしまったわけだし、アタシはこんなんだし、取りに行くのは明日の日中にした方がいいと思う」

「そうだよね。うん、そうしようか」


 あの時、冷静に拾い集める事が出来ていれば、と、そう思わなくもない。

 だが、拾えなかったものは仕方がないし、どのみち、この場所へは何度か来ることになるだろう。

 見つけた遺体はそのままであるし、ルージュの事に至っては、影も形も確認できていない。

 ただ、恐らく、あの死人使いに妙な事を吹き込んだのはルージュだろうと疑える。

 アンバーに関心を持たせ、ターゲットにするよう仕向けたに違いない。

 では、彼女は何処にいるのだろう。

 こうやって罠にはまりかけた私たちの姿を、今もどこかで面白がるように監視しているのだろうか。


 神経が尖り、ピリピリしてきたところで、再び猫が話しかけてきた。

 気づけば、目的地に辿り着いていた。

 猫は立ち上がり、扉をガリガリと掻いている。

 よく見るとドアノブに触れて開けようとしているようだ。

 本当に不思議な猫だ。

 そう思いながら近づき、ドアノブに触れてすぐに、私は異変に気付いた。


「開かない」


 そう、さっきはすんなりと開いた扉が、開かなくなっていたのだ。

 鍵をかけられてしまったのだろうか。

 そう思ったが、内鍵をいくら弄っても開きそうにない。

 細工をされたのか、魔法でもかけられたのか。

 途方に暮れる私に、猫は小さく話しかけてきた。

 視線を向けると、彼女はそのまま先へと向かっていった。


「場所を変えようってことかな」


 アンバーの言葉に私は肯いた。


「多分そうだね。正面玄関に向かうつもりかな」


 その言葉を肯定するように、猫は一声鳴いた。

 そして、私たちにくるりと背を向けると、再び歩き出した。


「賢い猫ちゃんだねえ。本当にただの猫なのかな」


 アンバーがそっと呟いた。


「現時点では、それが判別できそうなのは君の嗅覚なんだけれどね」

「そうだねえ。きちんと確かめるには、あの猫ちゃんをとっ捕まえて隅々までクンクンしてやらないとってとこだが、なんか引っ掛かってんだよね」

「引っ掛かってる?」

「うん。あの猫ちゃん自身のニオイじゃないみたいなんだけど、どっかで嗅いだニオイが混じっているんだよねぇ」


 無視できない情報だ。

 だが、私には確かめようがなかった。

 ニオイに関しては、本当にアンバー頼りでしかない。


「……気になるな。思い出せたら教えて」

「ああ、勿論さ」


 ともあれ、今できる事は猫を追いかける事だけ。

 気を取り直し、私たちは黒猫と共に先へと進み続けた。

 猫はどうやらこの道をさらに進んで螺旋階段へと戻るつもりらしい。

 その後は階段を上り、元来た道を辿る形で外を目指すのだろう。

 となれば、置いてきてしまったアンバーの私物も回収できそうだ。


「良かった。荷物の件はどうにかなりそうだね。あとは、君の姿のことだけど……」

「うーん、それなあ。考えてみるんだけど、やっぱり分からんのよね。毛を逆立ててみても駄目だし、こうやって立ち上がってみてもダメ」


 そう言って、アンバーは前脚をあげた。

 その体勢になると、体の大きさに驚いてしまう。

 アンバーでなければ近づくことすら出来ないだろう。

 そんな私の表情をちらりと見て、アンバーは揶揄うように言った。


「今、ビビったでしょ。食われるんじゃないかって」

「ビビってないよ」

「いや、ビビったね。アタシには分かるんだ。ニオイでね」

「そういうのって、ニオイで分かるものなの?」

「分かるさ。嘘をついているかどうかくらい。それに、あんたが何をどう感じているかって事も大体はね。だから、いつも的確でしょう?」


 何が、と聞くまでもない。

 私とアンバーの仲だ。

 代わりに私は目を逸らし、猫を追いかけながらぽつりと呟いた。


「怖い嗅覚だな。でも、便利そうで羨ましい」

「でしょ。これに関しちゃ、生まれに感謝だね。ま、実の両親みたいになりたいわけじゃないけれどさ」


 と、アンバーが言ったところで、少し先を歩いていた猫が振り返ってきた。

 こちらに向かって声をかけてくる。

 呆れたような表情をしているのは気のせいだろうか。

 私には、「お喋りしていないでさっさと歩け」と言っているように思えてならなかった。

 どうやらそう思ったのは私だけではないようで、アンバーは狼姿のまま人間らしく苦笑してから呟いた。


「おやおや、お叱りのようだ」

「猫の言葉も分かるの?」

「分かんないけど、そう言っているみたいじゃない?」

「うん、それは思った」


 それからは黙って猫を追いかけ続けた。

 静かについて来るようになって満足したのか、猫はもう文句を言ってきたりはしなかった。

 てくてく歩き、てくてく進む。

 そうして見覚えのある通路を戻っていき、とうとう私たちはあの場所にたどり着いたのだった。

 最初にあの少女と出会った通路だ。


「ああ、ああ、散乱してら」


 アンバーが言う通り、そこには彼女の私物が散らばっていた。

 気が動転していてよく見ていなかったが、銃や懐中電灯、さらには薬等が入ったリュックまであちらこちらに散らばっていた。

 物を持てない彼女の代わりに拾い集めてやる間、黒猫は空気を読んだのか、離れた場所にちょこんと座り、私の様子を見守っていた。

 そして、アンバーもまた同じようにちょこんと座り、尻尾を振っていた。


「いやあ、悪いね。人間様のお手々は器用でいいなあ」


 へらへら笑う彼女を軽く睨みつけてから、私は言った。


「リュックくらい自分で咥えられないかな」

「あらやだ。自分で咥えるってなんか卑猥」

「おい、発情期なのか?」


 こうして振り返るだけでも呆れてしまうやり取りの直後、不意に黒猫が一方へと視線を向けた。

 直後、アンバーもまた同じ方向を見つめ、毛を逆立て始めた。


「アンバー?」


 問いかけると、アンバーは黙ったまま視線で答えた。

 場所はこれから向かう先。

 出入口のある方向だ。

 私にはまだその気配すら分からない。

 それでも、何が潜んでいるのか考えるまでもなかった。

 静かにナイフを抜き、構える。

 次の瞬間、天井からいきなり人形たちが落ちてきた。

 あの人形だ。

 襲い掛かった先は私でも、アンバーでもない。

 ここまで案内してきた黒猫だった。

 人形たちが一斉に動いて猫を捕まえようとしたが、猫は驚いて飛び上がった。

 その勢いのままに私たちのもとへと逃げてきて、そのまま一目散に何処かへ走り去っていった。


「行こう」


 アンバーがとっさに猫を追う。

 それを見て、私も後を追った。

 戦うのではなく逃げる。

 それが、私たちの取った選択だった。

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