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CALLAIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
傀儡の館の死人使い
30/133

2.忘れ去られた人形たち

 暗くなる前に帰ろう。

 そう決めたのは、安全性のために過ぎないのだが、館内の隅々を見回っているうちに、別の意味でそうした方が良さそうだと思えてきた。

 これまで、魔物狩りのために色んな時刻、色んな天候の色んな場所を狩場としなければならなかった。

 その中には墓地もあったし光の当たりづらい森林もあった。

 それらだって相当不気味なものだったけれど、ここは少し違う。

 壁に囲まれ、閉鎖的だろうか。

 いや、それだけではないかもしれない。

 何処かにルージュが潜んでいるかもしれない。

 そう警戒しながら館内をさまよっていると思い出してしまうのだ。

 ルージュに攫われ、アンバーと共に命からがら逃げだしたあの日の事を。

 そして、もう一つ、取り壊し予定の廃墟となった集合住宅で、あっけなくルージュに敗北したあの日の事を。


 落ち着かないと。

 私は自分にそう言い聞かせた。

 視界が狭いというのは、それだけ気が立ってしまうものなのだろう。

 そして、その不安を煽るように存在するのが、この館に放置された年季の入った人形たちだ。

 どれもこれも作り物であると分かるのだが、どれも意外と大きいため、一瞬だけ人がいるように見えて身構えてしまう。

 人形だと分かると少しだけ安堵するのだが、今度は何とも言えぬ不気味さに身震いしてしまう。

 そのためだろうか。

 知らず知らずのうちに精神的な疲労は蓄積しているようで、見間違いも少し多くなってきた。


 たとえば、二階への階段付近の丸テーブルに飾られている道化師の操り人形。

 笑ったようなその顔が、一度通った時とは違う方向を向いているように感じてしまう。

 ついでに言えば、位置も少し変わっているような。

 いや、動くわけがない。

 きっと気のせいだろう。

 気を取り直してその前を再び横切り、まだ見ていない一室へとアンバーと共に入っていった。

 そこは寝室だった。


「すごいな」


 ベッドの傍に放置されていた人形を見つめ、アンバーは言った。

 こちらはビスクドールだ。

 艶のある肌はまだ美しいまま。

 着飾った姿はだいぶ愛らしく、作られた当時のままの微笑みを浮かべている。


「噂通りの出来だ。持ち帰ったら高く売れそうだよな」

「アンバー?」

「冗談だって。しかしまあ、これだけの量を放置されているんじゃ、運ぶだけでも大変そうだ。さっき見た木製の操り人形だって一体運ぶだけで力がいりそうだしね」

「確かにそうだね。まあ、人形たちを運ぶまでもなく、ここが安全になったら、観光施設とかにしたいみたいだけど」

「確かにそれなら運ぶ必要はないが、今度は掃除が大変そうだね。この悪臭、ちゃんと消えるのかな?」

「さあねぇ」


 短く言って、私はざっと寝室を見渡した。

 特に異常はない。

 誰も潜んでいないし、目立ったことは起こっていない。

 その事を心にとどめてから、私はふと疑問を抱いた。

 これまで見てきた部屋は、噂に聞いていた通り、人形が放置されているだけで何の異常もなかった。

 では、この悪臭はなんだろう。

 何が原因でこんな臭いが漂っているのだろう。

 どこかで何かの動物が死んでいるのだろうか。

 それにしても、それらしき死骸は見当たらなかった。

 死んでいたとしても、大きな体をしているとか、小さいが異常な数というわけではない。

 閉め切られているせいだろうか。

 空気が淀んでいるから、臭いも籠ってしまっているのだろうか。


 色々考えながら、私は寝室を出た。

 そしてすぐに、妙な事に気づいた。

 おかしい。

 あの人形だ。

 ここに入る前に違和感を覚えた道化師の操り人形。

 またしても、記憶にあった姿勢と違うように感じる。

 こっちを見ているようなのだが、さっき見た時は違ったはず。


「どうした、カッライス」


 背後から問われ、私は人形を睨みつけたまま答えた。


「あの人形、動いていないか?」


 アンバーはすぐ横に来た。

 私の指差す操り人形を確認すると、物怖じもせずに近寄っていく。

 そして目の前まで来ると、大胆にも人形を持ち上げた。


「何も変わったところはないみたいだぞ」


 そう言って、アンバーは人形のニオイを確認する。


「ニオイも……ん、何だろう。変わったニオイがする。館の悪臭とはまた違ったニオイだ」

「ルージュ?」


 すぐさま訊ねるも、アンバーは首を横に振る。


「いや、違うな。奴のニオイじゃない。これは、何のニオイだろう?」


 答えが見つからないまま、アンバーは人形をもとの場所に戻した。

 だが、直後、その人形がびくりと震えたのを見て、私もアンバーも固まってしまった。

 心霊現象、だなんて言葉で片付けるのは一般人か通常の狩人の話だ。

 私たちは何を生業にしている。

 そう、魔物狩りである。

 魔物の種類は非常に多い。

 人狼と吸血鬼だけではない。

 もっと、たくさんの種類の魔物がこの世には隠れ潜んでいる。

 その中には、怪しげな術を使える者もたくさんいる。


 アンバーはすぐに身構え、周囲を警戒しながら私の傍へと戻ってきた。

 人の姿をしているが、その振る舞いは実に狼のようだった。

 そんな彼女に手をぎゅっと掴まれると、その強さに一瞬だけ怯んでしまった。

 だが、痛みなんてどうでもいい。

 彼女が傍にいること自体が今は心強かった。


「まだ日没までは時間があるが」


 アンバーの呟きに、私は静かに答えた。


「分かっているよ。今日のところは引き返そう」


 敢えて、幽霊の仕業であるという可能性を度外視したとしても、人形を動かしたのがルージュなのか、他の魔物なのか、それは全く分からない。

 分かっているのは道化師の操り人形が、私たちを監視するように動いていたという事だけ。

 そう、監視だ。

 笑ったようなあの目。

 グラスアイを通して誰かが見ているのではないかと思ってしまう。

 人間や人狼、吸血鬼には出来ずとも、そういう事が出来てしまう魔物だっているかもしれない。

 いないだなんてとても断言できない。

 だとすれば、日を改めるべきだ。

 夜は魔物の時間。

 このまま調査を続けたって、アンバーの足を引っ張るだけ。


「よし、それじゃあ、手を放すけれど、傍から離れるなよ」

「うん」


 アンバーの指示に従う形で、二人同時に歩み始める。

 すでに銃は抜いていた。

 猟銃ではない。

 ルージュと対面することを前提とした対魔物用拳銃だ。

 潜んでいるのがルージュでなかったとしても、これが通用する相手であることを祈るばかりである。


「大丈夫さ。いざとなったらアタシがついている」


 アンバーは言った。


「狼の姿にならずとも、アタシの爪や牙にも魔物を殺す力があるからね。銃やナイフが通用しない相手でも、アタシが噛み千切ってやればいい」


 確かに頼もしい話だ。

 だが、それだけに、少し不安でもある。

 もしも、私たちを見ているのがルージュであれば、彼女はきっと真っ先にアンバーを潰そうとしてくるだろう。

 一応は、彼女が人狼であることから、警戒もしているだろうし、迂闊に手を出してはこないはず。

 それでも、隙を見て痛い一撃を狙ってくるのが彼女だ。

 もしもアンバーが彼女に傷つけられたら、それが命にかかわるような怪我だったら、と、考えるだけでも怖くなってしまう。

 周囲を警戒しながら帰る道すがら、私はそっとアンバーに寄り添って話しかけた。


「ねえ、アンバー。約束して欲しい事があるんだ」

「なんだい?」

「もしも、ルージュが現れて、不味いと思ったら、私を見捨てて逃げて欲しい」

「何故さ」

「ルージュはきっと君を本気で狙ってくる。わざわざ誘い出したのだってその為だろう。今回の狙いは君の方かもしれない。そう思うと怖いんだ」

「ふうん、あんたの気持ちは分かった。だが、どうするかはアタシが決める。オオカミっていうのにはプライドってのがあるんだ。ちょっと危なくなったからって、尻尾巻いて逃げるなんて出来ないよ。ましてや、家来を置いてなんてね」


 軽く睨まれるも、私もまたすぐには納得できなかった。


「頼むよ、アンバー。彼女を甘く見ちゃダメだ」

「甘く見たりしていないさ。でもね、カッライス。アタシはまだあんたを疑っている。正確には、あんたにかけられた呪縛をね。一応、毎夜毎夜、かけなおしてはいるけれどさ、いつあの術が角を出してくるか分からないからね」

「それは……大丈夫のはずだよ」


 けれど、本当に大丈夫だろうか。

 アンバーが疑ってくる気持ちも理解できた。

 私自身だって、時々、自分の事を疑いたくもなる。

 私は本当に、ルージュを殺せるだろうか。

 アンバーが言うように、本当は彼女に殺されたくて追いかけているのではないか。

 そもそも、分からないのだ。

 何故、会いたくなるのか。

 何故、あの時に握らされた指輪を今もアンバーに内緒で隠し持っているのか。

 答えが見つからない。

 そんな気の迷いはきっとアンバーにだって伝わってしまっているのだろう。

 彼女はちらりと私の顔を見ると、ため息交じりに呟いた。


「ほらね。やっぱり置いてくなんて無理だ」


 再び手を握られ、私もまた観念して引っ張られるままに前へと進む。

 歩みが止まったのは、その直後の事だった。

 立ち止まるアンバーに、どうしたのかと訊ねようとして、私もすぐに前方の事に気づき、一瞬だけ驚いてしまった。

 そこには少女がいたのだ。

 この場所には場違いな少女。

 黒いワンピースに身を包む彼女は靴すら履いていない。

 異様なほど青白い肌に、透き通ったガラス玉のような目。

 その容姿は異様な雰囲気があったが、幽霊などではない。

 現実として、そこにいた。

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