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CALLAIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
口紅の吸血鬼
27/133

13.秘密の繋がり

 足音が聞こえ、アンバーが近づいて来るまでの間、私は全く動けずにいた。

 冷たい地面の上で取り残され、不安な気持ちに苛まれる。

 けれど、そんな状態の中、妙な存在感を放っていたのが、ルージュによってこの手に握らされていた何かであった。

 それが何なのか確認する気力すらない。

 そこへ、アンバーは駆け寄ってきた。


「カッライス……!」


 息を詰まらせながら駆け寄ってきた彼女の姿が見えた瞬間、ようやく緊張が解けた。

 助かった。

 素直にそう思うことが出来た。


「アンバー……やつは……ルージュは……?」


 抱き上げられ問いかける朦朧としながら私に、アンバーは吠えるように叱ってきた。


「バカ、それどころじゃないだろう。待っていな、今助けてやるから」


 そう言って、アンバーは懐から布と瓶を取り出した。

 薬だ。

 彼女のお手製のもの。

 瓶を見ればすぐに分かった。

 しかし、いつもなら分かる薬品の臭いがしない。

 自分の血の臭いで鼻が利いていなかったのだ。

 手早く薬を布に沁みこませると、アンバーは厳しい眼差しで囁いてきた。


「言っとくが、結構沁みるぞ」


 直後、首筋に布が当てられ、体が震えた。

 わざわざ忠告された通り、我慢していても涙が滲むくらいには痛かった。

 アンバーの体にしがみ付いて耐えているうちに、包帯が巻かれ、簡易的な手当ては終わった。


「これで大丈夫……と信じたいけれどね」


 と、アンバーは周囲を見渡した。


「奴はいないようだね。ニオイも気配もしない」

「君を警戒して……いなくなったんだ……取り逃がしてしまった」


 呟く私に対し、アンバーは呆れ気味に言った。


「逃がしてもらったのは、どう見てもあんたの方なんだけどな。まあ、いいか。その調子ならすぐに良くなるだろう。全く、吸血鬼に噛まれたら吸血鬼になるなんて話が迷信で良かったよ。それに……目を見た感じだと奴に奪い返されてもいないようだし」


 覗き込まれるように言われ、私は静かに頷いた。


「私の主人はまだ君のままだよ。でも……あと少し君が遅かったら……分からなかった」

「ふうん、そりゃよかった。じゃあ、何か言う事があるよな」


 揶揄い半分に言われ、私は一旦瞼を閉じた。

 プライドはズタズタだった。

 しかし、仕方がない。

 助けてもらったのだから。


「君のお陰だ」


 素直にそう言うと、アンバーは囁いてきた。


「ちゃんと目を見て言ってよ」


 仕方なしに瞼を開けてみれば、アンバーの勝ち誇ったような顔が目の前にあった。

 子供の頃に散々見てきたあの顔だ。

 瞬時に当時の劣等感が蘇ってますます落ち込んでしまったが、変なプライドに拘ったっていい事は何一つない。

 言われた通り彼女の目を見つめ、私はしっかりと言った。


「君のお陰だよ、ありがとう」

「ふふん、どういたしまして」


 一応はそれで満足してくれたのか、アンバーは嬉しそうに笑い、私の体を再び床に寝かせると薬の後始末を始めた。


「これで懲りたろ」


 アンバーは言った。


「吸血鬼ってのは他の魔物とは違う。アタシに力で勝てないあんたにゃ無理だ。それにどうせこちらから行かなくたって、奴はあんたを迎えに来る。真正面から勝てるのは、人狼のアタシの方だ。あんたは囮としてアタシの傍にいればいい」

「それじゃダメだ」


 私は小さく呟いた。


「私だって狩人なんだ。自分の獲物は自分で仕留めたい。誰にも渡したくないんだ」


 そんな私をアンバーは黙って見つめた。

 無言のまましばらく私の表情を確認すると、再び荷物をまとめてから私を覗き込んできた。


「止めだけは刺したいのなら相談に乗るよ。とにかく、もう一人で追いかけるのはやめな。まずは一緒に師匠の所に帰ろう。きっと寂しがっているだろうし」

「……師匠が恋しいなら一人で帰りなよ」


 冷たく突き放してしまった私に対し、アンバーは大きくため息を吐いた。


「頑固だねぇ。二度も助けて貰っておいてさ」

「それは……感謝している」

「本当かなぁ。それに、感謝してほしいわけじゃないんだって。アタシゃ、まだ疑っているんだよ。あんたが本当はあの女に殺されたがっているんじゃないかって。術は消えたわけじゃない。アタシの力で誤魔化されているだけだからね」

「それは違うよ。私は彼女をこの手で殺したいんだ。殺されたいわけじゃない」


 すぐに否定してみるも、この現状では説得力もなかっただろう。

 事実、アンバーは小馬鹿にするように笑ったかと思うと、私の手を握りしめてきた。


「ふうん、そうかい。それなら、出来ると証明して見せろ。まずは、自分の足で立つんだ。肩は貸してやるからさ」


 引っ張られるままに私は起き上がってみた。

 薬が効いているのだろうか。

 あれほど血が流れたのが嘘のように意識はしっかりしていた。

 けれど、そこから立ち上がるのは一苦労だった。

 アンバーに肩を貸してもらってようやくと言ったところだ。

 その後、ルージュに投げ捨てられた銃とナイフを見つけて拾うと、アンバーは言った。


「この血は奴の血か」

「うん……弾は当たらなかったけれど、斬ることは出来た」

「そっか。一方的にやられただけじゃないってわけか」


 アンバーはそう言うと、私の体を支え直してから言った。


「まずは宿に戻ろうか。今宵はもう寝た方がいい」

「……うん」


 ずるずると引きずられるように歩きながら、私はそっと手に握らされていたものを服のポケットに入れた。

 何となくだけれど、アンバーの前でそれが何なのか確かめるのが怖かったのだ。

 とりあえず今だけはその存在を忘れ、私は前へと歩くことだけに集中した。

 宿はそんなに遠くないはずだ。

 しかし、町の端から端までだったかと思うほど遠く感じた。

 人気のない場所をアンバーが選んでいるせいでもあるだろう。

 それでも歩き続ければどうにかなるもので、ようやく私たちは宿に戻ることが出来た。


 客室にたどり着くと、一気に体の力が抜けた。

 ベッドの上に横たわると、アンバーは手早く私の荷物を奪い取り、ソファの上へと置いた。


「さてと、今夜はどうするかね」


 腕を組みながらアンバーは言う。


「正直言ってさ、腹はペコペコなんだよ。羊肉料理でも食ってくるかな。カッライス、あんたは何か食べたい?」

「今は何も」

「うーん、そうか。だが、あとで腹が減るかもしれないし、何かすぐには傷まないようなものを買ってくるよ。今のうちに体力をつけて貰わないとあたしとしても困るしね」


 不敵に笑う彼女に対し、私は静かに頷いた。


「君に任せるよ」

「うん。しばらく休んでいて。いいか、誰が来ても扉を開けちゃダメだからね。警察だとしてもだ。寝ているふりをしておけ」

「……分かった」


 返事をすると、アンバーは程なくして部屋を出ていった。

 鍵のかかる音を確認すると、私はそっと服のポケットにしまったものを確認した。

 ルージュから握らされたもの。

 その姿をしっかりと見たのはこの時がやっとだった。


 ──指輪?


 何の変哲もない銀色の指輪だ。

 満月の夜、一人きりで、左手の薬指に。

 ふと、ルージュが去り際に言ったことが瞬時に蘇る。

 これがあれば、これを嵌めれば、ルージュの居場所まで導いてくれる代物。

 その意味をしっかりと理解した瞬間、私は目が覚めるような感覚に陥った。

 これがあれば、私はもうルージュを見失わない。


 問題があるとすれば、この怪しい指輪をアンバーがどう思うかだ。

 どうして満月なのか、どうして一人きりなのか。

 そこにはきちんとした事情があるのかもしれないが、実態がどうであれアンバーにとっては面白くない条件だろう。

 そして、今の私にとっても同じだった。

 二度の敗北、二度の救出となれば、自信を失うのも当然だった。

 私一人ではまだルージュに敵わないのではないか。

 人間が吸血鬼に立ち向かうには、愚直に突っ込む方法ではいけない。

 ペリドットが教えてくれたように、もっと知恵を働かせないと。


 けれど、そういった理性と共に生じるのが、気分の妙な高揚だった。

 確かな繋がりが出来た。

 私とルージュの間に。

 その事実が私の中に確かな喜びを生じさせている事に気づき、私は指輪をぎゅっと抱きしめた。


 アンバーがこれを見たら、どう思うだろう。

 この指輪の存在を知ったら、私がこれを持ち続けたいと言ったら、どんな判断を下すだろう。

 疑問と共に不安が浮かび上がり、心を締め付けてきた。


「ごめん、アンバー。これは話せないや……」


 私は一人そう呟いて、再び指輪をポケットにしまいこんだ。

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