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CALLAIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
口紅の吸血鬼
21/134

7.真相を求めて

 ──当ホテルに該当するお客様はおりません。


 それが、警察を通して得られたアトランティス側の回答だった。


「そんなはず……ありません」


 思わず声を荒げそうになり、私はすぐに息を潜めた。


「だって、目撃証言もあったんですよ?」


 場所は町の中央に位置する喫茶店。

 昨日、リップルと共にガルフから目撃証言を聞くことになったあの店だ。

 そこでルージュに関する手掛かりを得られたと思ったというのに、今度はその手掛かりがへし折られる形となるなんて。

 教えてくれたシャローズ刑事に言っても仕方ないと分かっていても、私の口から出た言葉はだいぶ刺々しかった。

 それでも、シャローズ刑事は落ち着き払った様子で答えた。


「ええ、ですが、金髪に赤みがかった色の目の女性……。印象深い美人となれば目立ちますが、この世に全くいないというわけではないでしょう」

「……でしたら、該当する人の一人や二人くらい」

「アタシ共もそう思ったのですがね、アトランティス側が調べた結果だと、そのような特徴のお客様は確認できなかったそうで」


 そんなはずはない。

 仮に最初に目撃証言をくれたガルフが見間違えていたとしよう。

 では、私が見たのは何だったのだ。

 私がルージュによく似た女を見たのは昨日の話である。

 まさかその一晩で立ち去ったというのだろうか。


「私も似たような人物を見たんです……アトランティスで」


 訴えてみるも、シャローズ刑事の反応は鈍かった。


「地下にバーがあるでしょう。昼間も営業しているようですが、その時間は宿泊客限定でやっているって聞きました。そのバーの入り口付近で、口紅の吸血鬼に瓜二つの特徴を持つ女がいたんです」


 自然と声が荒くなってしまった。

 それでも、シャローズ刑事の反応は冷静そのものだった。

 落ち着いた様子で彼はこちらを見つめてくる。

 何処か哀れむようなその眼差しに、私の苛立ちはさらに増してしまった。


「カッライスさん、落ち着いてください」


 彼は言った。


「あの場所に泊まっているのかどうか。ホテル側が嘘をついているのかどうか。その真偽は、ここで話し合うようなものじゃない。アタシ共があなたに期待しているのは、到底太刀打ちできない魔物の命を狩ること。あのホテルについては一度アタシ共に任せて、あなたはどうか全く違う視点から探り続けてはくれませんか?」

「違う視点……」


 正直に言って、納得はいかなかった。

 幼子を諭すような彼の態度もこの時は気に入らなかった。

 だが、そうは言ってもここで言い争うという時間があまりに勿体ないと判断するだけの冷静さは、この時の私にも残ってはいた。

 昨晩、アンバーにかけられたおまじいの効果もあったのかもしれない。


「──分かりました。でしたらそちらはお任せします」


 大人しく引き下がったことで、この話は終わった。

 シャローズ刑事が帰っていった後も、暫く私は立ち上がることが出来なかった。

 順調だと思っていた事が阻害される事なんて、狩りではよくあること。

 それこそ、獣相手だってそういう事の繰り返しだ。

 いちいち気にしてガッカリするような事ではない。

 でも、この時の私は異様なほど気持ちが沈んでしまっていた。

 そんな私のもとへ、話しかけてくる者はいた。


「カッライスさん、大丈夫ですか?」


 リップルだった。


「いたんですね」

「ええ、たまたま遅めの朝食を取っていまして。盗み聞きするつもりはなかったのですが、つい聞き耳を立ててしまいました」


 苦笑する彼の表情を見ていると、私の方もまた気が紛れた。


「今日はどうされるんですか?」


 リップルの問いに、私はため息交じりに答えた。


「とりあえず、足を動かさないと。アトランティスの事は一度忘れて、原点に返って魔物が現れやすいところを探ります」

「……と言いますと?」

「そうですね。例えば、取り壊し予定の集合住宅とかかな」


 人気のない場所が無法者の拠点にされるというのは定番な話だが、魔物だってそれは同じだ。

 人狼や吸血鬼がああいう場所を休息場所にしている可能性は高く、それに照らすならば例の集合住宅だって調べる価値はある。

 だが、今回の場合、私は別の可能性も期待していた。

 人気のない場所に行けば、ルージュの方から私のもとへ会いに来てくれるのではないかということだ。

 希望的観測ではあるが、試してみてもいいはずだ。

 だがそんな私に、リップルは言った。


「あの……お邪魔でなければ僕も同行してよろしいでしょうか」


 即答することは出来なかった。

 黙ってしまった私に対し、リップルは言った。


「少し前にも言ったのですが、例の集合住宅については、半月ほど前に僕も何度か訪れたことがあったんです。というのも、この町の若者の間で奇妙な噂が広まっておりましてね」

「噂?」

「ええ、今は少し落ち着いたのですが、よくある怪談の舞台となっていたんです。まだ吸血鬼騒動が明るみに出るより前の話なのですが、あの場所で異様に美しい女性に話しかけられたという内容でしてね。あの場所をたまり場にしていた不良たちも、気味悪がって居着かなくなったという経緯がありまして」

「なるほど……確かに参考になる情報ですね」


 だが、半月も前の話だ。

 その怪談のもとになった女性がルージュであったとしても、今はもう立ち寄っていない可能性もある。

 ただ決めつけるのも良くない。

 怪談の舞台になるほど不気味な場所となっているならば、ルージュにとっても居心地はいいかもしれない。

 となると、ますます行くべき理由は増したのだが。


「僕もちょうどもう一度あの場所を訪れてみようと思っていたんです」


 問題はリップルと同行するかどうか。

 ルージュを単に誘き出したいならば、一人でいた方がいい。

 だが、そういった作戦を行う際の助言をペリドットに言われたことを思い出す。

 初めて訪れる場所でそういう戦法を取るのは命取りだ。

 まずは現場を訪れて、どこがどう繋がっているのか、地図を頭の中で描いた方がいい。


「分かりました。一緒に行きましょう」


 返事をしてから移動するまでに、そう時間はかからなかった。

 もともとは集合住宅だった事もあり、町からは歩いてすぐの場所にある。

 それなのに人気が全くないというのが不気味ではある。


「ほんの一か月ほど前までは若者たちの溜まり場になっていて、悪い意味で賑やかだったんですけれどね」


 そう言いながらリップルは先導する。

 言われていた通り、建物は劣化していた。

 だが、潮風のせいだけではなかっただろう。

 恐らくだが、力のあり余った若者たちのストレスの捌け口にされただろう場所がいくつもある。

 熊などの猛獣が力任せに木々を傷つけていったような様に似ていると言えば似ている。

 しかし、それも一か月前の事。

 そんな彼らすら追い払ったのが魔物という存在だった。

 廃墟となった集合住宅は、確かに魔物が好みそうな状況ではある。

 だが、ルージュがここを好んで拠点とするようには思えない。

 手頃な獲物に目を付けるための狩場にしようとしていたのだろうか。


「近くには誰もいませんね。吸血鬼の気配もない」


 今の時点ではそれでいいはずなのに、私は何処かがっかりしていた。

 脳裏には昨日見たルージュの姿がちらついて離れない。

 彼女にまた会いたかった。


「気配が分かるんですか?」


 リップルに問われ、我に返った。


「いえ、ただの勘です。けれど、ルージュは……口紅の吸血鬼は、こんな場所に理由もなく居着かないと思います。ここにわざわざ来るとすれば、手頃な獲物を捜すため。ここを溜まり場にしていた若者たちの中に、吸血鬼騒動の被害者とかはいませんか?」

「確か……犠牲者の一人だったシーさんは、ここで屯していた若者の友人でしたね。ここで怪談が広まったのも、シーさんの事件があってすぐの事でした」

「なるほど……でも、若者たちはその怪談を恐れて居着かなくなった。その時点で、彼女にとってもこの場所の意味はなくなったはずです」

「──まるでその吸血鬼の事をよく知っているようですね」


 探るように言われ、私は少し動揺してしまった。


「そうですね……。長く関わってきたので」

「長く……失礼ですが、見たところ僕とそう変わらない年齢に思えますが」


 リップルの遠慮のない問いに、私は迷いつつも答えた。


「子供の頃からですからね。今追っている吸血鬼に、赤ん坊の頃に拾われて、しばらく育てられたんです。いつか食べるつもりだったみたいで」


 思わぬ回答だったからだろう。

 リップルは黙り込んでしまった。


「その前に、狩人の集団に助けられて、それで私も狩人になったんです。彼女を仕留めるのが私の最大の目標なんです」


 語り終えると、リップルはしばしの沈黙の後、呟くように言った。


「すみません、踏み入った事を聞いてしまって」

「いいんです。別に隠すような事ではないので」


 すぐに答えたが、リップルは浮かない表情のまま周辺をうろうろと歩き回り、そして、覚悟を決したように私に視線を向けた。


「このままじゃフェアではないので、僕の方も白状しましょう。すみません、カッライスさん。あなたの事を少しだけ疑った時もありました」

「私を?」

「言い訳を述べるなら、探偵の性というものでしょうか。あらゆる可能性を視野に入れ、探りを入れていたのです。世の中には狩人のふりをした魔物もいると聞きます。その魔物が町を荒らす吸血鬼と繋がっているという可能性もゼロではない。僕や警察の動きを間近で見て、こっそりと吸血鬼に情報を漏らしていたとしたら、という具合に」


 一瞬だけアンバーの事を思い出してぎょっとしたが、私は冷静さを装いつつ答えた。


「疑う事は別に悪い事じゃありませんよ。疑惑が晴れたのなら何よりです」

「……ですが、こうなったら僕の方も言っておかないと」

「確か、どなたからか依頼を受けて動かれていたんですよね?」

「はい。依頼料もしっかりといただきましてね。しかし、この一か月の間に、報告すべき依頼主を失ったんです」

「え?」


 思わず問い返すと、リップルは周囲を窺ってから小声で言った。


「あまり大きな声では言えませんが、つい数日前の事です。彼はこの吸血鬼騒動の始まりに憤慨していました。ふしだらな女性が自ら招いた悲劇と決めつけられ、世間から冷ややかな目で見られていたからです。彼女はそんな人ではない、仮にそんな人だったとしても、こんな風に片付けられていいはずがない。彼はその熱い思いで僕に依頼をしてきたんです。僕もその熱意を受けて、捜査を続けていました。ですが……彼自身もまた、この事件の犠牲者となってしまった」

「ああ……」


 名前は口に出さなかったものの、誰の事がよく分かった。

 私が最初に案内された事件現場の事、そしてそこに暮らしていた人物の事を思い出した。


「辛いんです」


 リップルは言った。


「僕がもたもたしていたせいなのかなって思ってしまって。でも相手が本当に吸血鬼なら、僕にはどうすることも出来ません。あなたに頼るしかない。だから……」


 これまでになく感情のこもった声だった。


「だから、お願いです。奴を止めてください。ただの仕事のためだけではありません。僕は晴らしたいんです。マリナさんの、そして、クラブさんの無念を」


 魔物狩りの資格を持つ者は限られている。

 それ以外の者は、成す術もないまま耐え忍ぶしかない。

 どんな思いでリップルは過ごしてきたのだろう。

 その感情を推し量ろうとしても、量りきれないものがある。

 この時の私に出来た事は、ただ小さな声で「分かりました」と呟くことだけだった。

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