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CALLAIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
口紅の吸血鬼
20/133

6.全てを疑え

「ねえ、アンバー」


 夕食後、ベッドの上に横たわったまま、私はそっと呟いた。


「君って今、お金持ちなんだよね」

「なんだ。買って欲しいもんでもあるのか?」

「おねだりしたら叶えてくれる?」


 冗談交じりにそう言うと、アンバーは少しだけ考えてから答えた。


「モノ次第かな」

「本当に?」

「あとは、あんたがどれだけ可愛い家来になってくれるかの話だね」

「なるほどなぁ」


 ぼんやりと呟きながら、私は再び口を閉じた。

 この時の私が考えていたことは、昼間に訪れたアトランティスの事ばかりだった。

 一泊の値段がこの宿の宿泊代の一か月分程度。

 泊りたい等と考えたこともないが、一泊でもすれば、宿泊者として堂々とあのホテル内をうろつくことが出来るわけだ。


「とりあえず言ってみなよ。何が欲しいんだ?」


 アンバーに問いかけられて、私はぼんやりとしたまま答えた。


「アトランティスに泊まってみたい」


 すると、アンバーは少しだけ黙り込んでから、神妙な面持ちで問いかけてきた。


「随分と妙な事を言うねえ、カッライス。別に高級ベッドで抱かれたいってわけじゃないよな。何か理由でもあるのかな?」

「……ただ気になっただけだけど」


 誤魔化そうとしてみたが、前々から気づいている通り、私は演技の才能に恵まれていない。

 無邪気な子供を演じてみたところで、アンバーの嗅覚には敵わないらしい。


「当ててみようか。ルージュだろ?」


 真っすぐ問いつめられて、私は口籠ってしまった。

 その沈黙こそが答えとなってしまった。

 アンバーは深くため息を吐くと、わざわざ私の体をベッドに抑え込んでからじっと顔を見下ろしてきた。


「考えてやってもいいよ」


 アンバーの思わぬ言葉に、私は目を丸くした。


「ほ、本当に? だって、アトランティスってこの宿の一か月分だよ?」

「一泊くらいなら払えるよ。それだけ前の仕事の報酬が良かったからね」

「ほ、本当にいいの?」

「ああ、考えてやってもいい。その代わりさ、何があったか教えてよ」

「分かった」


 思わぬ展開に、私は気持ちがすっかり高揚していたらしい。

 気づけば深く考えずに、リップルと話してからルージュを目撃するまでの経緯を細かく話していた。

 アンバーは度々頷きながら静かに耳を傾けていた。

 そして、私が話し終えると、彼女は言った。


「なるほど、よく分かった。つまり、奴がアトランティスに泊っている可能性が高いっていうわけだ」

「うん。だから、こちらも宿泊者になれれば、もっと探ることが出来るんじゃないかって」

「なるほど、なるほど」


 アンバーは何度も頷いた。

 その様子に私は早くも焦らされ、恐る恐る訊ねた。


「そ、それでさ、アトランティスの宿泊なんだけど」


 言うまでもないが、この時の私の手持ちでは足りない。

 明後日以降の生活を全く考えないというのなら不可能ではないかもしれないという状態だった。

 だから、泊まるとなれば、アンバーに頼るしかない。

 アンバーもそれは十分理解していただろう。

 腕を組み、渋い顔で考え込んだのち、彼女は重たい口を開いたのだった。


「厳正なる審査の末、この度の願いは却下となりました事をお伝えします」

「ふえっ」


 変な声が出てしまった。

 アンバーのせいだ。


「おい、ちょっと。酷いじゃないか」

「惜しかったねぇ」

「惜しかったも何も、最初から叶えてくれる気なんてなかったろ?」


 不貞腐れてそう言うと、アンバーはすぐに否定した。


「違うよ。言っとくけどさ、ただ単に泊まりたいだけだったら叶えてやっても良かったんだ。アタシも興味はあったし。でも、理由があの吸血鬼ってなるとなぁ」

「そんなのずるいよ。君が理由を教えてって言ったから」

「教えてとは言ったけどさ、教えたら必ず叶えてあげるとは言ってない。アタシは考えてやってもいいって言ったんだよ」

「うぅ……」


 確かに。

 確かにそうだった。

 今思い出しても、確かにアンバーは嘘を言ってはいない。

 勝手に期待して、べらべら喋ったのは私自身だ。

 そのあたり、私は詰めが甘いのだろう。

 騙し騙されながら魔物と命を奪い合う狩人としては致命的な欠点なのではないかと不安になってしまうほどに。


「言ったろ。魔物を信じるなって」


 アンバーは言い聞かせるようにそう言った。


「それにさぁ、どうも怪しいんだよね」

「……何が?」

「あんたが目撃したっていうあの女のことさ」

「疑っているの? 私が見間違うはずなんてないよ」


 ムッとしてそう言うと、アンバーは軽く首を振った。


「いいや、そうじゃないよ。あんたが見たっていうその事を疑っているんじゃない。おかしいって思わないか? これまであの女は姿を見せなかったのにさ、今日になって急に目撃されるなんて」

「吸血鬼だって生き物だ。そういう時もあるだろう」


 だが、アンバーは冷静だった。


「そうだといいんだが、違ったとしたら? 例えば、わざとあんたに姿を見せていたとしたらどうだろう」

「わざと──」


 アンバーの言う通り、その可能性もゼロではない。

 わざと姿を見せて、誘き出そうとしているという事はあるだろう。


「でも、それが何だって言うの。いい度胸じゃないか。こっちには対魔物用拳銃があるんだ。前みたいに一方的に狩られる私じゃないよ」


 この頃すでに、私は私でルージュを追いかける道中で細かな依頼をこなしていたりもした。

 この町に来る前も、アンバーほどの大仕事でないにせよ、ただの猛獣とは違う魔獣と呼ぶべき生き物の駆除を何度かして対魔物用武器の扱いに慣れ始めていた。

 だが思い返してみれば、やはりこの時の私は焦っていたのだろう。

 アンバーの言う通り、冷静さを失っていたように自分でも思える。

 それだけルージュに拘ってしまうのは何故か。

 その理由が何であれ、アンバーが気にしてしまうのも当然だったのかもしれない。


「……はぁ」


 アンバーは呆れたようにため息を吐いてから呟いた。


「これだから合格してほしくなかったんだよなぁ」

「どういう意味さ」


 言い返してみれば、アンバーは私の体を力任せに押さえつけてきた。

 思わぬ強さに鈍い悲鳴が漏れた。


「アンバー……く、苦しいよ……」


 どうにか訴えてみるも、アンバーは力を緩めずに囁いてきた。


「これでも手加減しているんだ。人間らしく暮らしてきたアタシの力でもこれなんだぞ。もっと魔物らしく生きてきた奴らはどうだろう。例えば吸血鬼なんかは」


 言いたいだけ言うと、アンバーはようやく力を緩めた。

 解放されて逃れるように起き上がり、私はアンバーを見つめた。

 正直に言って、睨む余裕はなかった。

 呼吸を必死に整えながら、どうにか会話を続ける事しか出来なかった。


「師匠のとこで……習ったろ。吸血鬼は人狼みたいにフィジカルで戦うやつじゃない」

「だとしても、人間よりは強い。それに、メンタルが主なら尚更危険だ。すでにあんたはすっかり奴の虜にされてしまっているからね」


 そう言ってくるアンバーの眼差しは、馬鹿にするわけでも、面白がるわけでもなく、何故だか寂しそうに見えた。

 そこに気づいてから、私は不思議なほど心が落ち着いた。

 自分が焦っていたことに、ようやく気づいたのかもしれない。


「……そうなのかな」


 口答えするのはやめて、私もまた冷静にアンバーに向き合って告げた。


「じゃあさ、せめておまじないをしてよ」

「お呪い?」


 問い返してくる彼女にそっと寄り添って、私は言った。


「前に言ったじゃない。君の持つ人狼の力なら、吸血鬼の力に対抗できるかもしれないって。ルージュの奴隷になって地獄を見るくらいなら、君の家来であり続ける方がいい。だから、つまり、その……」


 アンバーとの夜の関係は語るまでもない。

 それをすっかり受け入れていた私だったが、自分から求めるなんてことは殆どない。

 飽く迄もアンバーの狩猟本能を満たすためだけの、そしてルージュの術から逃れるためだけの付き合い、のはずだった。

 しかし、この時は違った。

 私は自らアンバーに縋ってしまったのだ。


 怖くなったのかもしれない。

 知らず知らずのうちに、ルージュのかけた秘術の影響が強まってはいないかと。

 或いは、心細くなっただけか。

 ともあれ、そんな私の不安を嗅ぎ取ったのだろう。

 アンバーは特に揶揄ったりせずに、無言のままそっと抱きしめてくれた。

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