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CALLAIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
口紅の吸血鬼
15/133

1.吸血鬼事件

 ──いい子にしなさい。


 案内された事件現場の壁には、口紅でそう書かれていた。

 場所は古いアパートの一室。

 ここに暮らしていたのは、運送業をしていた若い男性だった。

 どんな思いで暮らしていたのかは今となっては分からない。

 ただ、仕事ぶりはいたって真面目で、同業者からも親しまれていたらしい。

 しかし、彼の日常はある日突然終わりを迎えた。


「犯人が人間でしたらアタシ共が責任をもって解決させるのですがね、犯人が吸血鬼かもしれないとなるとそうはいかなくてね」


 そう言いながら頭を掻くのは同じ手口で続く一連の殺人事件を担当していたというシャローズ刑事だ。

 恰幅のいい壮年の男性で、堂々とした態度からは吸血鬼への恐怖心などは窺えない。

 どちらかと言えば、うんざりしているように感じられた。


「ちょっと前までは魔物狩りの資格を持つ者がこの町にもおったんですがね、でかい町に住みたいとか言いやがって逃げちまって。まあ、でも、プロが来たからには一安心だ。勿論、アタシ共も犯人が吸血鬼のふりをする人間って可能性も捨てずに捜査し続けますがね。頼りにしていますよ、カッライスさん」


 シャローズ刑事は腕を組みながらそう言った。

 期待されているらしい。

 そう思うと緊張しないわけではないが、どちらにせよ私だって依頼を投げ出すつもりなんてない。

 亡くなった男性は全身の血を抜かれていた。

 首筋には特徴的な噛み傷。

 この傷は直接遺体を見せて貰って確認した。

 そして、現場の壁にはこのメッセージ。

 手口はルージュと同じだ。

 そうである以上、生半可な仕事なんて出来ない。


「これは聞いた話なのですが」


 と、口を開いたのは、シャローズ刑事の横でずっと手帳を見つめていた青年だった。

 彼の名はリップル。

 この町で探偵をしているらしい。


「近隣の町や村でも似たような手口の殺人事件が発生したらしいですね。どうも、赤い口紅の吸血鬼という存在が巷では都市伝説化しているらしくて、その吸血鬼のせいにして好き勝手をする人間や他の魔物なんかもいるとか」


 視線を向けられ、私は頷いてから答えた。


「それは私も耳にしました。ちょうどここからふた山ほど離れた村で同じような事件の依頼があったそうで、そちらは同じ組合の別のハンターが向かったそうです」


 向かったのはモリオンだ。

 私と同じくルージュを狙うハンター。

 万が一、あちらがルージュによる犯行だったらと考えると心が落ち着かない。

 まさかとは思うのだが、モリオンがルージュを仕留めてしまう未来だってあるかもしれないのだから。

 ただ、あちらがルージュで、こちらが模倣犯だったとしても、引き受けた依頼を投げ出すなんてことは出来ない。

 そんな事をすれば、組合や師匠であるペリドットの顔に泥を塗ってしまうだろう。


「私の狙いも賞金首でもあるその口紅の吸血鬼ですが、犯人が別の魔物だとしても仕留めない理由にはなりません。そこはご安心ください」

「なるほど、それは心強い」


 リップルはどこか寂し気な表情を浮かべた。


「僕もこの一連の事件を追い続けているので、集めた情報が役に立つかもしれません。ぜひ協力し合いましょう」

「ええ、ぜひ」


 私が頷くと彼の表情が少し和らいだ気がした。

 その会話のあと程なくてリップルは事務所へ戻り、シャローズ刑事も署に戻るというので、私も事件現場を立ち去った。

 泊っている宿に向かってとぼとぼ歩きながら事件にまつわる情報を頭の中で整理した。


 海の見える美しい町で起こった凄惨な殺人事件。

 最初の一人が変わり果てた姿で発見されたのは、今からおよそ一か月前のことだった。

 その時から吸血鬼の仕業と思しき内容だったらしいのだが、シャローズ刑事によれば人間の犯行である可能性も捨てきれないと判断されたという。

 本物の吸血鬼が出た。

 それは、町の治安やイメージを守りたい人々にとってはそう簡単に認められない事象であるらしい。

 人間の殺人鬼も恐ろしいが、吸血鬼はもっと恐ろしい。

 そんな恐ろしい存在が町に入り込んだとなれば住民がパニックに陥るかもしれない。

 魔物狩りの資格を持つ狩人に依頼が出れば、絶対に人々は怪しむだろう。

 だから、もう少しだけ人間が犯人である線で捜査してほしい。

 誰が言ったのかまではシャローズ刑事も教えてくれなかったが、とにかく力ある人物のその意向が反映され、結果、犠牲者は増えていった。

 そして四人目の犠牲者が出た時点で、本物かもしれないとようやく皆が納得し、依頼が来たのだ。


 ちなみに先ほど案内されていた事件現場は五人目の犠牲者のもの。

 亡くなったのは私がこの町に来る前日の事だったという。


 ──ルージュ。


 私にはアンバーのような嗅覚はない。

 並みの人間の持ち合わせる直感が全てだ。

 だから、確かなことは言えない。

 言えないのだが、壁に書かれていたメッセージを思い出すと、妙に懐かしいような気持ちになった。


 ──きっとルージュが犯人だ。


 誰かが殺されるのは、六日に一人という間隔らしい。

 これからもその通りに犯人が動くのならば、今日明日で新たな犠牲者が出ることはないだろう。

 吸血鬼やその他の魔物ならば殺人の目的はおそらく捕食だ。

 六日に一度の食事は人間基準だと間が空きすぎだが、魔物ならばよくある事。

 吸血鬼となれば、最長で一か月も絶食することがあるらしい。

 つまり、犯人がルージュかその他の魔物だとしたら、次の犠牲者も六日ほど後に出る。

 それまでに何か手掛かりが掴める希望はある。

 今回は警察に、探偵までいるのだ。

 情報の一つや二つは得られるはず。


「探偵ねぇ」


 何処か気怠そうにそう言ったのは、宿の食堂で落ち合ったアンバーだった。


「全部その探偵に任せちゃえば? 誰かから依頼を受けて動いているんでしょ?」

「そういうわけにはいかないよ。リップルさんは魔物狩りの資格も持っていないのだし」

「だからさ、ある程度その探偵さんに情報を集めて貰って、確かな事が分かってから動くの。闇雲に町を歩き回るより効率いいじゃん?」

「君の嗅覚を味方につけられたら話は早いんだけどね」


 軽く協力要請をしてみるも、アンバーは笑い飛ばしてしまった。


「悪いけど、明日も観光で忙しくなりそうなんだ。この町、一日や二日じゃ見舞われないくらい見所多くて」


 今のアンバーには金がある。

 少し前に普通の人間なら躊躇しそうな人食い巨人をたった一人で討伐したのだ。

 依頼主は人食い巨人の出現に悩まされていた大商人で、高額報酬が全てアンバーのもとに舞い込んだ。

 羨ましい話だが、だからと言ってお零れを貰おうなんていう気にはならない。

 私のプライドが許さないし、これ以上、アンバーに弱みを握られたくなかったからだ。


「なんなら一緒に観光しない? 奢ってやってもいいんだぜ?」

「面倒くさい冗談はやめてよ。疲れている時に聞きたくない」

「冷たいなぁ。そんなに怒んなくてもいいじゃんか」

「怒ってない」


 そう答えると、アンバーは軽く笑ってテーブルの上の骨付き肉に噛り付いた。

 豪快な食べっぷりは見ていて冷や冷やする。

 大丈夫だとは思うが、周囲に人狼だとバレやしないかと不安になってしまう。

 だが、ざっと見たところ、食堂にいる者たちの中でアンバーの事を気にしている視線は感じられない。

 それを確認してホッとしたところで、改めて私はアンバーに毒づいた。


「大体さ、手伝ってくれないのなら何でついてきたのさ」

「そりゃ決まっているじゃん。休息には欲望の解消も必要だからね」


 そう言ってアンバーはさり気なく目を光らせる。

 思わぬ答えに軽く動揺してしまったが、すぐに気を取り直して私は言った。


「そういうのってさ、そういう店とかじゃダメなの?」

「おいおい、散財させる気か? せっかくの報酬がたった数日で泡になっちまう」

「つまり、家来になった私だと無料ってわけか」

「あーもう、面倒くさい冗談やめろよなぁ」


 アンバーはそう言いつつ、妙にご機嫌だった。酒が入っているからだろうか。


「とにかくさ」


 ため息交じりに私はアンバーへ釘を刺した。


「手伝わなくてもいいけど、私の邪魔だけはやめてよね」


 すると、アンバーは欠伸交じりに答えた。


「分かってるって。全くうるさい家来だなぁ」


 口も態度も私にとっては芳しくないものだが、こちらに何か命じてくるわけではない。

 そこに少しだけホッとした。

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