11.若き青年の願い
ムーと会えたのは、マイヤと別れてすぐのことだった。彼もまた座長から連絡を受けたようで、私の事を捜していたらしい。
現状を話し、アンバーを見かけなかったか訊ねるも、彼は首を振るばかりだった。ここ最近の彼の興味はもっぱらペリュトンの方にばかり向いていたようだ。
「こんな時にすみません。でもどうしても気になって。どうなんですか、狩人さん。あの事件の犯人は分かったんでしょうか。ペリュトンなんでしょうか」
憔悴した様子の彼に対し、私はすぐさま答えようとした。
「それは──」
ペリュトンではない。そう言いきっていいものか。迷っていることが伝わったのだろう。すぐにまた口が勝手に動いた。
『いいえ、ペリュトンではない。犯人は別にいる』
ルージュによるはっきりとしたその言葉に、ムーはホッとしたようだった。
別に彼を思っての事ではないのだろう。ルージュにはルージュの思惑があるようだ。そう思いつつ、私は今度こそ自分の言葉でムーに言った。
「──ただし、あなたが心配しているように、ペリュトンをあのままにしてはおけません。彼女を鎖から解放することが、この事件の解決に繋がるかもしれない」
「つまり……それって」
ムーが息を飲む。やはり彼もレムリアの事は疑っていたのだろう。
「彼女を助けるためにも、今は私の相棒が必要なんです。ムーさん、お願いがあります。満月の夜までにどうにかしたいんです」
「満月の夜と言うと……明後日のオールナイト公演ですね?」
「──はい。その時までに何とかできれば、ペリュトンの解放も私たちが手伝えるかもしれません。それまでの間に、レムリアさんの情報をなるべくたくさん集めて欲しいんです。どんな些細な事でも構いません。たくさんの助けが必要なんです」
「分かりました。それがペリュトンの為になるのなら」
ムーは迷いなくそう言った。私の希望のその詳細も深く訊ねずに。ペリュトンの解放を手伝える。その事だけが彼にとって重要だったらしい。
その後はムーも仕事があり、別れるしかなかった。好きなだけ探っていいという座長の許しを最大限に活用し、私はその後も見世物小屋の舞台裏を彷徨い続けた。
鍵がかかっている場所もたくさんあったし、場所によっては開けてもらうことも出来た。しかし、そのどこにもアンバーはいなかった。
レムリアとようやく会えたのは、今宵のショーが開演する小一時間ほど前の事だった。舞台裏で早々と鳥かごに入れられ、翼をたたんでじっとしているペリュトンの傍に立っていた。
私が近づいて行くと、彼女はいかにも愛想のよい笑みを浮かべて声をかけてきた。
「ああ、カッライスさんですね。お捜ししたのですよ。座長から聞きました。私に何やら話があると」
「……すみません。実は私の連れを捜しているんです」
「お連れさん……金髪で背の高い綺麗な御方ですね」
「はい……どうも最後に目撃されたのが、この辺りだったという話を聞いたもので」
「へえ。そんな話が。興味がありますね。いったい誰が目撃したのかしら」
そう言って彼女は薄っすら笑うと、私をじっと見つめてきた。間違いないだろう。見ているのは私じゃない。私に取り憑いている者に気づいているのだ。
だが、敢えて触れないまま、私はレムリアに言った。
「あなたからも少しでもお話を聞けたらと思って座長にお願いしたんです。もしかしたら、何か目撃されているかもしれないと」
「そうでしたか」
レムリアは淡々とそう言うと、興味なさげに目を逸らし、ペリュトンの閉じ込められている鳥かごに触れた。中にいるペリュトンはというと、やはり物々しい気配がするのだろう。私のいる場所へ怯えた眼差しを向けていた。
「大丈夫よ、ペリュトン。あなたには指一本触れさせないもの。この世にあなたを傷つけられる者がいるのだとしたら、それは私だけ。そんな事はしないと約束したでしょう」
ペリュトンはよく懐いた子犬のようにレムリアを見上げ、そして、落ち着いてしまった。その後、レムリアはため息交じりに私を振り返った。
「残念ながら、あなたが欲するだろう情報を私は何も持っておりません。せめて、お友達と早く再会できるといいですね」
寄り添うような言葉でいて、突き放すような声だった。
ショーが始まる時間になると、もう立ち去るほかなかった。当然、一人で見る気分にもなれず、私はそのまま自室へ戻ろうとしていた。
(嫌なことがあると何も食べなくなるのは悪い癖ね)
ふとそんな声が聞こえ、息が詰まりそうだった。
「やめてくれ……母親みたいな態度をとるのは」
(いいじゃない。赤ん坊のあなたをずっと大切に育てたのは私とハニーなのよ)
言い返す気力もなく、私はそのまま部屋へと戻っていった。本当は戻りたくなかったのも確かだ。ここは誰もいない。アンバーと二人で泊っていた時から広すぎるくらいだった。そんな密室に一人でいるのが怖かった。
しかし、行く場所などない。それに、歩き通しで体がくたくただった。何とか部屋に戻って扉を閉めると、さっそく暗闇から何かが現れる気配があった。ルージュだ。静かに歩み寄ってくる。だが、その顔を見る気にもなれなかった。
「顔を上げなさい。カッライス」
「──いやだ」
「聞き分けの悪い子ね。立ちなさい」
「いやだ」
駄々っ子のように言い返すことしかできない私の前で、ルージュは音もなくしゃがみこんだ。視線を私と会わせると、口元にそっと笑みを浮かべた。
「恋人を助けたいのでしょう。なら、今は私の言う事を聞いておいた方がいいわ。そうでないと、今日あんなに歩き回った意味がなくなってしまうでしょう。私もそんなに優しい方じゃないのよ。言うことを聞いてくれるいい子にしか力を貸してあげたくはない。たとえば、有益な情報なんかをあなたの脳に直接刻んであげる事とか」
有益。その言葉に意識が向いた。ルージュは私よりもずっとレムリアの秘密を知っているはずだ。アンバーが何処でどう閉じ込められているのかということも。
けれど、その術を決して教えてはくれない。最低限、ハニーの頭を悩ませるトラブルが解消されればそれでいいのだろう。私への協力はただのお遊びに過ぎないのかもしれない。
それでも、私の方は意地になっている場合ではなかった。恐る恐る目を合わせると、ルージュは頬に触れてきた。
「いい子ね。そのまま私の目を見て」
直後、ルージュの目が強く光った。その光に意識が吸い込まれるような感覚が生まれ、体の力が抜け落ちていった。
それからしばらくの間、私は夢を見ていた。夢の内容は、今日一日のことだ。見世物小屋の舞台裏をひたすらさまよったあの記憶。そして、マイヤ、ムー、レムリアと会話をしたときのものだった。
「あなたのおかげで久しぶりに面白いものが見れた」
夢の中で、ルージュの声がどこからか聞こえてきた。
「あのムーとかいう青年。ペリュトンに恋をしているのね。あの想いは上手く利用できそうね。レムリアはペリュトンを使って狩りをしている。そのペリュトンさえ逃がしてしまえば、彼女は退治できずとも一気に無力化する。今後、このホテルで新たな犠牲者が出てくることもないはずよ」
問題は、と、彼女がそう言った時、体の敏感な場所に触れられたような気がした。アンバーのものとは違うその感触に、緊張が走った。
「ペリュトンがどれだけレムリアに支配されているかによるわね。恐らく大丈夫だろうとは思うけれど、もしかしたら、レムリアの事を親鳥のように思ってしまっているかもしれない。その時は、レムリアを始末するしかないわね」
ルージュがそう言い終えると、夢の景色が突然真っ暗になった。戸惑うのも束の間のこと、途端に首筋に鋭い痛みが走り、悶えてしまった。とっさに瞼を開けてみれば、そこはベッドの上だった。
「ルージュ……」
苦しみながらその名を呼ぶも、ルージュの吸血はすぐには終わらなかった。




