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CALLAIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
見世物小屋の青い天使

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2.事件のあらまし

 翌日、私たちの狩りは本格的に始まった。と言っても、今のところはまだ狩るべき獲物が定まっていない。アンバーが嗅ぎ取ったのも二つのニオイがあるということくらいだ。

 そのニオイが具体的に何者なのかが分からなければ、捜すのも難航するだろう。残念なことに、これについて私は全く力になれない。アンバーの嗅覚の他、直感と記憶と知識頼りになってしまうのだが──。


「困ったもんだね、珍しいってことしか分かんないや」


 お手上げと言った様子で彼女はフォークを揺らす。朝食のサラダをざくざく刺すその姿もスッキリしない気持ちの表れか、このアトランティスにおいてはあまり行儀がよくなかった。


「でも、それなら同じニオイがしたらすぐに分かるんじゃないかな?」


 希望的観測ながら私はそう言った。だが、アンバーに笑みはない。


「そうだといいけどさぁ、魔物だってバカじゃないんだ。人間に紛れているとしたら、そのニオイだって消そうとするさ」

「そういうものなの?」

「長生きするようなタイプはね。ここの獲物はしばらく滞在しているみたいじゃん。だから、現場で嗅いだニオイだけじゃなくて、それを誤魔化すような変な香りにも注目したいところ……なんだけどさぁ」


 溜息を吐くアンバーの気持ちは少しだけ分かる。ここは高級ホテル。その客層はいつもの宿とは全く違う。誰も彼も身なりは勿論いいし清潔感もある。

 しかし、それ以上に気にかかるのは、彼らの身に着ける香りだ。こればかりは人狼の血を一滴も引かない私にだって分かる。

 流行りなのか、エチケットなのか、その両方なのか、香りを楽しむという習慣は、それ自体が珍しいことではないのだが、このアトランティスという場所では特に意識する機会が多かった。

 今だってそうだ。ここはレストラン。食べ物の匂いで充満するはずの場所だが、その食べ物の匂いに混じって近くにいる客たちの香りも伝わってくる。


「一人一人にもっと鼻を近づけられたら分かるかもしんないけどね、さすがにそんなことは出来ないじゃん。参ったね」


 笑うしかないのか目を細める彼女に、思いつくかぎりの言葉をかけようとしたその時、ふとその後ろに座るカップルの姿に視線が向いた。

 何のことはない。普通の若いカップルだ。それなのに、私は何故だか彼らのことが気になったのだ。彼らの目つきというか、目鼻立ちというか……いや、そんなことでなく言葉にならない雰囲気というやつか、ともかく一度目に入ると気になって仕方がなかった。

 私の様子が気になったのか、アンバーもまたちらりと自分の後ろを見つめた。そして、膝のナプキンをわざと落として慌てて拾うふりをしながら椅子を引いた。その動きに彼らもまたこちらを見る。

 アンバーの姿を確認するなり、二人ともしばらくじっと彼女の姿を注視していた。だが、私が一緒であることを見ると、何故かほっとしたような様子を見せて、そのまま二人とも食事に戻った。

 ナプキンを拾うと、アンバーは私へと視線を戻した。


「……アンバー。あのさ」


 と、声をかけるも、彼女は大きくため息をついて、サラダを再びザクザクし始めた。


「とにかく、さっさと食事を終わらせよう。ただでさえ広いホテルだ。隅から隅まで歩くってなれば一日じゃ終わらないかもしれないからね」


 そう言いながらこちらに向けてくる眼差しを見て、私は口を閉じた。そうだ。今は触れるべきじゃない。その意図を汲んで、代わりに私は頷いた。


「そうだね。早く食べ終わらないと」


 その後は取り留めもない会話と共に食事が進み、店を後にしてからようやく先程の話の続きが出来た。


「……彼らは?」


 私の短い問いに、アンバーはそっと周囲を見てから答えた。


「魔物ってのは間違いないね」

「じゃあ……」


 疑わしい、と言いたいところだったが、アンバーはすぐに首を振った。


「いや、そうじゃない気がする。ただの旅行者だよ。あんたなら分かっているだろう、カッライス。魔物に生まれたって人間のように暮らしている大人しい奴らだっているんだ。……アタシのようにね」


 小声で付け加える彼女の言葉に、ようやく私は冷静になった。

 二人組の魔物。確かにそれだけでは疑わしいとは言えない。それでも、やっぱり気になってしまう。一人ならばまだしも二人となれば。

 そんな私の葛藤が少しは伝わったのだろう。アンバーは苦笑交じりに囁いてきた。


「安心しなって。彼らの香りもちゃんと覚えておいた。何か変な動きがあったらすぐに教えるよ」


 その言葉に少しだけホッとして、少しだけ悔しくも感じた。

 私にもアンバー並みの嗅覚があればいいのに、と、ないものねだりをせずにはいられなかった。しかし、非現実的な夢を見ながらいくらウジウジしても時間の無駄でしかない。

 気持ちを切り替えて、私はアンバーと共にさっそくアトランティスの中をまずはぐるりと見回る事にした。他の客たちに混ざりながら、さりげなく旅行を楽しむふりをしながら確認するのは、ここに泊まっている客たちの姿だ。私の方は直感しかない。対するアンバーは、誰かとすれ違うと時折、目を細めてその姿をさりげなく目で追っていた。その度に私はアンバーに小声で訊ねた。


「……今のは?」

「お仲間のようだ」


 彼女が言ったちょうどその時、相手も何かに気づいたのだろう。ちらりと振り返り、アンバーの顔を見た。だが、すぐに視線を逸らしてそのまま何処かへ行ってしまう。家族連れだ。小さな子供もいるが、全員がそうだったのだろうか。


「あの感じは……本物の人間に混ざって暮らしているだけってところかな」


 何処か寂しそうに言うアンバーの手を、私はそっと引いた。


「それなら水を差すこともない。……行こう」


 逃れるようにまだ行っていないエリアへ向かいながら、私はちらちらとアンバーの表情を窺った。アンバーの様子はいつもと変わらない。けれど、そんな彼女の顔にふと重なるのが、人狼の隠れ里である満月の村で目にした、心から喜びを感じていた彼女の笑みだ。

 私の存在が、アンバーから帰る場所を奪ってしまった。それがたとえ、アンバー自身の強い願いだったとしても、その事実が時折、私を苦しめてくる。

 妙な焦燥感に背中を押され、無意識のうちに私の歩みは早くなる。そのままひたすら前へと進もうとしていたが、ある場所でアンバーは逆に私の手を引っ張ってきた。


「おい、ここだよ」


 アンバーに言われ、私はハッと我に返った。そこは、今回、私たちが立ち入りを許されている客室の一つだった。


「九六九号室……」


 この度の事件で被害者が出た部屋は、さりげなく空き部屋になっているらしい。好きな時に入っていいと許可を出したのはアトランティスのオーナー……つまり、ハニーだという。人物が人物だけに疑いたくもなるが、それを承知で来たのもまた事実。アンバーが慎重に鍵を開け、私たちはこそこそと中へ入った。

 九六九号室の被害者は、たしか三人目の人物だったはずだ。泊まっていたのは女性で、珍しくも一人旅をしていたらしい。

 年頃の女性、そして、若い年齢ながらそれなりに資産があるところから、その身元に関しても様々な憶測が流れたそうなのだが、秘匿されている。私たちに対しても、彼女は間違いなく人間であり、同時に人間の仕業ではなさそうだということだけが伝えられた。


 昨日のマガラニカ氏の案内でも立ち寄ったのだが、その時よりもこの度は詳しく見ることが出来た。

 遺体を運び出し、清掃が入ったものの事件が解決するまでは責任が持てないと客は泊まらせず、そのままになっているらしい。


「……とはいえ、きちんと清掃が入って半月以上も経っているとさすがにな」


 分かる事があるとすれば、それは客室の構造などだろう。私たちの泊まっている部屋とこの九六九号室は少々作りが違う。

 不審な場所はないか、隠し扉の類はないか。そういった事を一つ一つ確かめてから、私たちは部屋を後にした。

 実際に遺体を目にしていない以上、分からないことの方が多い。ルージュが犯人でないとなれば尚更だ。それでも、私たちは他の部屋にも全て立ち寄った。

 二人目の犠牲者が出た八八八号室、四人目の犠牲者が出た七二四号室、そして最初の犠牲者が出たという六六四号室。その一つ一つを隅々まで調べていってはっきりしたのは、何一つ証拠がないということだ。

 清掃のせいだけじゃないだろう。今のところ、犠牲者たちの共通点はみな、何処かしらで眠るように倒れていたということしかない。ベッドの上が大半だが、二人目の老紳士はソファの上だったらしい。いずれにせよ、自然死とも思えるような状態だったというわけだ。


 ──争った形跡もなければ、遺体の損傷もない。


 せめてもの手掛かりを求めて一部屋一部屋見ていったつもりだったが、特にこれといったものは見つからなかった。アンバーの嗅覚もどうやらお手上げらしい。

 そんな絶望とともに、私たちは最後の現場であった従業員用の仮眠室へと向かった。仮眠室は複数存在するが、この部屋だけはその事件以降、誰も使っていないという。中に入ると、アンバーはさっそく誰の目も気にせずくんくんと犬のように嗅ぎまわり、腕を組んだ。


「昨日と同じニオイが残っている」

「同じニオイを別の場所では感じなかった?」

「そうだなぁ……」


 アンバーは頭を抱え、ひねり出すように答えた。


「強いて言えば、ロビーとかエレベーター付近とか人の多い場所で時々薄っすらと……って感じかな……」

「なるほど、人の多い場所、か」


 考え込みながら時計に目をやって、ふとその時間に視線が止まった。


「そろそろマガラニカさんが言っていたショーの時間だね」


 そう言って指さしたのは、仮眠室の壁に貼ってあったポスターだった。アトランティス内のイベントポスターの一つで、多種多様の芸を楽しめる見世物小屋のレイトショーの宣伝だった。

 出演者たちはアトランティスと契約している専属タレントたちで、それだけにここでの事件を聞いて不安を訴えているらしいが……。


「ああ、見世物小屋の会場か。そこなら人も集まりそうだね」


 マガラニカ氏には申し訳ないが、私もアンバーも見世物小屋というものに全く興味が湧いていなかった。しかし、人が集まるとなれば別だ。全ての現場を見て回った今、私たちが向かうべき場所の一つに違いないだろう。


「じゃ、そろそろ行ってみようか」


 そういうわけで、私たちは早速会場へと向かったのだった。

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